第三話 「初試合」
会場が見えてきた。
普段陸上競技やサッカーなどで使われているらしいが、信は初めて訪れる。その敷地内に入ると、建物に続く道には屋台が軒を連ね、人々で賑わっている。大半が食べ物を売っているが、魔法に関する怪しげな店もある。
(いい匂いだ。後で暇だったら何か買おうかな)
そう思って人混みを歩いていく。
『混みすぎじゃない?』
人に当たらないように、神はいつもより高く浮いている。
(さあ、いつもこうなんじゃない? 来たことないけど)
『試合よりこっち目的の人の方が多そう』
(まぁそうだろうね)
そして、建物の正面入口から中に入ると、大会受付がすぐ見え、参加者が列を成していた。
「うわっ、並んでんなぁ……」
『そりゃそうだろう、この会場だけで数百人参加するんだから。今大会の参加総人数は、三万人越えてるらしいよ』
「多過ぎだろ、凄い規模なのはわかったけど。こんな行列に並びたくないわぁ……」
『すぐ済むって。面倒くさがらないの』
「まあ……ね」
受付を済ませた信は、試合までの空き時間をどうしようかと考えていた。
「師匠、何したらいいと思う? 瞑想でもする?」
『そんなんは今必要無いよ。とにかくリラックスしていれば平気。信がこの二年でどれだけ強くなったかって、自分でもわかるでしょ。今回の大会は腕試しのつもりで、余裕を持って頑張って!』
親のような口振りである。
「まあね。じゃあ試合まで寝るわ、時間来たら起こして」
『えっ……まあいっか、寝るのは大事だからね』
信は、外のベンチで横になって寝ていた。一時間程経ったが、人が減ることはなく、相変わらず賑わっている。
「信、信、信、起きて、起きてよ」
上半身をゆっくり揺すられている。
「んぅ〜……もう試合?」
「違うよ、信て寝起き良くないのね」
揺り起こされた信は、ようやくその声が師匠ではないことに気付く。
「あっ!? 賢志かぁ! そういえば、俺も出るとか言ってたっけ」
「うん。信が出るって話は、中学ではほぼ全員知ってるから、どっかにいるだろうなとは思ってたけど、まさか寝てるとはね。他の知り合いは皆、緊張してるか興奮してるかだったのに、信だけだよ、その余裕」
やや驚嘆の表情を作りながら、そう話す。
「ふーん、皆そうなんだ……って、なんで俺が出るって話が広まってるの!?」
賢志は自らを左の人差し指で指し示す。
「お前かよォ! それ言う必要ある!?」
「なんとなく」
「なんとなくぅ!?」
『信〜、もうすぐ試合だよー』
不意に神がそう告げる。
「あっ、はい」
「ん? 何?」
「いやっ、なんでもない。あっ! そろそろ時間だから、行くね」
「んー、またね。頑張ってこいよ」
「そっちこそな!」
歩き出した信に対して、
『賢志くん、中々やりそうな感じだね』
「あ、やっぱり? 俺もそう思ってた。でも、戦ったら俺が勝つけどね」
信は悠々とした表情で変わらず歩き続ける。
『自信があるのは良いことだけど、油断しちゃダメよ』
「はいはいわかってますぅ」
「天地信選手ですね。まもなく試合が始まりますので、選手控え室Aにてお待ち下さい。壁の案内に沿って進んでください」
「はい」
言われた通り、壁の案内を見て進んでいくと、控え室と思われる部屋のドア前に、スタッフらしき人が立っている。
「天地信選手ですね。こちらが選手控え室Aです。どうぞお入りください」
ドアを開けて、入るように促す。信が部屋に入ると、十人程の選手がその場で試合を待っていた。外の盛り上がりとは打って変わって、張り詰めた空気が漂っている。
(なんで皆そんな緊張する必要あるん?)
