51. 湖は海に続くのか
右を見れば疎らに木々が生える草原。木陰で休む草食獣タイプのモンスターがたまに水を飲む姿は、なかなか癒される物だと思う。
左を見ればヨーナとサクラそしてフィナ。その奥には私達と同じように、のんびりと流れに乗っている人達や、サーフィンのように巧みに流れを乗りこなす人達。
そう、今まさに私達は琵琶湖でのんびりと過ごしている。ことの発端は夏休みの最終日を如何に過ごすかという議題。それまでクエストは無視してランダムダンジョンに籠もり、日がな一日戦闘を繰り返していただけあって、そろそろのんびりするのも良いよね、という結論になったのだ。
私としては戦闘を繰り返しても一向に称号が増えないことに、不満が募ってきていたのでちょうど良かった。戦闘関連は打ち止めなのか、戦い方が悪いのか、どうせMPが増やせればどんな称号でもいいのだからいろんなことに挑戦した方がいいのかもしれない。掲示板を覗くのも選択肢に入れようかな?
今回の琵琶湖流れは四人一緒で、個人行動は控えるようにしている。二人も隠しルートが気になっているみたいだからね。浮き輪を三角形になるように繋いで真ん中に御利益を期待してフィナを配置し、囲むように私達。時計回りに足を向けて座っているから、ちゃんと顔を見て話せるし、何よりフィナをロリコンから守らねば!
「ヨーナさん、ドラゴンはまだですの?」
「まだなんだよなぁ。何かが悪いのか、それともとんでもない奴なのか」
「ちゃんと撫でてる?」
「え? 撫でんの?」
まさかアイテムボックスに入れっぱなしなの? それが理由なのかは分からないけど、撫でると早く孵るって言ってたし何か関係あるのかもしれない。直ぐに卵を取り出して撫で始めたヨーナだけど、まさしくそれが原因だったらしく、撫でた直後から罅が入り瞬く間にドラゴンが誕生した。
「なんか、思ってたのと違う」
「それは私の台詞だ」
「良いじゃない可愛らしいもの」
誕生したのは白いフワフワの綿毛に包まれた小さなドラゴン。体長三十センチ程かな? 顔も毛に覆われ、くりくりの目がなんとも可愛らしい。ぴーぴー鳴いてヨーナにすり寄る姿は、愛情を求めているようにも見える。
「ほら、ヨーナが放って置くからこんな小さく産まれたんじゃない?」
「うぅ、そう言われると罪悪感が凄いな。ちゃんと可愛がろう」
「大きくなったら、どんな姿になるか楽しみですわね」
フィナが笑顔でフワフワの綿毛を撫でている姿は絵になるけど、いずれはフィナどころか私達も乗せられるぐらい大きくなるんだろう。この子は正統派のドラゴンになってもらいたいな。
「名前はどうするんですの?」
「アイズ」
「それ私の! 私がつけようと思ってたのに!!」
「早い者勝ちだろ」
くそう! こうなったら!
「うひっ!? おまっ、尻尾で尻撫でんなよ!」
尻尾は浮き輪の関係で常に水の中だからね、この距離ならバレずに届くし悪戯に最適だ。ただ、冷たいし、尻尾がふやけそう。
「浮き輪じゃなくてゴムボートかなんかにしない?」
「加害者の提案には腹が立つな」
「どうせなら、いかだなんて良いんじゃなくて?」
「それ良いね!」
早速、浮き輪に隣接するように、八畳程の丸太を並べて出来たいかだを作り、真ん中には三角の旗を立てる。完璧だ。
「ドクロマークは書かないのか?」
「海賊ではなく漂流です」
「目的はそうですものね」
沈没しないように作ったハイスペックいかだなので乗り移るのも簡単。周りからの視線は気になるけど、これなら横にもなれるし時間が掛かる今回のクエストには最適だろう。
うつ伏せになりながら湖を見渡してみると、やっぱりサーフィンのように流れに乗る人が多いと思う。変わる流れを巧みに捉え縦横無尽に動き回るサーファーはなかなか格好良く、ヨーナに依れば近々プレイヤー主催の大会もあるんだとか。このゲーム限定だけど、立派なスポーツになってるみたいだ。
「スポーツと言えば、第二大陸で決闘が流行っているそうですわ」
「それスポーツか?」
フェンシングは決闘から始まったらしいし、そう考えればスポーツなのかもしれない。ただし、武器は拳銃。所謂早撃ちだね。
なんでも、第二大陸で街や村でも、プレイヤーが作ればPvPの設定が出来るようになるらしい。そこで、ある程度のプレイヤーが協力して西部劇に出てくるような街並みを再現していってるそう。
巻き込まれる覚悟があるなら観戦も出来るみたいだし、ちょっと面白そうだよね。私なら多分撃たれる心配はないし。
「またチャンバラしたくなってきた」
「今度はちゃんとやれよ」
「転移は無しですわね」
未だにヨーナは根に持っているらしい。あの時はちゃんと相手をしなかったし、今度は個人でサバイバルもいいかもしれない。問題は師匠だけど、今ならまともに打ち合えるかな?
