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「アル、朝だ、起きろ」
兄のリカルドが僕を起こす声だった。
つまりさっきまでのは前世だったころの夢で、現実の僕はというとボロ小屋の粗末なベッドの上で寝ているのだった。
大好きな競馬の光景が夢だとわかり、興奮が寂寥感へと変わっていく。
僕の名はアルベルト、7歳。まるで中世ヨーロッパ風の世界にある農村の農家の次男だ。前世でいつどのように死んだかおぼえてないが、気がついたらそういうことになっていた。ある日突然見も知らぬ世界で前世の記憶がよみがえったのだ。当初はひどく混乱したものだが、やがて何とか慣れてきて日常生活を送れるようになってきた。
「おはようございますリカルド兄さん」
兄のリカルドは12歳、真面目で優しい性格をしている。見た目も結構かっこいい男だ。
「起きたなら水汲みに行くぞ、アル」
毎朝目が覚めたら水汲みに行くのが僕達の仕事だ。
家に水道なんて通ってないから、川から水を汲んで水瓶をいっぱいにしておくのだ。
水汲み用の瓶をとりに台所へ行ったら、すでに朝食の準備をしている母のマリアがいた。
「母さん、おはようございます」
「おはようリカルド、アル」
「水汲みに行ってきます」
母に挨拶をして、兄と川へ水汲みに行った。
川には近所の人たちも水汲みに来ていて、挨拶を交し合いながら水を汲んだ。
水が入った瓶は重い。僕は現代日本ではなかった苦労に辟易としながら水を運んだ。
「やっと水汲みが終わった」
水を運び終えて一息ついていると、
「さあ、朝食よ。席に着いてちょうだい」
と母が言った。
食卓を父カイル、母マリア、兄リカルド、そして僕の4人の家族全員で囲む。
メニューは野菜スープと固いパンだ。いつも通りで代わり映えせずに、しかも肉分が圧倒的に不足しているが、うちはあまり裕福ではない農家なので仕方がない。
うちだけでなくこの農村のほとんどの家が同じような状況だろう。
食事が始まった。父のカイルが固いパンをスープに浸しながら今日の予定を話し始めた。
「今日は天気がいいから作物に水やりをして、後は雑草取りをする。マリアはどうするんだ?」
「午前中は洗濯をして、午後からは縫物をするわ」
父の質問に母が答える。そして次は兄の番とばかりにリカルドのほうを見る。
「俺は今日は子守番だからアルと広場に行く」
兄はそう答えた。
子守番とは親が畑仕事等で面倒をみれない小さな子供たちを預かって面倒をみる仕事で、各家持ち回りで行われている。大人が面倒をみることもあるが、大人になると自分の畑仕事で忙しくなるので、大抵は成人近い年齢の子供が面倒をみる。ちなみに成人は15歳から。子守番は村人の義務で今日はうちが当番の日らしい。
「朝食を食べ終わったら一緒に広場に行くぞ」
兄が僕に向かってそう言った。僕は面倒をみられる側の小さい子の一人だ。
前世の記憶がある僕は他の小さい子と一緒にいることは多少面倒で遠慮したいのだが、そうは言っていられない。
この面倒をみるときに村の風習や常識といったものを教える時間でもあるのだ。この世界で生きていくための知識を学ぶために嫌々ながら仕方なく参加しているのだ。
「リカルド兄さん、わかったよ」
もぐもぐとスープに入っていた野菜を噛みながら僕は答えた。
朝食を食べ終わり、兄と二人で村の中心にある広場へ向かう。途中で見える風景は畑と簡素な家だけだ。本当に畑以外に何もない農村だ。商店すらなく、買い物は定期的に来る行商人を頼るか近くの町に買いに行くらしい。
「もうすぐ広場だ」
兄の声がした。