33. 普通のダンジョン
爽やかな朝のリビングに響く、パチパチとした音といい匂い。キッチンで師匠が何か揚げ物を作っているようだった。
「何作ってるの?」
「唐揚げだ。一つどうだ?」
こんがり揚がった唐揚げは、見た目だけでも美味しそう。
そして返事を聞くまでもなく、分かっていると言いたげに菜箸で摘ままれたそれを差し出され、一思いに一口で頬張る。
あぁ、私のブラックホールが唐揚げを飲み込んでいくぅ……、ってあっつ!?
「あっつ! はふっ、でもうまぁ」
「揚げたては美味いだろう」
うむ、絶品でした。
それにしても何故朝っぱらから唐揚げ? なんて思ってしまうけど、なんでもこの唐揚げは追加されたテーブルで行われている、モンスター達の宴会で肴となるものみたい。
バーベキューからの二次会が今も続いているそうで、既に先生とタツミが酔いつぶれて床に転がっているのが此処からでも確認できる。
先生は色々疲れてたんだろうけど、タツミはタツノに潰されんだろう。今もタツミの顔に輪切りのレモンを乗せて遊んでいるし。
「トヤマから伝言だ。あの素材をもっと採ってくるようにとな」
あの? あぁ、宇宙ステージで採掘してきた素材だね。
トヤマさんは私達がログアウトした後も色々調べてたのかな? 回復効果が大きく向上するみたいだし、どの位増えるか楽しみだ。
それは後でも良いだろうと、もう一つ頂戴と師匠に強請っていた時、サクラとヨーナがログインしてきた。
「おっ、唐揚げじゃん! 私にも一つくれよ」
「おはようございますわ。凄い有り様ですわね」
肉好きのヨーナは唐揚げに釘付けだけど、サクラは宴会に目がいってしまうみたい。
確かに凄い光景だよね。転がった二人の周りには空き瓶が多数転がっているし、テーブルに置かれた肴の数々も色とりどりで溢れそうだし。
まぁ、タツノが抱いているミニシープが爆発しないことを祈っているよ。
そう祈りながらも食欲は抑えきれず、皿に五つほど盛られた唐揚げをヨーナと取り合いながら食べていると、小癪なこやつは最後の一個を奪いながら普通のダンジョンへ行きたいと言い出した。
「普通って何だろうね」
「哲学ですわね」
ヨーナのように鬼畜なダンジョンはあるだろうけど、ここの運営に普通なものを期待していいのか疑問だよね。
しかし、サクラが言うにはちゃんとあるみたい。
「主に山にある洞窟や、草原に突如現れる塔ですわね。普通は、フィールドを歩き回ってそうしたものを見つけるのですわ」
「めんどくさそうだな」
「普通のダンジョン行きたいんじゃなかったの?」
言い出しっぺが面倒とは、怠惰の称号を取得したのは伊達じゃないよね。でもたまに活動的になるのは何なんだろう?
そんな気分の下がりがちのヨーナだけど、挑戦したい気持ちは本当らしく、トートミの街から東の方へと歩いていく事に。
ふむ、夜のお菓子が売ってたら買っとこうかな。
なんて思いながら街を散策してみたけど、売っていたのは鰻をプレスして作ったウナギ煎餅と言う新名物だった。
これって、大丈夫なの? なんとなく不安になって買わなかったけど、当てもなく塔を目指して歩いていると、なんとなく買っとけば良かったと後悔してくる不思議。
必要ないものでも、こう暇な道中では話の種にはなりそうだもんね。
「それで、突如現れるってどういうことだ?」
「街道以外の歩行距離と、モンスターの討伐数で変わるんじゃないかと、言われていますわ」
ふむふむ、草原のモンスターは基本的に襲ってこないから、狩りをしてると自然に歩行距離ものびていくって事かな?
