70. 体育祭開幕と最初の競技
テレビに映るスタジアム。精霊学園の体育館の中に創られたそこで、今まさに体育祭開会式が行われている。スタジアム内の席は、開放前から出来ていた長蛇の列により直ぐに満席。そんな行列に並ぶことを諦めた私とサクラ、ヨーナは寮の部屋にてそのゲーム内テレビ中継を眺めている。手に持つポップコーンを食べながら。
現在は中央のステージで、精霊学園の理事長である社長が演説をしている真っ最中である。
「喫茶店のマスターは世を忍ぶ仮の姿って訳か」
「そんな深く考えてないと思う」
ヨーナが何か感心した風に言ってるけど、あれは多分社長の趣味だよ。偶に行くとコーヒーの蘊蓄に付き合わされるし。そんなコーヒーの蘊蓄も混ざりだした演説の最中、社長からとんでもない発言が飛び出してきた。
『この体育祭には、我々が用意したチート能力を有する者も参加するだろう。諸君等は心して聞くと良い。強い力を持つのなら、それ相応のパフォーマンスを期待しようじゃないか!』
これで私達、赤組が立てた太極図速攻作戦は使えなくなってしまった。障害物競争とかどうしたら良いんだろうね?
「アオイさんはどの競技に出ますの?」
「私は個人戦。サクラとヨーナは?」
サクラはパフォーマンスの話で、私がどんな事をし出すか気になるんだろう。何か大道芸みたいなことした方が良いんだろうか? サクラは団体戦、ヨーナは騎獣戦に出るみたいだし、対戦相手として披露するのが出来ないのが残念かな。いっそのことフィールドを宇宙にしてしまうとかどうだろう。出来るかな?
そんな他愛もない話しをしている間もテレビの向こうでは演説も終わり、スタジアムには声高らかに開会の宣言が響き渡った。プログラムだとこの後スタジアムのステージにて、何人かのアーティストによるパフォーマンスが行われるみたい。ユイナのライブもあるそうだから、ヨーナとのんびり観覧してようかな?
「それでは、私はチームに合流しますわ」
「青組のために負けてくれ」
「色々気を付けてね」
そう言ってサクラは、三人並んで座っていたソファーから立ち上がると、こちらの見送りの言葉には耳を貸さずにスタスタと部屋を後にした。赤組からはクイネさんが出るからね。どんなパフォーマンスをするか楽しみだ。参考にできるかもしれないし、クイネさんの太極図の力を見て驚くサクラが見れるかも、と思うと楽しみだ。
「そう言えばクイネの奴、太極図使えるようになったんだってな」
「何で知ってんの!?」
「トヤマさんから聞いた」
何で喋っちゃってんのさ。そんな甘々なのか、あの二人は。そんなトヤマさんは黄組だそうで、そうなると勿論サクラも知っていると言うことだ。問題は森と言う場所で戦う際の弱点となるもの、クイネさんがリンクできる精霊がいないという事を知っているかどうかだ。
「クイネの奴、昨日もトヤマさんとデートしてたそうだし、案外機会を潰してたのかもな」
既に尻に敷かれているのか。
「トヤマさんは何に出るの?」
「私は知らんな。サクラなら知ってるんじゃないか?」
これでトヤマさんが団体戦に出てきたらピンチかもしれないのか。でも、そんな関係を勝負の場まで持ち込まないよね?
