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お酒はほどほどに

作者:斯波
「ユリィ、俺と結婚してくれ」
「嫌です」
 私は差し出される箱を思いっきり睨みつけ、5年間も片思いをし続けている第3騎士団団長、セルロト=ハルロイドの告白をスッパリと断った。
 
「なぜだ!」
「自分の胸に片手を当ててよく考えてみてください」
 セルロトは箱を小脇に抱え、右手を私の言葉通りに自分の胸に当ててみるも私が断った理由などまるで検討もつかないかのように首を傾げてみせる。
 
「……本当にわからないんですか?」
 その姿には呆れた以外の感情は湧き出てこず、仕方ないと大きくため息をついて答えを教えてやることにする。
 
「花やアクセサリーを持って来いとまでは言いません。だけど女性に告白する時に酒を箱ごと差し出すのはどうかと思います」
「ユリィは酒、好きだろう?」
「好きですけど! 好きですけど結婚してくれという言葉と共に受け取りたいとは23年間、一度も思ったことはありません!」
「これ、カールスノット商会しか仕入れられない幻の酒なんだけどな……」
「嘘!」

 カールスノット商会と聞いて知らない者はこの大陸のどこを探してもいないだろう。数多くの商会が存在するこの大陸の中でも幼子でさえも聞いたことはあるほど有名な、四大商会の一つ、いやその中でも一つ頭が抜きん出ているほどの実力を持った商会だ。
 カールスノット商会に頼めば手に入らないものなど存在しないとまで言われるほどの流通ルートを持った商会であるが、特にその代ごとに得意とする分野がある。
 1代目なら農作物と靴、2代目なら紅茶葉、3代目なら服と生地――といった風に得意な分野において、隣はおろか三段下まで下がらなくては敵はいないと言われるほどカールスノット商会のトップに立つ者の仕入れは他の商会を圧倒する。

 そして今代、4代目の得意とする物こそ『酒』なのだ。
 酒好きならばカールスノット商会が仕入れた酒をくれると言われて心ときめかない者など存在しないだろう。
 例えシチュエーションが最悪だったとしても、だ。
 
「しかもこの酒は一年に6本しかとれない貴重な酒だ」
「6本ってこれで今年の分全部じゃないですか!!」
「あそこの商会には貸しがあるからな、倍額で6本全部譲ってもらった」
「な、なんでそこまで……」
 そこまで聞くと流石に嫌な予感しかしてこない。私だって一応騎士の端くれだ。危険察知能力は目の前の男ほどではないにしても備わっている。
 汗の伝う背中で逃げ場を確認しながら、彼の口から出る言葉を漏らさないようにじっとその口を見守る。
 
「いやぁ、俺ももう35だろ? そろそろ結婚して家庭を持てって陛下に再三言われてて、しつこいのなんのって」
「それで? 何でまた私なんですか?」
「ユリィなら頷いてくれると思って、早速仕入れたというわけだ」
「どういうわけですか!」
「ユリィなら幻の酒6本で手を打ってくれると思ってな。やっぱり恩は売れる時にここぞとばかりに売っとくべきだな」
「…………セルロト、私は『お断りします』と言ったはずですが?」
「は? 中々手に入らない貴重な酒だぞ? それを6本も飲める機会なんて今を逃せばこれから先、ないぞ?」
「それでもいいです。では……」
「ちょっと待て、ユリィ。今なら肉屋で一番高いサラミもつけてやる」
 時間を無駄にしたことを大いに悔いながら騎士団長室を後にする私の背中の数歩後ろで空を掴むセルロト。今この姿を見れば彼に憧れる町娘の恋心は途端に枯れ落ちるだろう。だが私は最悪なことに全く彼に幻滅することが出来ないでいる。というよりこんなことで幻滅できるなら5年間も片思いなどしていない。
 
 
「はぁ……」
 今日もまた一人寂しく部屋で大きなため息を吐く。
 セルロトはそろそろ身を落ち着けろと最近陛下から言われているようだが、私はもう2年ほど前から家族から同じような内容の手紙を送られ続けている。
 