とりあえずは念動力を使って、見える範囲のモンスターはサクサク倒しておこう。
「良いよな、何もしないでもモンスターが消えていくって」
「私がやってるからでしょ」
「ヨーナさんも斬撃を飛ばすくらいしたらどうですの?」
「おっ、それ良いかもな!」
サクラの言葉が琴線に触れたのか、早速魔法を組んだらしいヨーナが三日月状の斬撃を手当たり次第に放ち始めた。
それぞれ色が違うのは、属性を変えて試してるのかな?
「やっぱ、風が良いよな。竜巻とかも出してみようか」
「他のプレイヤーの迷惑にならないようにしてね」
「琵琶湖でやらかしていますものね」
「何で知ってんだよ!」
もう掲示板で有名なんだねって、本当にあの剣でやらかしたのか。
「アオイさんもですわよ」
サンドゴーレムの事は忘れたいよ。
後悔することを増やしながらも、一時間ほどモンスターを倒しながら歩いていると、目の前に円柱の塔が現れた。
見た目では窓などはないようで、入り口である扉だけの簡素なものだ。大きさは思ったよりも小さくて、五階建てのビル位かな?
「思ったよりも小さいな」
「だね、もっと天まで届くようなの想像してた」
「基本的に五階ですわね。ですが、中は広いですわよ」
中は広いのか。じゃあ、昼までにどこまで進めるかが問題かもね。途中でリタイアすることも考えつつ、中に入ってみると其処は迷路状になっている様だった。
なんでも、サクラが言うには壁には所々に扉があり、その先が部屋になっているらしい。
「定番のモンスターハウスか?」
「宝箱もあるそうですわ」
ほう、なんて言うか本当に普通のダンジョンって感じだね。これはお腹の空き具合も気をつけた方がいいかな?
そして噂をすると何とやら。
塔に入って直ぐの分かれ道は左へと決め、真っ直ぐ進んでいると通路の右側に部屋を見つけた。
このダンジョンでは千里眼の使用禁止を言い渡された為、思い切って突撃してみると、案の定其処はモンスターハウスでありました。
「角ウサギだけのモンスターハウスってのも、なかなか斬新な気がするな」
「それを言うなら私の側から離れてよ」
「良いじゃないですの。飛んで火にいる夏のウサギですわ」
そんな恐怖のモンスターハウスなんて関係ねぇと言わんばかりに、私の周りに展開された狐火が襲い掛かる角ウサギを自動的に倒してくれる。
角ウサギが消えていくのを眺める私と、私にくっつくようにして狐火に守られる二人。よし、ではこの作業をモンスターハウスインマイハウスと名付けようか。
しっかし、ここの角ウサギは途轍もないアクティブさだよね。まぁ、次々に突撃してくるお陰で倒すのが楽なんだけどさ。
「狐火って威力どれぐらいなんだろな」
「MPの最大量で変わるみたいだよ。具体的には分かんないけどね」
案外これで龍星も倒せたのかもしれないね。
使えば良かったなぁ、と若干新たな後悔が生まれそうになったけど、そう言えば魔法だけじゃ威力は期待できないんだよね。
何事もそう上手くはいかないかぁ。
それでも、このダンジョンでは猛威を振るう狐火のお陰で角ウサギも十分程で出なくなり、部屋の中を調べてみたところ特に何もなかったので先へ進むことに。
その後、階段を見つけるまでにいくつかの部屋があったものの、宝箱の部屋は一つだけで他は全て角ウサギのモンスターハウスだった。
「唯一の宝箱も中身はポーションか。フィナでも連れてくれば良かったな」
「強者には頼らない、と言ったのはヨーナさんですわよ」
これ私の【不運】の所為ではないよね? 効果が無い称号だし、違うと信じよう。
そう次は良いものが出ると信じて向かった二階では、一階とは違い通路でもモンスターが出るようになった。
ただ、ゴブリンなため相手にもならないけど。
またしても狐火に頼りながら進んでいくと、幾つかの扉があるのが確認できた。
