75. 喫茶店マスター殺人事件
「そりゃ、丁度良かったからな。ヤマトを見りゃあ、男なら憧れずにはいられねぇさ」
「へぇ、そんな噂話あったんだね。初耳!」
これがジョンとスラミの違いである。観覧車での空中移動も終わり、ムラマサもお兄ちゃんとのデートに戻った後。ジョンと共にスライムで園内をさ迷うスラミを回収し、もぬけの殻になったログハウスでお茶を飲みながらギルドについての話しを聞いた結果がこれだ。このスラミ、ノリで生きている大人らしい。
「そんで? お前等も噂話でも聞きに行くのか?」
「そうですわね、噂の真相位は知りたいですわね」
「なら社長に聞きに行こうぜ。その方が手っ取り早いだろ」
確かに社長なら気軽に話してくれそうだよね。そうと決まれば早速行こうかな。あっ、その前にジョンを戻しとかないとね。子分たちに申し訳ないから。噂の事は知りたいそうだから話を聞き出せたらメールしておこう。
「その前に私もここに住んでもいい? ムラマサも住むんだよね?」
「スラミも? なんで?」
「ギルドの事もあるけど、スライム用の土地を貸して欲しいからかな」
そんなにスライムをテイムしているのか、と呆れながらもスライム仲間とかは居ないのかと聞いてみる。もし居るなら、その人たちとお金を出し合えば良いんじゃないかと思ったんだけど、そう簡単に行く話しでは無いらしい。
「こういうのってね、たまに集まるから良いんだよ。長い間一緒に居ちゃうと主張がぶつかっちゃうからね」
見た目の割に大人らしい考え方だ。いや、実際大人なんだけどさ。若い見た目と裏腹にトヤマさんと同い年、二十代後半だ。トヤマさんが神妙な顔をするほど若々しい。ちょっと若いくらいだけど。
「それなら喫茶店に行く前に草原の拡張か?」
「そうですわね。どのくらいの広さがいいんですの?」
「どうせなら真四角な形にしようよ」
今の土地は、東京ドームと同じ位の草原が二つと水場が一つ。あと一つその面積分があれば真四角に出来そう何だよね。
「それなら十分くらい。ありがとね」
それじゃ、いざスールガの街!
今目の前に広がる光景に、私はなんて言って良いのか言葉が見つからない。冒険者ギルドで土地を拡張し、喫茶店前で少しプレイヤーの人達と話して入ってみればこの状況。
喫茶店の床に倒れ伏した男の人、社長だ。その周りには真っ赤な液体が広がっている。多分トマトジュース。匂いがまさにそれだもの。当の社長は笑いを堪えるかのように、口の端がピクピクと震え目尻もなんか下がっている気がする。極めつけはコーヒー豆で書かれた《犯人は奴》という文字。
「この中に犯人がいる!!」
「と、容疑者のスラミさんは申しています」
「と、容疑者のアオイが申しているぜ」
「一番怪しいのはさっきの人達ですわ」
ちょっとサクラの反応がおざなりなのはこの状況が面倒臭いからかな? 確かに、私達が入る前に三人組のプレイヤーが店から出て来たのに鉢合わせた。その際、面倒だよなぁ、今入るのはおすすめしないぞ。なんて言っていたからこれはなんかのイベントか何だろう。
「シティアドベンチャーなんてツチノコ以来か? 面倒だな」
「蘇生薬でも掛けて見てはいかがかしら?」
そんなサクラの言葉を受け、トヤマさんが作った余りまくりの蘇生薬を社長に使ってみる。けれど特に変化はない。そもそも絶対死んでないもん。そして社長の側でしゃがみ、その場に広がる赤い液体を指に着け舐めるスラミ。
「ぺろ! これはトマトジュース!」
「分かり切ったことだよ。早く行こ」
面倒な事は早く終わらせないとね。
街中のNPCである社員たちに聞き込んでいくと、犯人の姿が浮かび上がってきた。犯人はハニン。人ではなく、モンスターらしい。
このハニンと言うモンスターは黒ずくめの格好をしていて、殺人現場のようになってしまう呪いを掛ける愉快なモンスターだという。傍迷惑な奴だ。テイムしてやろう。
「問題はどこに居るか、だよな」
「現場に戻ってるよ」
「……、確かに居ましたわ」
「その目って便利だねぇ」
