5. 温泉は危険?
昼食の後、帰る二人を見送った後に一足早くゲームにログイン。
どうしても、二人が来るまでに転移の練習はしておきたいんだよね。だって、これ以上馬鹿にされたら嫌だもん。
それに、転移自体はバスホースを見つけるまでの戦闘で慣れてきたけど、転移してから戦闘への動きをスムーズに出来るようになりたいしね。
馬鹿にされるよりも褒められたい、時間はあんまり無いから頑張んなきゃね。
その頑張りが、こんな事になるとは思わなかったけどさ。
「どうしたんだ? そんなとこでボーッと座り込んで、って尻尾増えてんじゃねーか」
「やっちまった」
落ち込む私に話しかけてきたヨーナが突っ込む通り、私の尻尾は増えてしまったのです。
もふもふが増えて嬉しい気持ちは当然あるんだけどさ、それ以上に戸惑いの方が強いんだよ。
だって、始めたばかりだよ? ゲームでレベル上げをしていて、レベル三辺りで急に進化したら当然驚くでしょ?
まさにそれだよ。
「転移の練習してたら称号ゲットした」
「ほう。面白系か?」
「【天狐】って言って、神速通の修行により突然変異的に至った。だって」
神速通なんて練習した覚えはないっての。
私は転移をしていたんであって、神速通なんてご立派なものは、もっと特殊な方法で出来るようにならなきゃおかしいでしょうが!
「何でもありだな、このゲーム」
「飛刀転身流の魔法が神速通に変わってたし、千里眼の魔法追加されたし、それにMPが5000増えた」
「突っ込みどころ多すぎだろ」
だよね。私は突っ込みきれずに膝を抱えて黄昏ていたけどさ。
でも過ぎたことは仕方がない、そう思い自分の尻尾を堪能しようとしたけど、そのすぐ後に来たサクラに、ズルいと言われて尻尾を揉みくちゃにされた時には、本当に練習したことを後悔したよ。
そんなサクラをヨーナに押さえつけてもらい、テントをささっと片付けて、正気に戻したサクラ達と共に山の途中までバスホースで駆け上る。
千里眼で確認してみたけど、山小屋の数は現実より多いみたい。
だけど道はそれ程整備されていないから、もち達も走るのがなんだかしんどそう。
神速通でぱぱっと行ってしまいたいけど、そうもいかない理由もあるんだよね。
「神速通は一人用ですのね。早々うまく行かないものですわ」
「MP消費は500に増えてるけど、使い勝手が良いからね。そこは調整されてるみたい」
「転移の修行か、私もやったら仙人にでもなるんだろうな」
「エルフにも何かあるのかしら? 神族だとか、精霊だとか」
「お前なら魔神じゃねーの。深淵のだし」
おおっと、サクラのシャロウインパクトが体当たりを繰り出した!
でも、仕様のお陰でヨーナは落ちないのだし、意味ないんじゃないかな? ユーマが可哀想なだけな気がする。
そんなやりとりをしながら五合目付近まで駆け上り、其処で一旦休憩。
近くの山小屋にはいると、休憩していた人達の何人かが此方に注目していたけど、やっぱり四つの尻尾は目立つらしい。
てか、それにしても飲み物が高いよね。街で買っとけば良かったと後悔してしまうよ。
「ここまでリアルにしなくてもいいのにな」
「ここはあれですわね。アオイさん、行ってきなさいな。ついでに皮もお願いしますわね」
むぅ、早速良いように利用された。まぁ、それでスムーズに進なら良いとしよう。
ひとまずスールガの広場へ転移すると、露天に行けば現代的な水筒が売ってるんじゃないか、という事で周囲を探し回り、あっさりと見つかった魔法瓶の水筒を人数分購入。
売っていたお姉さんに聞くと、現代的な物はいい小遣い稼ぎになるんだとか。
どうせなら、喫茶店でコーヒーを入れて貰うのもいいかもね。その後に冒険者ギルドで皮を買い取って貰って、それで山小屋に戻ろうか。
「お帰り。やっぱいいな、それ。便利そう」
「ヨーナも魔法組んで練習しちゃおうよ」
「こけたくねーからやだ」
「それをゆーか! 女騎士!」
「はいはい。早く水筒渡してくださいな」
意気揚々と帰ってみたらからかわれる。私は怒っても許されるだろうけど、その道理はエルフには通じなかったみたい。
サクラに擽られた耳をさすりながら、なぜ私だけなのかと悶々と思いながらも水筒とお金を二人に渡し、一杯飲んでから再び登山。
「コーヒー買ってくるなんて気が利くな。山でコーヒーってなんか良いし」
「でも、高かったんじゃないですの? これあそこの喫茶店のでしょ」
「一杯分の値段で一本入れてくれたよ。こんなに早く天狐になるとは思わなかったからって」
「店主は社員だったのね。社員でも驚くって……」
「社員じゃなくて社長だった」
「「え!?」」
うん、私もビックリした。インタビューの時と全然違うしね。
まあ、アバターなんだから当然なんだけど。その時に聞いた話だと、対象が居ない状態で行動する事も大事なんだとか。
「素振りとかしとけってことか」
「敵を倒すだけじゃなくて、己を見つめろって訳ですわね。ホント、妙なとこだけリアル」
「ところで、これ頂上に着くまでどのくらい掛かるの?」
「六、七時間ってところかしら」
いや、心が折れそうなんだけど。
でも、温泉に入りたい熱意はこんなもんじゃ折れはしないもん!