「おっ、でっかい鯉が泳いでるぜ」
いかだから湖をのぞき込んでいたヨーナが言うでっかい鯉。気になったから同じ様に見てみると、でかいでは済まされないようなような鯉がいかだの下を泳いでいた。
全長は正直見えない程の大きさがあり、ぴったりといかだに沿うように泳いでいる。ここの主だろうか? 名前はコイカイザー。運営はキングをカイザーに変えるのが好きなのかな?
「こいつ跳ねたりしないよね?」
「体当たりしてくるかもしれませんわね」
「最早最強だな」
思わず釣竿を作り糸を垂らしてみるけど、何の反応も無く、一瞬ゴッドテイム石を使おうか悩んだものの、砂丘のサンドゴーレムと同じような扱いな気がしてやめておいた。
サクラによれば今までも目撃情報はあるものの、特に何の行動も起こしていないらしい。このまま進んで何にもしてこなかったら、他の条件でもあるのかもしれない。
暫くしても何も起きず、いかだの上に無理やりテントを張り交代で昼食に行ったり、ババ抜きして過ごしているうちに夕暮れになり、流石にこの動かない状況にうんざりしてきた。
「鯉の好きな物で釣るか、他に何かが必要か」
「パンでも浮かべてみてはどうですの?」
「いっそ、琵琶でも弾いてみる? 琵琶湖だけに」
しらけた視線が向けられても気にせず、琵琶を作り適当に音を出してみる。仕方ないじゃん、後ろでフィナが背中に琵琶、琵琶って書き続けるんだから。でも背中に漢字は流石に分かりにくい。途中から平仮名になってようやく分かったよ。フィナとしてもみんなと過ごすのは楽しかったけど、流石に飽きてきたんだろう。
べんべんと音を鳴らしていると、次第にコイカイザーは動きを止め、追い越したと思ったら後ろから大きく口を開けて迫ってきた。
「よくある展開だな」
「ちょっと怖い」
「私達がパンみたいですわね」
「水着だからパンツ履いてないけどね」
二度目の視線は流石に堪えた。
コイカイザーの中は洞窟のようになっていた。もういかだも必要ないだろうとアイテムボックスに仕舞い、どこか見たことがあるような気もしながら進んでいくと、見覚えのあるモンスターを見つけた。そいつの名はシャッコー。その瞬間、私達の今夜の予定はバーベキューで埋まった。
ひたすらモンスターを狩りまくり、シャコ、ハマグリ、マグロと存分に集め、最後にボスのイカジキを重点的に狩っていく。サクラの意気込みが凄いから私は基本的にイカジキの動きを止めるだけだ。高速が売りのイカジキも動きを止めてしまえば、まさに陸に上がった魚のよう。試しにイカの足だけ自由にさせればビタンビタンと動き回ってちょっと気持ち悪い。
「階層上がれば即リポップってのも良いもんだな」
「私はサクラの楽しそうな顔が見れて嬉しいよ」
最近のサクラはあの地獄の一週間を取り戻そうと必死だったからね。今日は良い息抜きになったと思う。肉を狩りに行くと言うヨーナを見送り、階層を移動しながら狩りを続ける。
食材なら買えば済む話だけど、ドロップ品の方が味が良いため倒さないわけには行かないのだ。今後の為にもっと欲しいと言うサクラに付き合い続けて、肝心のバーベキューが始まったのは遅い時間。
学校が始まれば、平日の昼間には会えないからと家のモンスターをしっかり可愛がって満足だけど、明日ちゃんと起きられるだろうか。