情報収集を続けながらも、度々視界を飛ばしていたらこれだよ。その姿は黒いテンガロンハットに黒い目出し帽、黒いダウンジャケットに黒いジーンズ、黒い靴。怪しさ全開な姿に思わず手を伸ばしてテイムしてしまった。これぞ、かっとなってやったってやつだね。名前はハニンのままでいいや、どうせ融合進化させるつもりだし。
「お前、変なこと考えてないだろうな?」
「クリスマス、忘年会、新年会、どれが良い?」
「忘年会一択だね! 二十四時間耐久でなんかやろうよ!」
スラミはこの手の奴が好きらしい。今度二人で計画立てよう。それにはおっきい施設が必要だよね。ログハウスは巨大化させるのは嫌だし、空飛ぶ島か新しい場所でも探さないと。
そんな事を話ながら喫茶店まで戻ると、社長が何気ない顔をしてトマトジュースの処理をしていた。後始末をしなきゃいけないところはちょっと考え物だよね。
「よう。あれ、くだらねぇだろ」
「うん。気に入った」
「そんな事よりギルドの事ですわよ」
ハニンの事はひとまず置いておいて、カウンターに座り社長にコーヒーを入れてもらい本題に入る。社長は隠しもせずに話してくれるみたいだけど、まず口に出したのは私への説教だった。
「お前クエストちゃんとやれよ」
「それは横暴と言うものだと思う」
流石に、私もただ無心に社員の為にプレイするつもりはないんだよ。そう言うと、社長はあの中にも重要な、プレイヤーの行動の幅が広がるような物もあるから目を通すだけでもした方が良いと言われてしまった。遊園地みたいな物だろうか? ギルドの解禁もまたクエストに関係しているんだそう。
「あいつはやってねぇのか? ほら黄組の」
「あいつはクエストメール拒否してやがる」
そんな事出来たんだね。今更しようとは思えない雰囲気だけど。最近体育祭の事もあったから、見ることもしなかったクエストメール。日々送られてくるそれは相応に溜まっていたけど、最新の物から目を通していくと次期国王の捜索というクエストを見つけた。そのクエストの備考欄にはギルド機能の解禁。こういう大事なことをプレイヤー任せにしないで欲しい。
「お前の所為だよ、お前の」
「どう言うことですの?」
うん、私の所為と言われてしまうとちょっと気になるよ。いや、色々やらかしてるかもしれないのは理解してるんだけどね。
社長の話によると、このクエストは本来クエストとして送るような物ではないらしい。なら本来とはどのようにな物なのか、それは第一大陸で起こるはずだったイベント。魔王討伐の為、城へ攻め込む。城は街の外れにあるんだから、当然街中を通る作りになっている訳だけど、その町中を通る時に次期国王となる人物を託されるイベントが発生するようになっていたそう。
「お前が魔王をあんな手でテイムしたばっかりに、折角用意したイベントが進まねぇんだよ。良いぞ、もっとやってあいつら困らせろ」
そんな事を言う社長も大概だけどね。私が魔王をテイムしたお陰で魔王軍まで消え去り、プレイヤーが城を目指した所までは良かった。しかし、それを良しとしない他のプレイヤーが妨害を始め、今ではプレイヤー同士の戦争状態らしい。私の行動がこんな事態を引き起こすなんて。
「まさに傾国の美女状態!」
「いやらしい狐か?」
自分で言って恥ずかしくなってきた。でも、やることは分かったのは良かったかな。街に行くだけだし、簡単に終わりそう。
「そう言えばだけど、この列島の国ってなんて名前?」
今まで静かにパフェを堪能していたスラミが放った疑問。正直気にしていなかったけど、言われてみるとちょっと気になる。社長の答えはニーネーゼ。これは日本とジャポネーゼを合わせてみたらしい。ここの運営らしい名前だ。
「スラミって、本当年相応って感じしねぇよな。気にしたりしねぇの?」
「気にしてるから、子供っぽく振る舞ってんじゃん。大人っぽくしたら余計いじられるだけだもん。ゲームなんだからロールプレイ、だよ」
ヨーナの何気ない疑問にあっけらかんと答えるスラミ。その顔には若干哀愁の色が見えた。