78. 人を駄目にする国
週末土曜日。この日、多くのプレイヤーの注目は第二大陸に集まっていた。理由はスベガの街にある闘技場にあり、そこでは九月の月間チャンピオン決定トーナメントが行われているのだ。
大陸の追加が八月の途中だった事もあって開催されなかった為、今回が初めての開催。魅力的な屋台が出店する事や、ムラマサが出場するとあって観戦しに行きたい気持ちはあるけど、そこはぐっと堪えてやるべき事をやっていこうと思う。
「それじゃあ行こっか」
第一大陸の街での次期国王の捜索と、建国の為の人員確保。メンバーは私とサクラ、ヨーナ、スラミにクイネさん。ユイナは仕事だし、トヤマさんは午後からは来れるそうだけど、それまで待って居られないもんね。それでも明日は皆集まる予定。ギルドを作るなら皆一緒なのだ。
スライムに乗ったスラミがハーレム、ハーレムとクイネさんを茶化すけど、茶化された本人はどこか余裕な感じだ。これが恋人を持つ余裕なのか、スラミの顔にだんだん虚しさが浮かんできている。これ以上は暗黒面に堕ちそうだから早く行こう。転移で街へ移動し、早速行動を開始する。先ずは捜索、と転移場所である誰も居ない広場から出ようとすると私達の目の前に、物陰から一人の男が現れた。
「やっと来たかぁ、俺ずっと待ってたんだぜ? まぁ、他の仕事サボれたから良かったけどさ」
「皆気を付けて、こいつAIじゃない! スライムがそう告げている!」
「「「な、なんだってー」」」
「もしかして俺って保護者ポジション?」
クイネさんがスラミを暗黒面へ落とそうとするのはわざとなのかな? スラミも吹っ切れているようで吹っ切れていない感じだし、コンプレックスって本当に厄介だ。
まぁ、そこら辺は当人達次第として話しを進めよう。笑いを堪えている次期国王の社員さんにこの後の事を聞いてみると、後はエードの城へ送ってくれれば終わりらしい。接触はこんな感じになってしまったけど、最後だけはイベントらしく決めるんだとか。
「それでギルド解禁なのですわね」
「そそ。ギルド解禁ってより、ギルド関連解禁だけどな」
そのまま社員さんは達成者ボーナスだ、とギルド関連だという詳細を教えてくれた。次期国王を城まで送り届けると、王位交代となりプレイヤー同士でのギルド結成が解禁される。これは来るべき驚異のため、皆団結し力をつけようと言う名目だとか。それだけでもかなり意味深だね。
そして関連項目は、納品とギルドバトルによるギルドランキング。これにより、冒険者ギルドでモンスター素材を納品することでギルドポイントを得ることが出来、他のギルドと得たポイントをベットしあってギルドバトルを行うことが出来る。勿論ベットしたポイントは勝利ギルドの総取りで、最大四つのギルド同士でバトル出来るという。
そうやってポイントを稼いでいきランキングで一位を三ヶ月キープ出来れば、そのギルドでダンジョンを創れるようになるそうだ。勿論自分達専用にドロップの美味しい物を創っても構わないとか。
「バトルの詳細は解禁まで内緒だけどな」
「マッチングがどういう風になるのか、それ次第じゃ駆け引きも重要になるかな」
「スラミが真面目だと違和感あるね」
「なにおー! アオイは此処に栄養いってんじゃないの!?」
「それはアバターだから関係ないよ!?」
私の胸を揉もうとするスラミの手を防ぐも、しつこく迫るその手にたまらず助けを求めようと三人に目を向ける。しかし、そこには必死にカメラを構えようとするサクラを羽交い締めにするヨーナと目をそらすクイネさん。唯一の味方になりそうな人の手が塞がっているなんて。
「楽しんでるとこ悪いけど、早くこいつ連れてかないか?」
「クイネが連れてってくれ。私らはこのまま住民の引き抜きに行くから」
見捨てようとするクイネさんと、何気ないヨーナの一言。それをどこから聞きつけたのか、誰も居なかった広場にNPC達が大挙して押し寄せてきた。一様に俺を、私を連れてってくれと叫び、その数は百人に上るだろうか? 国を興すには少ないのかもしれないけど、此処はゲームだ。その数は流石に無いんじゃないかな。
「ど、どうしますのこれ」
この騒ぎではサクラもたまらずカメラをしまい、戸惑いながら聞いてきた。どうしますも何も、これで一部しか連れてかないとなったらそれこそ大変なことになってしまう。とりあえずクイネさんには社員さんを連れてってもらって、住人は私達と一緒に予め決めていた予定地まで転移させてしまおう。