『信が緊張しなさ過ぎなんだよ。良いことだけど』
空いている椅子を見つけ、取り敢えず座る。
待っている内に他の選手は呼ばれていく。そして新たに入ってくる。
十五分程待った後、ドアが開き信は呼ばれた。
「天地信選手、試合を行いますので準備をお願いします。準備が済みましたら、コートへご案内致します」
「はい」
(もうバッチリだけどね)
信は軽快に立ち上がって、控え室を後にする。
『じゃあ、一回消えるね。私いたら邪魔でしょ』
(うん)
そう思った時には姿は消えていた。
スタッフに案内されて、通路を歩いていく。出口が近付くにつれて、今まで聞こえていなかった歓声や声援が響いてくる。普段聞かないような轟音も耳に届いてくる。そして出口の階段を登り、場内に立つ。
今まで見たことがない人の数、様々な魔法の光、より大きくなる歓声や声援。信は、ここにきて初めて自分の身体が僅かに震えているのを感じた。
(こんなに客が入るもんなのかよ。すげぇなぁ……まあわかる気もするけど)
「天地選手はCコートでの試合ですので、あちらのコート付近で待機していて下さい」
「はい」
指示されたコートへ行き、待機する。他のコートでは、前の試合が行われている所もあって、盛り上がっている。数分したら、審判らしき人物がコートの中に入った。そして、対戦相手も現れたようだ。
「両者コートに入ってください」
二人がコートに入ると、近くの客席からの歓声が大きくなる。
「うおっ」
やや驚く信に対して、対戦相手は全くと言っていいほど驚いていない。細身の体に不釣り合いな気合を溢れさせている。
(なんか強そうだな……一回戦にしては)
「試合時間は最大三十分。どちらかが気絶した時点で終了。武器の使用は一種類までとする」
(あれ? 武器使ってよかったんだっけ……ルールはサッとしか見なかったからなぁ)
「シールド」
審判がそう言うと、コートを包むように緑色で半透明の壁が現れた。しっかりとしたドーム型のシールドである。
「では、U-15全国魔法選手権大会予選ブロックB3一回戦、天地信対須藤大心、構えて」
大心は腰を低くして、戦闘態勢に入る。信は少し後ろに下がった。
審判はシールド外にある審判台に座った。
「始めぇぇっ!!」
審判の絶叫と共に大心は動き出した。信に向かって迫りながら、腰に差していた剣を鞘から勢いよく即座に引き抜く。
「アイス!」
大心がそう叫ぶと、剣が氷で覆われていく。信の眼前まで迫った大心は、両手で鋭く斬り掛かる。
(氷魔法かぁ、最近人が使ってるとこ見てなかったな)
そう思いながら、信は氷の刃を寸前で左に交わす。
「なっ!?」
完全に届いたと思った一撃が、見事なまでに交わされた。寸前まで自分のことなど気にしていないような態度で。
信は避けた状態のまま動こうとしない。
「なめてるのかッ!」
大心は二撃、三撃と攻撃するが、信は同様に交わしていく。その動きには無駄がない、当たらないのが不思議な程に。
「おらァ!」
大心は第四撃として胸部を突くが、当たらない。それを右に交わした信は、直後突かれた剣の下から内へと潜りんだ。
「早いとこ決めるよ」
左足で踏み込んだ後、右拳を握り、大心の下腹部に反撃となる一撃を加えようとするが、
「アイス・ブラスト!」
大心が叫ぶと突如剣を覆っていた氷が、突風と共に増大しながら爆散した。水煙がコート全体に充満する。両者が相手の居場所がわからないほどの濃さで、その後の動きは無い。
「アイス」
大心は再び剣を氷で覆うと、水煙で見えない中地面に剣を突き立てた。
「アイス・グラウンド!!」
突き立てた剣から地面に氷が広がっていく。滑らかではない、刺々しい氷が一気にコート全体の空気を変えた。
「はあ、はあ、はっ、はあ」
(これなら仕留められたはず……)
水煙は収まってはきたが、相手が見えない状況は続く。
(まだ晴れないか……やり過ぎたかな)
「涼しいねぇ」
「っ!? 何処だ!」
大心の前方、というよりも上方から声がした。
「ウィンド」
その言葉と共に、水煙が簡単に晴れていく。大心は動揺しつつも後ろに下がり、三度剣を氷で覆う。水煙が完全に晴れると、信は高さ十五メートルはあるシールドの天井部に触れていた。
「暑いから助かったよ」
「なっ!? 飛んでる!?」
「このシールド結構かたいねぇ」
(ウィンド・フライか? そうだとしたら、この歳であんなに高く飛べるものなのか……? 正確にコントロール出来ないと、すぐにバランスを崩して落ちるのに何だあの余裕……意味わからん)
「くっそ……アイス・ブレット!!」
人の拳ほどの氷が数十個出現し、信に猛然と迫る。
「ふーん、多いね……よっと!」
信は瞬時に加速して、氷の弾幕をあっという間に掻い潜り、大心の眼前まで迫った。
「なっ……そんな……」
全力の魔法すらも通用しない。大心の心には絶望が芽生えかけた。その隙を信は見逃さない。
「ほいっと」
すかさず大心の背後に回り込み、大心の頭に右手をかざす。
「コンフュージョン」
「えっ……あ……」
大心は立っていることができずに膝を突いた。剣も持っていられずに落としてしまった。
「なん……え……」
「この魔法は知らなかった? 知ってると思ったんだけどなあ」
「そう……じゃない……まえ……る……こ…ぉ…」
「俺のほうが強かった。それだけ」
「く……そ……いっか…い………せんぇ……」
大心は崩れるように前に倒れ込んだ。
「勝者、天地信!!」
審判が高らかに言う。それを受けて、信は右手を突き上げ喜びを表した。
「よっしゃ、勝ったぁー!」
そんな様子を客席で見ていた、両腕や顔に深い傷がある優れた体躯の男が呟く。
「やはり強かったな、信。近い将来、上で会うだろう。だが、それよりも先に、娘と戦うかもしれんな」
男は不敵な笑みをうかべながら、会場を後にした。