『早く結婚しろ』――と。
 
 年頃の娘や妹の今度を心配している家族の気持ちがわからないでもないが、私は8年前に王都の式典で見た彼の騎士姿を今でも脳裏から引き剥がすことなどできないのだ。
 新しく即位なさった国王陛下を一目見ようとわざわざ半日もかけて出てきた私が目を奪われたのは陛下の側で警備をするセルロトで、彼に憧れて騎士を目指した。
 親を説得して王都まで出てきて、一夜としてその街並みを楽しむことなく騎士の見習いになることを志願した私はただひたすらに男達に混ざって鍛錬に明け暮れた。
 それから1年してようやく彼が団長を務める第3騎士団に所属出来た時は知らぬ間に涙が頬を伝った。

 そしてその日のうちにセルロト=ハルロイドが噂のような紳士的な騎士ではないことを思い知らされた。
 私の歓迎会という名目なのに羽目を外して酒場の酒を飲み尽くすわ、いきなり部下と組手を始めるわ、の散々だった。
 それすら憧れの人の新しい一面を見ることが出来たと嬉しさで胸がはちきれそうになった。
 そして彼の下について2年が経った頃、いつのまにか抱いていた感情が憧れだけではないことに気がついた。

 酒に潰れた私を介抱してくれた彼と同じベッドで寝ている時にそのことに気づいた私は年頃の娘としては終わっているかもしれない。
 そして私は自分の恋心を自覚したその瞬間にこの想いの無謀さを悟った。同じベッドで寝ていても何も生じなかった時点で女として見られていないのだから恋も何もあったものじゃない。
 
 
 それから5年経った今もやはりセルロトは私を女だとは認識してくれていないようだ。
 セルロト=ハルロイドという人は剣と酒、そして強い者以外には興味が薄い。中でも女性は特に。考えていることがよくわからんと適当にあしらっているせいで紳士的と勘違いされてはまた彼の目に留まろうと女性が増えて、そしてまたあしらってと繰り返してきたらむしろ苦手になったらしい。そんな彼に結婚相手とみなされるのは意識してもらえていないのと同義だろう。意識してもらえるように何かした訳ではないから恨み言を言う権利など私にはないのだが、悲しむ権利ぐらいはあってもいいだろう。
 
「はぁ……」
 もう一つため息を漏らしてから机の上に放ってある釣書へと手を伸ばす。三日前にいよいよ痺れを切らしたらしい母が送ってきたのだ。とりあえず会うだけ会ってみろと書き添えて。

 次の郵便収集の時にでもそのまま送り返そうと思っていたのだが、これ以上無謀な片思いをし続けるくらいならいっそ休みを取って会うだけ会ってみてもいいかもしれない。
 合わなければ断ればいいのだ。母だって一度目で成功するなんて思ってないはずだ。
 
 善は急げと引き出しの中から無地の便箋と封筒を取り出して郷里に向けての手紙をしたためる。そしてそのままインクのついたペンを休暇届にも走らせた。
 
「よし!」
 封蝋をした手紙と休暇届を釣書の上に乗せて眠りにつくことにした。
 
 
 振り返ってみればこの時の私は冷静さを著しく欠いていたと思う。
 あのセルロトが、史上最年少で騎士団長の座をもぎ取った程の男がはいそうですかと潔く引くわけがないのだ。
 
 
 
「なぁユリィ。これ、なんだ?」
 眩いほどの光を瞼に浴びて目を覚ました私が初めに耳にしたのは鳥のさえずりでも見習い騎士の掛け声でもなく、セルロトの声だった。
 彼は当たり前のように私の部屋の、それもベッドの上に腰掛けていた。その手は母から送られてきた釣書を弄んでいる。
 
「セルロト、また勝手に入ってきたんですか……」
「ユリィが怒るから鍵は壊してない」
「当たり前です! お城の設備は宿舎の中の物一つとってもバカみたいに高いんですよ!?」
「そうか? 普通だろ」
 こんな時、そういえばセルロトは貴族の、それも公爵家の出だったなと思い出す。普段は意識などする機会はないが、金銭が絡むと途端に噛み合わなくなる。

 そう考えるとやはり初めから無謀な片思いだったのだと実感せずにはいられない。
 
「……まぁ鍵のことはいいです」
 寝起きのところどころ跳ねた髪を掻きながら洗面台へと向かいささっと用意をしてしまう。
 さすがに着替えはできないが町のお姉さん方みたいに綺麗なネグリジェを着ているわけではなく、私が着ているのは見習いの時に支給された男性用の寝巻きである。
 何度となく共に酔って朝を迎えたセルロトならこの姿を気にすることはないだろうと判断し、ストンとセルロトの隣に腰掛ける。
 