途中、山小屋でログアウトして夕食を頂き、ついでにお風呂も済ませ、再びログイン。
夜になり綺麗に見える星々に感動しつつも、のんびり歩き続けようやく山頂へと辿り着いた。
うん、周囲をハッキリと照らしてくれる満天の星空と月。ゲーム故の誇張だろうけど、それも風情に感じる綺麗さって狡いよね。
「やっと着いたぁ」
「すげー広さだな。これ全部温泉かよ」
「見た限り人は少ないわね。やっぱりゲームの中で登山をやりたい人も少ないかしら?」
目の前に広がる火口いっぱいの温泉だけど、温泉に浸かっているのは数人程。
テントも幾つかあるので、日の出の為に来た人もいるのかもしれないね。
「んじゃ、早速入るとするか」
うんうん、待ちに待った温泉タイムだね!
でも、入ると言っても流石にそのままでは入らない。メニューのオプションには水着があり、自由に着替えることが出来るの。
種類も豊富で、最新デザインから旧式のスク水、温泉入浴限定でバスタオルの他、アニメでお馴染みの湯気モードもある。
いや、湯気とか大丈夫なのかな?
でもここはゲームの世界だし、思い切ってもいいかもしれない。
「お前、よりによって湯気モードかよ」
「案外すっぽり隠れるのね」
ヨーナは白いビキニ、サクラはスク水。そして私は湯気モード。
やってみたはいいけど、かなり恥ずかしいので直ぐに温泉に入るのは仕方がない。濁り湯なのが有り難いよね。
うん、やらなきゃ良かったと思うけど、着替えたりはしない。負けた気になるので。
「あぁ、いい湯だねぇ」
「ええ、ホントに。ただ、温泉っていうよりプールよね。広いし、深いし」
「どうせなら真ん中の方行ってみねーか?」
それは良い考えだよね。だって、温泉で泳ぐってなんか罪悪感があるからそうそう出来ないもん。
子供の頃よくやって怒られたなぁ。
「これ、どん位の深さなんかな?」
「潜ってみてもこの濁りじゃ見れませんわ。それに危険ですわよ」
「魔法で何とかなんないかな? うひっ!?」
「どーした? 変な声上げて」
「尻尾甘噛みされた! 違う、されてる!」
うはっ、はむはむされて凄い変な感じ。
尻尾の方に手を伸ばすと、何か堅いものに触れた気がする。え? 何これ? と思っていると、後ろからザバンッと何かが出た音が聞こえてきた。
慌てて振り返ると其処には……。
『はははっ! 悪い悪い! 噛んじまった!』
「「「ドラゴンッ!!」」」
其処に居たのは真っ白なドラゴンだった。いやはやフラグってホントにあるんだなぁ。
『悪いな。湯気モードで入ってきたら出て行くのが決まりなんだが、獣人は初めてで、思わずな』
「いや、そんなメタい事言っちゃっていいのかよ」
『あっ、やっべー。これ内緒な』
なんとも軽すぎるドラゴンだことで。
てかさ、運が良いとって言うのは湯気モードの事だったんたね。そりゃ少ないわ。
「それで、何で出てきたのかしら?」
『うん? ああ、コホン。勇気あるものよ! そなたに我が子を授けようぞ!』
なにそのファンタジー的な台詞は、って突っ込むスキさえ与えない程の素早さで、私に一抱えもある程大きな卵を投げ渡してきた。
いや、我が子なのに扱い雑すぎないですか!?
「いやいや、え? どゆこと?」
『いやぁ、なんて言うか。こっちの悪ふざけに乗ってくれたんだからな。何かしてやりたいのも性ってもんだろ。まあ、ここの温泉以外にも貰えるとこあるんだがな』
「悪ふざけだったんだ、これ」
「さっきから自由に話しているけど、あなた中身があるのですの? モンスターはAIの筈では?」
『卵を渡すドラゴンは人が入っているぞ。皆こういう役をやりたがってたからな。それ以外は皆AIだ、結構優秀のな』
運営ホント楽しんでるなぁ。結果的に悪ふざけに乗ってしまっていた此方としては、なんか恥ずかしいけどさ。
『じゃあ、これでな。このこと言い触らすなよ』
そう言ってドラゴンが帰った後も、私達の間に漂う空気はなんだか微妙な雰囲気が残ったまま。
運営も、世界初のゲームでハシャいでいるのかもしれないね。
それよりこの卵どうするんだろ? アイテムボックス入るかな? あ、入った。
「温泉に来たのに疲れたんだけど」
「お前が原因だけどな」
「それより、ラッキーですわ。育てれば飛行便代が浮きますもの。ふふっ、そうですわね。やっぱり箱型の馬車なんてないかしら? ドラゴンでも運べるようになるかもしれないし」
これでまだ初日なんだよなぁ、この分だとまだまだ何か有りそうな気がするよ。
明日は土肥の方まで行かなきゃだし、今日は早く寝ようかな?
今の内にドラゴンの名前も考えておかないと。