79. 破廉恥は突然やってくる
一人戻ったログハウスにて、テーブルを挟み幼女と向かい合う。振り袖を着た長い茶髪の幼女、もちはこちらを見ながらも、その手にはスプーンが握られ休むことなくその口にプリンを運んでいる。こんな状態でもちゃんと話しを聞いてくれる子なので、他のモンスターが固唾を飲んで見守る中、今後を決める大事なことを問いかける。
「あなたは、お菓子でできた城を見たらどうしますか?」
「食べます」
アウト! もちを防衛戦力に入れるのは諦めよう。フィナと同じ力を持つんだし、彼処にいてくれたらかなり心強かったんだけどな。
そんなもちの答えを考慮して、先生が防衛戦力としてお勧めしてくれたのはタツミ、ジープ、キング、アト。見事に堅そうな面子が揃ったね。人数的には少ないかもしれないけど、城へは玄関からでも行けるし、メイリルが居れば転移させてくれるだろうからね。常駐戦力はこれぐらいで十分だと思う。ジープの名が告げられてタツノとルーナが絶望しているけど、向こうに行けば会えるから。
タツミとジープ達にも確認してみると、全員向こうに住むのは構わないそうで、アトの場合は海があることに喜んでいた。勿論私はなんて言っているか分からないから先生に通訳して貰ったけどね。それにしてもアトは海が好きなのか、たまにランダムダンジョンの島へ連れてってあげれば良かったかな。
何時もの鎧姿ではなく、バカンスに行くかのごとく青色のワンピースを着たタツミと共に外に出て、名残惜しそうにジープの毛に顔を突っ込むタツノとルーナを引っ張り出し、第一大陸へと向かう。
私達が転移した場所は城の縄張りの中にある広場。縄張りと言っても大層な物ではなく、塀に囲まれた中に広場と天守があるだけの簡単な作りだ。広場は万が一の時、避難所として使えるように面積を広く取っているので、ジープやキングも余裕をもって生活できる。でも東屋は造って置かないとね。丁度ジープとキングが隅の方で横になったからそこに建てよう。
「でかい奴連れてきたな」
「ここの人気スポットになりそうですわね」
東屋を建ててジープに乗っかりふわふわを堪能していたら塀に着けた門、その両隣の櫓からやってきたヨーナとサクラがジープ達を見て少し意外そうな顔をしていた。どうやらマオ辺りが来ると思っていたらしい。確かにマオは魔王だしこの大陸とも繋がりがあるけど、あの人きっとヨーカンから離れないと思うんだ。何気に独占してるからもう一匹テイムする事も真剣に検討中だ。
「襲撃はあったの?」
「ああ、ウルフがわんさかな。まぁ、マルンが一掃してくれたから楽だったけど」
心配していたモンスターの襲撃は、私の居なかったちょっとした時間でもあったみたいだ。マルンも戦闘したがってたし、いい発散になったのかもね。それにしてもウルフって意外と色んな所に居るのかな? 全部の大陸に居たりしてね。
「国の名前はもう決めましたの?」
「うん、ふわふわ堪能しながらね。聞いて驚け! その名も、あおいせ食堂!」
「お前んちじゃねーか」
うん、名前を考えるのって面倒だよね。うちの国は料理が自慢、そんなキャッチフレーズで行こうと思う。
そんな事を話している間にも、上空ではアトが飛行しながら、イワシのような小魚で形どった敵発見という文字を浮かび上がらせていた。どんな風に攻めてきてるのか見てみよう。そう思いアトが矢印を浮かべる方向に行こうとすると、直ぐにマルン撃退という文字が浮かんだ。
「どんだけ戦闘したいんだかな」
「気分が乗ってる内は任せた方が良いですわね」
そうだね、このまま満足してくれれば好都合だ。撃退はマルンに、見張りはアトに任せて今はタツミが住む場所を決めようか。天守は中までちゃんとお菓子で造ってあるから、住む事なんて到底出来ない。ただのシンボルだからね。かといって選択肢は一つかな? だってジープ達の世話があるから。
家を建てるのは東屋の隣として、外観や間取りはタツミの希望通りにしよう。タツミの希望は平屋のワンルームで、縁側は絶対につけて欲しいそうだ。空飛ぶ島で見て気に入ったらしい。早速希望通りの家を建てると、直ぐに駆け寄り縁側にゴロンと横になるタツミ。スカートだけは気を付けてね、かなりギリギリだから。
「そういえばスラミは?」
「この大陸は初めてみたいでな、スライム探しに行った」
まだ増えるんだね。もしかして増やした分の土地をスライムで埋めようとかって思ってないよね? ちょっと心配になってきた。ランダムダンジョンがある島を自由に使って貰えば良かったかな、そんな事も考えながらも、やる事はやっておかないとね。
タツミの家にも付けたタワーマンションとも繋がる共有のアイテムボックス、これに大量の料理やスイーツを詰め込んでおかなくてはならない。これがこの国の売りなんだし、やりすぎってくらいにまでタツミとヨーナ、サクラに詰め込んでもらい、私は作る事に専念する。お酒については師匠に頼んでおいたから適当に詰めて置いてくれるだろう。