 
「それで、なぜあなたは朝も早よから私の部屋にいるんですか?」
 川の水のようにキンキンに冷えた水道水を顔一面に浴びせ、すっかり目が覚めてから時計を確認すると針は4時30分を指していた。
 そりゃあ鳥もさえずらないし、見習い騎士達も素振りやランニングを始めていない訳だ。早すぎる。ついでにいえば私の目に降り注いだのは朝日なんてものではなく、ただの人工の光であった。寝る前に消したはずだからおそらくはセルロトが付けたのだろう。
 夜目が効くのだから電気など付けるなと言いかけたが、それは辞めろと止めたのは私だったと口をつく前に思い出す。過去に一度、睡眠時間を邪魔しないでくれと伝えたら痛い目を見たのだ。暗闇の中で目が覚めた瞬間、人の顔を認識するのは恐怖だった。
 
 
「そんなことよりユリィ、俺はこれは何だと聞いているんだ」
「どんなに高圧的に言われようが私の質問が先です!」
 自分の望みを断られ、機嫌が最大限にまで悪くなったセルロトと、初恋に決別を言い放ち、結婚という道さえ見据えた私の無言での威圧合戦が幕をあげた。
 
 いつもいつもいつもいつもセルロトの不法侵入を許してしまう私ではあるが、今回ばかりは引けを取る気は全くない。
 無言でにらみ合うことで、今までのその行動こそがセルロトがいつまでも私を女だと意識してくれないことへ一役かっていたのだろうと今さらながらに気付く。
 常識的に考えて、女性の部屋に血の繋がっていない男性が無断で入ってくるなどあり得ない話である。
 初めは仕事の連絡だったり、交流会の知らせだったりで仕方なかったにしても、その他のことは断るべきだった。
 
「ちっ……」
 初めに口を開いたのはセルロトだった。観念したように舌打ちをする彼はやはり機嫌が悪そうだ。
 
「何が嫌なのか聞きに来たんだよ! そしたらお前、後生大事に釣書なんか部屋に置いときやがって! しかもよりによって相手はこんな弱そうな男ときた、こいつ絶対お前よりずっと弱いぞ? それでもいいのか!」
「結婚相手に強さなんて求めませんよ!」
「お前は強い男が好きなんだろう!」
「いつそんなこと言いました?!」
「酔うといつも言ってるだろう! 強いセルロトが好きですって」
「はぁ!?」
「俺が騎士団で一番強いからお前は俺の女になったんだろう? 確かに結婚するのは難しいって何度も言っといて、何を今さらって思うかもしれないけどな、陛下にせっつかれてまず先に思いついたのはユリィだし、というかその他の女と結婚するって考えただけでも寒気がした。んで家を説得して後はユリィの返事をもらうだけだとプロポーズしたら断わられて。理由を聞きにくればお前はお前よりも弱そうな男と結婚しようとしてる! 俺に悪い点の一つや二つあったとしてもなんか一言くらいあってもいいだろ!」
「……いつ私があなたの女になったんですか……」
「は? いや、ユリィ、それは冗談だろ?」
「いつですか」
「5年前の新年会の五次会でお前、俺に告白しただろう。まさか忘れたなんて言わないよな?」
 五年前の新年会といえば私が恋心を自覚する前日のことである。つまり告白したのは私にとって彼が、セルロト=ハルロイドが憧れの人物であった時だ。
 恋愛感情を自覚するよりも早く、それもよりによって店から追い出されながらの梯子酒を掻っ攫っている最中に告白するなんて誰が思うだろうか。
 
 したのは私らしいけど!
 
「酒の席での告白を真に受けないでください!」
 だが受ける方も受ける方だ。
 いくら私とセルロトしか残っていなかったとしても告白するにはおかしい場所だと、明らかに酔った勢いからポロっと出た言葉だと察して欲しかった。
 
「狙ってた女に告白されて断れるはずないだろ!」
「狙ってたって……」
 そんな素振り一回も見せたことないじゃないか。
 セルロトにとって私は部下の一人でしかないと、そう思わせるような態度を取り続けたのは彼自身ではないか。
 
「第一お前、俺が付き合ってもない女の部屋にズカズカ上がっていくような男に見えるか?」
「見えます」
 こればかりは即答できるだけの自信がある。なぜなら彼には前科がありまくりだから。
 セルロトの証言を鵜呑みにしたとして、彼と私が交際していたのは三年前から。だがセルロトが鍵を壊して夜な夜な私の部屋へと侵入したのは四年前だ。
『酒に酔って自分の部屋と間違えた』というのが翌朝の彼の証言だが、普通の娘にそんな言い訳は通じない。よく知った仲、もとい憧れの人物だったからこそ衛兵に突き出さなかったものの、突き出していたら今頃彼は貴族の間でも市民の間でも人気の騎士、ではなく前科つきの貴族になっていたことだろう。
 
