1. Fantasy gives life
「「「夏休みっ、カンパーイ!」」」
高校生活初めての夏休み、その初日のお昼に幼なじみの二人と実家の洋食屋に集まり、グラスをぶつけて盛大に乾杯。
なんだかこれだけで、一気に夏休み気分スイッチが入った気がするよ。
そんな気持ちの高まりに合わせて、目の前に置かれたうちのオススメ、ハンバーグを見てお腹の虫も一鳴き。
うむ、話は食べながらが一番だよね。なんて考えつつ、早速ナイフで切り分け口に運ぶ。
やっぱり幸せは噛みしめるものなのです。
「いよいよ発売だな! なぁ、葵の兄さんはホントに良かったのか?」
そんな幸せを噛みしめる私に、最初に話しかけてきたのは男っぽい喋り方が特徴の陽菜。
そんな喋り方をする陽菜だけど、髪をポニーテールに纏めたキリッとした目の美人さんなだけに、見た目から感じるギャップはそんなに無いのかもしれないね。
「大丈夫だよー。 女の子の頼み事ならスカートの中だって潜り込むさ! って、興奮してたから」
「いや、それ大丈夫じゃないだろ。いや、有り難いんだけどさ」
「まぁまぁ、陽菜。それは仕方のないことなんじゃない? なんせ昔からなんだし」
自分で言っていても、どうしようもない人だと思う自分のお兄ちゃんだけど、そんなお兄ちゃんを案外軽く受け止めてくれているのが、もう一人の幼なじみである咲良なの。
眼鏡を掛けている所為か、見た目はおとなしそうな子なのに、偶に趣味のこととなると熱くなるのが面白いんだよね。
お兄ちゃんを受け入れているのも、趣味の関係で馬が合うらしいからだしさ。
「確かにもう今更だな。それで、発売は正午からだしもう買えたんかな? 連絡あったか?」
「さっきあったけど凄い行列だって。買うまでまだまだ時間が掛かるかも」
「物が物だし仕方ないって。何たって世界初のフルダイブ型VRゲーム! 何が凄いったらもうね……」
あ、咲良が熱くなった。まあ、ゲームの事だからしょうがないか。
今皆で話しているのは、咲良の言ったように世界初のフルダイブ型VRオンラインゲーム《Fantasy gives life》の事なの。
五感が感じれる! と、βテストを経験したお兄ちゃんが興奮していたのは、ちょっとうざかったからよく覚えているよ。
そんなゲーマー達が大興奮するVRゲームなんだけど、ジャンルを聞くとネットゲームによくありそうなMMORPGではないんだよね。
運営の拘りがたっぷり込められたらしいそのジャンルは、体感シミュレーションゲーム。
舞台の世界観は剣と魔法のファンタジーなんだから、私としてはMMORPGでも良いと思ってしまうけどね。
で、そのゲームが遊べる専用のヘッドセットをお兄ちゃんが買いに行ってくれているの。
自分の分はβテスターだからすでに持っているのに、である。優しいなぁお兄ちゃんは。
勿論、全員お金は渡してあるけどね。
そんな話題のゲームだけど、注目を浴びている理由はそれだけじゃないの。
話題となる理由はいくつかあって、その一つ目は魔法が自由に作れること。
ゲームやアニメなんかの魔法だって再現出来てしまう創作性が、忘れられた中二心を思い出させてしまうんだって。
βテストでは、どっかの大魔王様の真似が流行っていたらしいよ。
二つ目は、日本の地形を参考にして作られた広大過ぎるマップ。
βテストでは現実でいう静岡県しか解放されていなかったみたいだけど、原寸大なそれは広大で、普通なら広すぎてうんざりの筈が、足になるテイムモンスターの存在や、制作可能な魔法で動くバイクや車、豊富なダンジョンのお陰で、大いに楽しめたんだとか。
西洋ファンタジーな世界観な割りに、バイクや車まで作れる自由な点もポイントが高いのだとか。
あと、注意しなきゃいけないのがNPCの事。このゲーム、どうやらNPCが居ないらしいの。
アイテム店や宿屋、冒険者ギルド職員など、重要なところは全て社員の人がNPC役としてやっているんだとか。
住人としてNPCが居ないのは、プレイヤー達自らが住人となるからだ。と、社長がインタビューで話していたっけ。
まあ、それが何で重要なのかというと、もの凄く強いのだ。
プレイヤーよりも遥かに強いため、店員などに喧嘩を売ると必ず返り討ちに遭う。βテスターからの教訓だと、ネットにそう多く書かれていたみたい。
「なあ、葵。ハンバーグ一口くれよ。ご飯が余る」
「いや、バランスよく食べないからでしょ。まぁいいけど」
まだまだ熱く語る咲良はほっといて、食事を続ける私と陽菜。
お兄ちゃんは私達の為に昼食も食べずに並んでいることだろうし、今日くらいは感謝しても良いかもしれないね。
いや、面と向かって言ったりはしないよ? だって一緒に風呂でも入ろうと要求されるもん。
感謝は無言で受け取るのが、男ってもんだと思うんだけどなぁ。
「確か、サービスは発売と同時だったよな? お兄さんが帰ってきたら直ぐやるのか?」
「馬鹿め! 今日は泊まり込みで宿題をやるって決めたでしょ。最低一つは終わらせておけば、最終日に泣く思いはしないはず!」
「毎回先生に怒られてたもんね、咲良は」
「葵は私に泣きついてきてギリギリで終わらせてたけどな」
言葉遣いで勘違いされがちだけど、なんだかんだ一番真面目なのは陽菜なんだよね。
逆に、見た目で真面目そうな咲良が一番だらしないのが、見た目で人を判断してはならないという教訓だと思う。
「ご馳走さん! おばさんデザート頂戴! プリンで!」
「お母さん! 私、アイスね!」
「えっ、もう食べ終わったの!?」
私もパフェ食べたい、と急いで食べ出す咲良を横目に、お母さんにお礼を言いながら運ばれてきたアイスに手を着ける。
それにしても、明日は楽しみだなぁ。
既に使いたい魔法も考えてあるし、その為には宿題を粗方終わらせないと! と、改めて気合いを入れる。ついでにお口にアイスも入れる。
まあ、いざとなれば陽菜を頼るんだけどね。
そんな和やかな食事会も終わり、必死に宿題と向き合っていた私達に、帰ってきたお兄ちゃんが設定は時間が掛かるから早めに、と教えてくれたことでその場は一転してカオスになる。
息抜きに設定を終わらせ、宿題の続きをやろうとするも、早くやりたいとゴネる咲良をやる気にさせるのは骨が折れたよ。
まったく、言い出しっぺのくせに。