サラリーマンの俺。
プロ選手のアップ(軽い運動で体をあっためたり、ほぐしたりすること)の時間が終わると、チアガールズの人たちがコートに入り、見事なダンスを披露した。
どの子も麗しい見た目で腰が細い。由奈より細い。
あいつ、最近腹が出て来たんだよなぁ。
ダンスが終わると、いよいよ試合が始まる。
このコートは、千葉ジェットのホームのようで、千葉ジェットのスタメンが一人一人紹介された。
試合に出る十人の選手がセンターラインの前に集まった。ニャルフィが言っていた通り、あっちの俺はベンチだった。
「さぁーいよいよ、始まります。千葉ジェッツ、ジャンプボールを担当するのはセンターのペルソニー・グランダ選手です。グランダ選手は二メートル十センチとう高身長です」
埼玉コロンブスのジャンプボール選手もジャンプボールの体制を取った。
心配が高くボールを上げた。
グランダは高くジャンプし、ボールを弾いた。
最初に取ったのは千葉ジェットの選手であった。
すると、観客は応援を始めた。
『イケイケ! ジェット! イケイケジェット! 攻めろー! 攻めろー! オ・フェ・ン・ス!』
実に懐かしい。俺も現役時代、こんな応援を父兄の方々からしてもらっていた。
千葉ジェットの七番の選手がスリーポイントシュートを鮮やかに決めた。
「決めたー! ジェット司令塔の五十嵐工選手。まずはスリーポイント。今日は一体、どんな動きを見せるのか?」
ナレーションがテンション高い声が会場に聞こえた。
その後、千葉ジェットと埼玉コロンブスは第四クォーターの終盤まで一進一退の展開だった。
現在のスコアは千葉ジェットが八十八で、埼玉コロンブスが八十五。
やや千葉ジェットがリードしていた。
「はぁー、俺はでねぇのかな......」
試合自体は、シーソーゲームで見ていてワクワクして飽きないが、この世界の俺が出場しないことが不満だった。
「いやー、出るよ」
ニャフィがちょこんと俺の膝に座り、そう言った。
「そうか? どうもこれじゃ、出場する機会がなんじゃ......」
この接戦の状態でスタメンを変えるなんてあるのだろうか。そう思った時、審判の笛が鳴り響いた。
七番が膝を抱えて、コートに倒れていた。
会場からは「え? 怪我?」、「ちょ、やばくない?」という声が聞こえる。
千葉ジェットの監督はタイムアウトを取った。
俺は心の中で、もしかして、もしかするのか......と思った。出るのだろうか。俺が。
「ニャフフフ。いよいよだよ」
ニャルフィが膝から立ち上がり、俺の顔の前で浮かび始めた。
「七番、五十嵐工選手に変わりまして、十一番、石塚明宏選手がコートに入ります」
ナレーションが俺のコートインを会場中に告げた。
あまりの興奮で、俺は立ち上がり、
「頑張れー! 明宏ー!」
と、大声で自分を応援した。
すると、「え? あの人、兄さんなのかな?」だの、「双子じゃない?」という声が聞こえて来た。
再び試合が再開した。
埼玉コロンブスからのオフェンスで、あっちの俺がマークしている選手がボールを持った。ヘアバンをしている五番の選手であった。
五番の選手はシュートフェイクをかけると、俺が見事に引っかかりジャンプして抜かれた。
おいおいおい俺、何してるんだ。
ヘルプに味方の選手が行くと、絶妙なパスを出され、スリーポイントシュートを決められた。
八十八対八十八で同点になってしまった。
次の千葉ジェットのオフェンスでは、フェントをかけディフェンスのマークを外しボールを受け取った。
ボールを持つやいなや、すぐさまスリーポイントを放った。
空高くボールは舞い上がり、弧を描くようにボールはリングへと飛んで言ったが、リングに触れ、ボールは高く舞い上がり埼玉コロンブスにリバウンドを取られて攻撃は失敗に終わった。
埼玉コロンブスはリバウンドを取ると、速攻をしかけた。
縦方向に素早いロングパスを出し、背の高い八番の選手がボールを受け取ると、激しいダンクシュートを決めた。
アウェイであるはずの埼玉コロンブスがシュートを決めて会場が湧き上がった。
くそ、何やってるんだ俺......
俺はギリっと歯ぎしりした。これが、俺の望んでいた世界の俺か?
正直もっと、活躍しているもんだと思っていたぞ。頑張れよ、俺。
タイマーの時間が進み、試合もいよいよ終盤、九十一対九十二で埼玉コロンブスが一点リードである。
残りはわずか二十秒。
シュートクロックは二十二秒余っている。このままボールをキープされると負ける。
残り十秒、千葉ジェットはボールを取れないでいた。
残り七秒で俺がマークしている選手にボールが渡った。
「取れ! 取るんだ!」
俺は叫んだ。
俺の声に反応するようにあっちの俺はボールをスティールした。
観客が湧き上がる中、あっちの俺は素早いドライブで、ゴールまで一気に駆け抜くた。
「いけー!」
俺が叫ぶと、ゴール前であっちの俺は高く舞い上がり、
「オラァ!」
と、リングが壊れるのではないかと思うほどの力強いダンクを決めた。
「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」」」
思わず耳が痛くなるほどの歓声が会場全体に湧き上がった。
「うわぁ、すごい歓声だね。明宏」
ニャルフィがニャフフと笑いながら俺に行って来た。
「そうだな」
最後の最後にブザービーターを決めるなんて、やるじゃねぇか。
ヒーローインタビューはもちろん、こっちの世界の俺がインタビューを受けていた。
「えー、久々の出場で緊張していたんですけど、試合の終盤で心の中にいるもう一人の自分になんか、頑張れオラ! って喝を入れられた気がして頑張れました!」
ふん、それは多分俺のことだな。
「そろそろ時間だ。帰るよ。明宏」
「なんだ、ニャルフィ。もう時間か。しょうがないな」
すると、俺は目が覚めた。机に突っ伏して寝ていたようだった。
あたりを見渡すとニャルフィはいない。
あれは夢だったのだろうか。まぁ、いい。
俺はスマホを取り出し、ある人物に電話を掛けた。
「もしもし、由奈?」
「......どうしたの? 明宏くん」
俺は由奈に電話を掛けた。
「その、すまなかったな......今日は。良かったら明日また会ってくれないかな?」
「分かった。また、明日来る。早く帰って来てね」
「ああ」
その日以降、俺はなるべく残業を減らし、由奈と過ごせる時間を増やした。
あの夢を見てから、毎日がつまらないなどと感じなくなった。
あっちの俺も一生懸命頑張っている。そう考えると腐ってなどいられなかった。
妙な夢を見てからおよそ半年後、俺は結婚指輪を持って、家へと向かった。
今日は由奈にプロポーズをする予定である。
心臓がばくばくしながらの帰宅中、ニャルフィそっくりの黒い猫を見かけた。
ニャルフィそっくりだな、と思っていると、
「プロポーズ、頑張りなよ。明宏」
とニャルフィの声がし、思わずその猫の方を見た。しかし、
「ニャー」
と鳴いてすぐに去ってしまった。
「気のせいかな.....」
きっとどの選択肢を選んだとしても、それなりに大変で、それなりに辛くて、そしてそれなりに楽しく素晴らしい未来へと繋がるはずである。