「……まぁ、なんだ。付き合う前にもあったかもしれないがそれは水に流して、だな」
「とっくに水に流していたのを掘り起こしたのはあなたですけどね」
「と、も、か、く。お前と俺は付き合っているんだ。俺のプロポーズが気に召さなかったにしてもいきなり乗り換えるのは筋ってもんが通ってないんじゃないか? つうわけでの釣書は没収する」
「は? ちょっと、セルロト、返してくださいよ!」
「娘さんは責任を持って幸せにしますって手紙書いて送り返しとくから安心しろ」
「私の話、聞く気ないんですか!」
「話なら後で聞くからさっさと支度して門の前に来いよ」
 セルロトは適当にクローゼットの中から服を取り出すと私に投げつけた。
 それは騎士に与えられた制服ではなく、王都の服屋の改装前セールで買ったラフなパンツとシャツである。

「……仕事はどうするんですか」
「俺たちの分はシャマードがやっといてくれるそうだ」
「そんなこと言って押し付けてきたんでしょう? またシャマードさんの白髪が増えますよ……」
 今度こそ立ち去るセルロトの背中にはぁと大きくため息を吐く私の顔はきっと緩んでいることだろう。
 
 どんなに強引だろうが、私はこの男を愛しているのだから。
 
 


「おかえりなさい」
「ただいま。ほら今年の分」
「今年は……カインザスのワインですか! 美味しいですよね、ここの」
「飲むなよ?」
「飲みませんよ。というか去年の分もその前の年のだってまだ飲めてないんですから」

 あれから色々と私が折れる形となり、盛大な結婚式を挙げた。
 一度しか着ないのだから大層なものは必要ないと再三訴えたウエディングドレスは北方のサフィア領の職人にたった二ヶ月で仕立てさせ、剣を振るうのに邪魔だから要らないと断った指輪はその年に採掘された鉱石の中でも一番大きく、高価な石を誂えさせた。

 宣言通り一度しか着なかったドレスはクローゼットの肥やしとなり、育児の邪魔になる指輪は鏡台の肥やしとなっている。指輪はせめてもう少し小さな石にしてくれれば首から下げるなりなんなり出来たものを、この石にするといって一向に引かなかったセルロトはなぜ妻になったのに指輪をしないのかとしょっちゅう私の指に自身の指を絡めてはむくれている。
 
 
 式から5年経った今、私は立派に五人の子どもの母親である。
 今年で4歳になる長男はセルロトに似たのか私に似たのか、幼少期から練習用の剣を振り回し続けており、手を焼かれる毎日だ。その姿に次男も目を輝かせているからそろそろ練習用の剣を作ってもらわなくてはならないだろう。
 
 そんな幸せな結婚生活でも辛いことというのはあるもので、プロポーズに酒を差し出されるほど酒好きな私が結婚してからというものまだ一滴も酒が飲めていないことである。
 式を挙げて数日後、めまいに襲われ倒れた私は運ばれた病院で妊娠を知らされた。
 腹のなかの子どもに影響を与えかねないと泣く泣く禁酒を決め、そしてそれから数ヶ月後立派な長男が産まれた。
 これはめでたい、酒を飲んで祝おう!と親戚で集まった日にこれまた妊娠が発覚し、禁酒が始まり、産んではまた禁酒の日々が始まりの繰り返しである。
 
 いつか飲めるようになったらぱあっと飲むぞ!とセルロトが毎年結婚記念日に買ってきてくれている酒は今のところ一本も減った試しがない。
 ついには私の酒好きを知っている親戚一同は長男が酒が飲めるようになるのと私の酒解禁のどちらが早いかと賭けまで始める始末である。それにはセルロトの家族まで入っており、身分の差を乗り越えて仲を深められたことを喜んでいいのか、娘達を賭けの材料にするなと怒っていいやら呆れるばかりだ。
 
 
「母さん、父さんも帰ってきたし、早くご飯にしょうよ」
「はいはい」

 大きくなった腹を撫で、数か月後には一層騒がしくなるだろう我が家を想像した私は静かに頬を緩めるのだった。

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