「おっ、ユイナだ」
そんな事を考えている内に、スタジアムのステージではユイナのライブが始まっていた。ヨーナ達も歓迎会をやったお陰でユイナの素顔は知っているんだけど、ライブ自体は見たことない。歌はよくテレビで流れるけど、歌っている姿と合わせると疾走感のあるロックテイストのメロディーがぴったりあって格好いい。あれで実は泣き虫だなんてギャップも人気の一部らしいね。
「アオイ、ポテチ」
「はいはい」
ヨーナとの間、ソファーの上にポテチがこんもり乗った皿を置く。ちょっと行儀が悪いかな? でも咎める人なんていなければこんなもんだよね。テーブルになんて置いたら、逆に遠いと文句を言われるだろうし。パフォーマンスが終われば直ぐに団体戦だ。サクラには悪いけど、やっぱりクイネさん達を応援しないとね。
『それでは一分後にスタートの合図となります』
開始前のアナウンスと共に、各チームのスタート地点への転移が完了した。今頃各チームは場所の把握に務めている事だろう。
此処からはテレビの全体の模様を中継する映像以外にも、ウィンドウからホームページに繋げる事で、そこで公開されているチーム密着カメラによる映像もリアルタイムで見ることが出来るようになっている。競技に出ている人はそれを見れないみたいだけど、私達にとっては、全体像と比較することでより臨場感を味わえるね。
「団体戦にトヤマさんは居ないみたいだね」
「その目って便利だな」
私の場合、直接現場を見ることも出来るからちょっとカンニング。現場に通信を入れることは出来ないから、スパイみたいな事は出来ないけどね。
赤組のメンバーはクイネさんをメンバーに魔法をメインに扱う人を集めているみたい。剣を持つ一人以外は皆杖を持っているから、どうやらリンクしているのは剣を持つ人だけみたいだ。左目の色が変わっているから分かりやすいね。
チーム編成や作戦については、漏れる心配を無くすために極秘にしていたからここで始めて知ったけど、このメンバーでどんな風に動くんだろうか?
各自緊張した面もちのまま、遂に鳴らされた開始のブザー。その瞬間、クイネさんは早速作戦の為に動き出した。
「えげつねぇなぁ。いきなり迷路かよ」
そう、クイネさんの作戦はますについて沿った迷路を造ることだった。でも、これではパフォーマンスと言うより、アトラクションだよね。
正直それより気になるのが黄組の事だ。部隊を二つに分けて行動しているようで、三人一組の方が青組突撃している。ここには千里眼か何かを持っているのか、青組の動きを正確に捉えているようだ。そしてもう一方、サクラと男の人の組み合わせは即死マスを目指しているように見える。
「即死マスに誘導する気か?」
「違うと思うよ。青組は全員リンクしているみたいだし」
むしろ青組に突撃していった人達が、何処かへ誘導するように動いているみたいだ。進行方向から見て、これは攻撃力アップマスかな? もしかしてメリットを見せてリンクを剥がす作戦?
サクラ達の方を追いかける映像を見てみると、即死マスを掘り返し、石や木の根を集めている最中だった。襲ってくるモンスターはサクラが対処しつつ、男の人が耕すようにせっせっと掘り進めては集めるを繰り返している。
「あれでも効果があるって事か?」
「実際やってるならそうって事なんだろうね。青組はどう? そう言うの見破りそう?」
「脳筋で蹂躙作戦って言ってたぜ」
うん。それもう負けそうじゃない? あぁ、攻撃力アップマスで案の定リンク外してるし、合流したサクラが念動力で石や根っこを操って即死祭りだ。その場に取り残された精霊達の呆れ顔が印象的。
「これで赤組と黄組の一騎打ちだね」
「迷路に籠もってどう動くんだろうな」
そんなヨーナの疑問も直ぐに分かることになった。次々に黄組のメンバーが消えていったのだ。どこに行ったかと探してみれば、既に全員迷路の中。クイネさんが転移させたみたいだね。流石に全員纏めては無理だったのか一人ずつだったけど、こうなると一方的な展開かもしれないけど、当然黄組にもチャンスはある。迷路の中にも即死マスはあるのだ。それをさっきみたいに活用してクイネさんを潰せば迷路も消えるし、そもそも赤組にはリンクしているのは一人だけだからそれだけで有利になる。
どう動くかとドキドキして見ていれば、結末は意外な展開。黄組がどうこうの前に、迷路が突然盛大な勢いで爆発した。煙が晴れたとき、その地に立っていたのはクイネさんただ一人。
「あいつ、やりやがった」
いつかヨーナが言っていたことを、私以外の人がやってのけた瞬間だった。