それが終われば、私達も探索に向かおうかな。第一大陸のクエストをやっておきたいからね。
タツミに見送られ、サクラとヨーナを引き連れて草原を歩き出そうとして、どっちに向かおうか決めた方が良いんじゃないか、というヨーナの言葉を聞き足を止める。それもそうかと思い、一度タワーマンションの屋上テラスで周りを見渡して行き先を決めることにした。今回、視界を飛ばして確認したりはしないのはそんなに急ぐ用事でも無いから。面倒臭くなったらスベガの街に行って屋台巡りをすれば良いからね。
「東側は山か、高くはないが森が深そうだな」
「西には砂浜がありますわ。行ってみません事?」
サクラの案は欲望が丸見えなので却下するとして、東側の山に向かってみようかな。クエストの内容的にそう言う場所が怪しそうだし。第一大陸の残りのクエストは、魔王軍四天王の討伐と隠されし泉の水を採取する事。討伐の方は生き残って潜伏している四天王を倒すか、テイムする物だけど、一人は既に倒されているみたい。よっぽど簡単な場所に居たんだろう、多分最弱な人だ。
だからこそああいった森の深そうな場所は要注意なんだよね。北へ真っ直ぐ行けば草原が続き、西は遠くの方に岩山が見える。岩山も怪しいと言えば怪しいけど、少し距離があるし森も点在している先にあるから移動も大変そう。それならより近い方に行きたいからね。
タワーマンションから出て、残念そうに落ち込むサクラを後で温泉に行こうと励ましながら山に向かって進む途中、クイネさんからメールが来た。内容は面倒なことになった、とそれだけ。かなり気になるので通信で聞いてみると、式典などに付き合わされているらしい。任せたと軽く見捨てて山へ続く森へ入ると、流石に少し不審に思えてくる。
「全然モンスター出ないな」
城やタワーマンションに対し、モンスターによる襲撃が二度ほどあったにも関わらず、私達の行く道で未だにモンスターとの戦闘どころか、遭遇すらしていない。これはやっぱり山が怪しいのだろうか。慎重に森を進んでいくと、徐々に傾斜が上がりつつある場所に洞窟のような物を見つけた。
怪しさ全開なそれに、入ってみるという事で三人の意見が一致し、私が先頭で進むことに。ヨーナが殿は嫌だとだだをこねそうになったけど、どうしても真ん中を譲らないサクラに仕方なく折れ、先頭の私が明かりを出しつつ進んでいく。
その洞窟は歩きにくく、所々が狭くなっていたため尻尾が引っかかりそうになる。そのたびにサクラに後ろから押してもらいながら進んでいくんだけど、いい加減サクラの手つきが嫌になってきた。でも毎回ではなく忘れた頃にやってくるだけあって、怒るタイミングが掴めない。このテクニシャンめ!
「うひゃぁ、冷たい!」
しばらく進むと川のように水が流れている所に出た。浅いものの冷たい水は進むのに躊躇してしまうけど、水着の出番ですわね! なんて嬉しそうなサクラから逃げるように急いで進んでいくと、その先に広い空間が現れた。そして水の流れの先は泉のようになっていて、もしかしたらここが隠されし泉なのかもしれない。
岩場に移動し早速、瓶を作り水を汲もうと泉に近付くと、水中に人影が見えた。何だろうと思いよく見ると、透明度の高い水越しに見える角の生えた女の人、その格好は……。
「アオイさんにはまだ早いですわ!」
うわぁ、うわぁ。私の目を覆うサクラの手がちょっと遅くてちょっと見えた。ちょっと危険すぎるよあの水着。ちょっとポロリしそうでちょっと危ない。ゲームだから大丈夫だろうけどちょっと私の顔もちょっと赤くなってる気がする。ちょっとがゲシュタルトがちょっと崩壊しそう。
「くっ! こんな所まで追っ手が来るとは。だが四天王最強と呼ばれたこの私、ただではやられんぞ!」
「ヨーナさん頼みましたわ!」
「ああ!」
あんな格好で戦うの!? 剣と剣とがぶつかり合う音が聞こえ、内心はわはわしていると漸くサクラの手が外された。そこに映るのは、先程の水着より大分露出が減ったビキニアーマーを装備した捻れた角を持つ女の人とヨーナの打ち合い。剣と盾を持つ女の人はまさに女戦士と言った感じ。うーむ、ここで倒してしまうのはちょっと勿体ないかな?
「何してんのアオイ!? ぺっしなさい!」
思わずゴッドテイム石を投げつけてしまった私にサクラは怒るけど、逃がしたり出来ないからね。
「そんな奴テイムしてどうするんだ?」
「ありがと、どうもしないよ。ただ面白くなりそうな気がしただけ」
石を回収してくれたヨーナにお礼を言うけど、テイムしたのに特に意味なんて無い。ただの直感だし、いくらでも使えるようになったゴッドテイム石に舞い上がっていただけかもしれない。
ただ、けして彼女を見て顔を赤くしたクイネさんに、静かに怒り出すトヤマさんを想像していた訳じゃない。だからこの後、クイネさんにしょんぼりしながら謝ることになるなんて思わなかった。