凡そ百人、その人数は流石の私も纏めて転移させることは出来なかった。まだ何もない場所に放り込んで、転移が終わるまで待っててもらうのは流石に忍びない。かと言ってメイリルをリンクした状態でも無理だったし、NPCはセリンの召喚にも対応していない模様。少し悩んだけど、ここはあいつの力を借りることにしよう。セリンは念の為リンクしたままでいようか。
「そんな訳でリンクしよう」
「いきなりやって来てそれとはな。どーしよーかなー、我は振られちゃったしなー」
うっわ、めんどくさっ。禍々しさを抜けば羽が生えてふわふわロングの髪が可愛い女の子なのに、この面倒くささはちょっと無いよ。
「……」
「正直すまんかった。流石にこれは我のキャラではない」
ジト目で見続ければ直ぐに折れるマルンのメンタル。少し心配になってくるけど、リンクしてくれるならこの際置いておく。タツミの次はマルンかもしれない。
「だがな、我もボスの端くれ。まともな戦闘もせずにリンクするのは信条に反する」
「リンクしようって言い出したのはマルンじゃん」
「それはそれ、これはこれ」
結構かまってちゃんなのかな? まさか、タツミと同じで此処での生活が嫌になったパターンかな。まぁ、いいや戦闘くらいで済むならいくらでもやってあげよう。私も今は急いでいるからね。
「では、行くぞ!」
瞬時に背後に転移して魔法で造られた光の剣を振るうマルンの攻撃を避け、お返しとばかりに背後に転移し斬りかかる。勿論そんな簡単に当たるような奴ではない。いとも簡単に受け止められ鍔迫り合いへ。こういう展開が好きみたいだね。
「やはり、楽しいな! 我はこういうのが好きだ!」
「精霊っぽくないよね」
「精霊なんてそんなも、あた!?」
そんな楽しそうな顔をするマルンの後頭部に直撃する石ころ。こんなこともあろうかと、即死石の準備は欠かせないよね。少しは付き合ったんだし、高天原に行けば好きなだけ出来るんだから今はこれで許して貰おう。ごめんね、急いでるんだ。
「実際、こんな物件が合ったら家賃いくらなんだろな?」
ヨーナがそんな事を言うのも無理はないかもしれない。崖際まで続く草原、その先に広がる果てしない海。ここはニーネーゼ側とは反対の先端部分で、昨日城の構想を練りながら見つけたベストスポットだ。そんな眺めのいい場所に、それらを見渡せる位置に建てた百人以上は住めるタワーマンション。今はその最上階に造った屋上テラスから景色を眺めている最中だ。大勢は転移出来ないのに、こんなのを簡単に建設出来てしまう不思議。判定がよくわからない。
「部屋も相当立派に造ってたよね? 私も一部屋貰って良い?」
「良いよ。後で共有アイテムボックスに色々詰め込んでおくから、快適な暮らしは保証するのです」
タワーマンションの一押しセールスポイントをスラミに伝え、どうだとばかりにどや顔を披露。師匠に頼んでお酒も入れとかないとね。私の国は人に甘々な国。人を堕落される魔の国なのです。
「新しいタイプの魔王ですわね」
「住人住居の自慢も良いけどさ、そこで拗ねてる奴のフォローもしとこうな」
タワーマンションの建設で神経使ってたから若干放置してしまっていたマルンは、ベンチに体躯座りしてのの字を書いていた。それってただのアピールだよね? 気づいて貰ってちょっと笑顔が出てきてるよ。今更だけど、三人にマルンの事を紹介しておいて、ここは物で釣ってみようかな。
「マルンは何か欲しいものある?」
「我か? ふむ、三人用の部屋を頼めるか?」
何となく嫌な予感がするけど、自分から聞いたんだし受けないわけにはいかないか。最上階は広めに造ってあるし、空き部屋もあるからそこに案内しよう。スラミも早速お気に入りの部屋を探しに行ったし、私はマルンの案内が終わったら城の建設に挑もう。全ては私のイメージ次第。全力で挑もう。
「それで、全力を出した結果がこれか。見てるだけで胸が焼けるな」
「あら、夢が一杯の間違いではなくて?」
「いや、これは流石に許容オーバーでしょ」
早くも完成した城に賛否は両論。今のサクラは何でも絶賛しそうだから油断できないけどね。私的には最高の出来だ。チョコで出来た瓦に砂糖菓子の鯱と装飾。漆喰は生クリームで窓は飴。土台の石垣はスポンジとビスケット。完璧な見た目和風のお菓子の城、というか天守。何時かの野望が実現だ!
「今ウィンドウが現れたんだけど、モンスターを防衛戦力として設定出来るみたいだね」
「もちはやめとけよ?」
流石にそれは分かってる。もし、もちをここに置いてしまっては逆一夜城だ。そんな事になっては困るし、一度もちの居ないところで相談、無理か。この大陸にはモンスターも居るし、防衛戦力が設定できるなら襲ってきたりもあるんだろう。それではAIのネットワークでバレるのが落ちだ。ここは包み隠さずもちを含め皆と相談しよう。ついでに国の名前も決めないとね。