プロバスケットボール 選手の俺と
「あー、疲れたぁ......」
俺は死んだ魚のような目をしながら、会社を後にした。
俺の名前は石塚明宏。今年で二十四歳になる。証券会社で働く営業マンだ。
いつも通り九時過ぎに仕事に終わった。
「ただいまー。遅かったね」
帰宅すると、黒い茶髪で八重歯が特徴の俺の彼女が出迎えてくれた。彼女の名前は渡辺由奈。高校時代の時から付き合っていた。
「悪い悪い。今日、仕事長引いちゃってさぁ」
俺は疲れた顔で椅子に座った。すると、由奈が不満そうな顔をした。
「仕事仕事って。今日くらい早く帰って来てよ。今日が何の日か知ってるでしょ?」
よく見ると、テーブルにはワインやローストチキンなどが置かれており、やけに豪華な食事だった。
「悪い。今日ってなんかあったっけ?」
俺がそう言うと、
「嘘、覚えてないの?」
由奈が震えた声をし、怖い顔で俺を睨んだ。
「今日! 付き合ってから五年目の記念日でしょ! 毎年やってるじゃん!」
「あ、ああ。そうか。悪い悪い」
素で忘れていた。
ギリっと由奈が歯を食いしばった。
「最近、明宏くん冷たくない? いつも仕事、仕事って。もしかして他の女と浮気してんじゃないの?」
遅れたのは確かに悪いが、由奈の邪推にさすがに俺は頭に来た。
「はぁ? ふざっけんなよ! 浮気なんてするかよ。ちゃんと働いてて遅くなるんだっつーの!」
俺の言葉は火に油を注ぐだけだったようで、
「もういい! 帰る!」
明菜は家から出て言ってしまった。
釈然としないまま、怒りに任せてローストチキンに齧りついた。
「あー! うめぇ! 夜はローストチキンっしょー!」
続いて、赤ワインを喉に流し込んだ。口に酸味と辛味が広がった。
ゴクゴクとジュースのようにボトル一本、自棄飲みした。
飲みすぎたせいで、眠くなって来て俺は机に突っ伏した。
「あー、もう嫌だ。俺の人生どこで間違えたんだろう......」
ポツリと呟いた。思わずため息が溢れる。
思い当たる節はある。
俺は高校時代、バスケ部に所属していた。百八十五というがっしりとした体格でスコアラーを勤めた。インターハイにも出場したことがある。
ちなみに由奈は高校の時のマネージャーで引退後に付き合い始めた。
大学から推薦の話も来たが、俺は断り一般で国立の大学へ進学し、サークルで趣味程度にバスケをするだけになった。
大学卒業後は普通の企業に就職した。
推薦で大学に行けば、どうなっていたのだろうか。もしかして俺はプロにもなっていたのではないかと思っている。
だが、俺はその選択肢を蹴った。自分で蹴った。愚かなことをしたと今では思っている。
「ああー! 俺のバカやろー!」
一人の部屋で叫んだ。すると、
「荒れてるねー」
突如、翼の生えた黒い喋る猫がやってきた。
「な、なんだ! お前! 幻覚か? やっぱらったせいで、幻覚を見てるのか?」
「ちがうよー明宏。僕の名前はニャルフィ。暇つぶしに君のところにやってきた」
ニャルフィはベロベロと自分の手を舐めている。仕草的に普通の猫にしか見えない。喋るし、翼も生えてるが。
「ひ、暇つぶし?」
「そうそう、君が選択しなかった世界を見せてあげようと思ってね!」
パタパタと俺の周りを飛び回り、そう言った。
「なんでそんなことを......」
「だから、暇つぶしだってー。暇つぶし。カツオ節。にゃははは! なんつってー!」
ニャルフィは親父ギャグ以下の自分のギャグで爆笑しはじめた。
「で? どうする? 見に行く? 行かない?」
ニャルフィがぐいっと顔を近づけて来た。まぁ、答えは一択だろう。
「いいだろう。見に行くよ。俺が選択肢なかった世界ってのを!」
「オッケーオッケー! それじゃ、いっくよー!」
ニャルフィの体が光りだした。あまりの眩しさに俺は思わず目を閉じた。
目を開けると、どういうわけか俺は体育館の中に観客席にいた。コートでは中学生が試合していた。
「うわ!」
驚きの声をあげると、近くの人が何事だとばかりにビクッと肩を震わせた。
「ダメだよー! 急に声をあげちゃあ。周りの人に迷惑になるから」
ニャルフィが「め!」と俺に注意して来た。他の人に聞こえないように、小さい声でニャルフィに話しかけた。
「なぁ、これはどういうことだ? それに、お前のこと他の人は見えてねぇのか?」
「うん、僕の姿は君以外には見えない。あと、これから埼玉コロンブスと千葉ジェットが試合するのさ!」
ほう。この世界の俺はしっかりとプロのバスケット選手になれたのか。やるじゃねぇか、俺。
今やってる試合しているのは、前座の試合だろう。プロチームが試合する前に中学生や高校生が前座の試合をすることがある。
「ちなみに俺はどっちのチームに所属してるんだ?」
「千葉ジェットさ! まぁ、君は控え選手だからあんまり試合にでないかもねー」
「なんだよ、それ......」
ニャルフィの言葉に思わずうなだれた。やはりプロの世界は甘くないか。
前座の試合が終わると、プロチームの選手が入場してきた。
わー! と歓声が上がった。渡辺さーん! 五十嵐さーん! という観客の声が聞こえてくる。プロバスケなどしばらく見ていないせいで誰が誰なのか、把握できなかった。
なので、俺は懸命に自分を探した。意外とあっさりと見つけることができた。
手前のコートの十一番。明らかにあいつは俺の顔だ。この俺より少し色黒くなっているが。
スリーポイントラインからシュートを淡々と打っていた。心なしかあっちの俺の表情は暗く見えた。
緊張しているのだろうか。頑張れよ。俺!
俺はこころの中で声援を送った。