でも、そう何度もモンスターハウスで時間を取られるのは面倒だという話になり、今は部屋を避けながら階段を目指して進んでいくことに。
うん、宝箱はフィナが居るときで良いよね。もしも本当に私の称号の所為だとしたら、ちょっと落ち込みそうだし。
「もっと強い奴出て欲しいよな」
「それだとヨーナ戦わないじゃん」
「私だってやる時はやるさ」
「ならあいつを倒して下さいまし」
噂をすれば何とやら第二弾です。
目の前にはこの先へ進む階段の守護をしているのか、一体のゴールデンゴーレムが鎮座している。
そして、そいつは私達の姿を確認したのか、回転しながら此方に向かってくるところだった。
ヨーナはオリハルコンの大剣を構えて回転を受け止め、動きの止まったゴールデンゴーレムに大剣を一振り。回転を止められたらゴールデンゴーレムはその拳を振るい応戦してきた。
そんな激しい大剣と拳のぶつかり合いも、大剣の攻撃力故か二、三分程で決着が付いた。
「オリハルコン製でも対応出来るのな」
「ミスリル製だったら、もう少し時間が掛かったと思いますわ」
これでヨーナも多少満足出来ただろうし、次は三階。通路に現れるコボルトを蹴散らしながら順調に進み、もう四階。
「階段前に居なかったな」
「偶数階で出るのかもしれませんわね」
「次はミスリルゴーレムかな?」
しかしながらその階段が見つからず、襲い来るウルフを倒しながら通路をさ迷うも一向に見つかる気配もない。
なので、仕方なくモンスターハウスも覚悟しながら部屋の中も探索していくことに。
角ウサギだらけのモンスターハウスには気が滅入るけど、一度だけゴールデンゴーレムだらけのモンスターハウスに遭遇したのは、いろんな意味で目を覆いたくなったよ。
「これは運が悪いの?」
「普通なら悪いんだろうな」
その数の多さに回転が捌ききれるか不安だったけど、お互いが邪魔な所為か、ぶつかり合って度々回転が止まるため、案外楽に切り抜けられた。
一番の不運は、階段が上がってきた一番近くの部屋にあったことだね。その恨みを、階段を守護するトロールにぶつけた私は悪くないと思う。
「ヨーナ、トロールの棍棒欲しい?」
「要らん」
「ミスノさんに預けておけば、何とかしてくれますわ」
何その無駄な信頼感。まぁ、武器の事だし何とかしてくれそうだけどね。
そしていよいよ最上階。
そこは今までの迷路状ではなく、だだっ広い室内だった。
その中央にはボスであろうか、首に綱の装飾のようなものを付けた一匹の子犬が、こちらを威嚇するように立っている。
狼の面影もあるその子犬の名は、しっぺい太郎。
「か、かわいいなぁ、もう! 二人とも、手出し無用だからね、私が丁重にお出迎えするからね!」
「はいはい」
「アオイさんも好きですわね」
呆れられながらも二人から了承を貰い、一歩前に出るとこちらに飛びかかってくるしっぺい太郎。
それを避けながらその背後を見るも、そこにはテイムポイントはないみたい。前面にもなかったと言うことは、きっと肉球にあるんだろう。
そう予想した私は攻撃を誘うように動きを止めて身構え、狙い通りに飛びかかってきたそのとき、スライディングでその攻撃を避けてさり気なく足の裏を確認する。
よし、左の後ろ足だ。
そのスライディングの勢いのまま地面に潜り、飛行魔法を使って地中を動き、しっぺい太郎の着地地点に先回り。
そして、着地のタイミングで石を押し当てテイム完了なのです。やった! ふふっ、名前はしーちゃんにしよう。
早速出してみたしーちゃんは、元気に私の周りを走り回り、尻尾にじゃれついたりと可愛らしい姿を見せてくれる。
「何時になく俊敏な動きだったな」
「アオイさん、ちゃんと他のモンスターも構ってあげますのよ?」
「分かってるよ! 早く帰って遊ぼ!」
草原でボール遊びなんかやりたいし、それに同じような種類であるウォーセと並んだらとても良さそうです。楽しみだ!