8. 肉の宝庫
翌朝、ログインすると運営からのお知らせメールがきていた。
内容は家への帰還機能で、メニュー内の項目から選択することで、何処にいても自由に家に帰れるようになったみたい。
どんどん便利になっていくなぁ、と感じながらリビングに降りると、其処では大きなテレビでゲームをしているサクラがいた。
てか、こんな大きなテレビ、私は設置した覚えがないんだけど?
「おはよー。テレビ……、って、あれ? なんも変わってないよ?」
私に任せてくれたのに勝手に配置しやがって、と文句でも言おうと思ったけど、それよりも大事なことを寸前で思い出した。
そうだよ、私はサクラの変化を期待していたんだよ。それなのに見た目の変化は一切感じられないって、どういうことなの?
しかし、私が分からなかっただけで、ちゃんと変わっているところはあったらしい。
にいっ、と歯を剥き出しにするサクラの口の中を見ていると、確かに変わっている部分があることに気がついた。
うん、犬歯が尖ってる。まるでコウモリみたいに尖ってる。
「吸血鬼になりましたわ」
「サクラはどこに行くつもりなの?」
エルフの癖に吸血鬼になるとは、一体なにを目指しているのだろうか。
何故そうなったのかを聞いてみると、何でも闇に紛れて敵を倒していれば、闇堕ちしてダークエルフになるんじゃないかと思ったらしい。
攻撃方法も闇に紛れるように土魔法での串刺しのみで、MPドレインの魔法を組んで回復しながらとことんやったのだとか。
そりゃ吸血鬼だ。間違いない。
得た称号はそのまんま【吸血鬼】と言うもので、効果はMP+5000と、夜になると強くなる。
吸血鬼にありがちな日の下での弱体化と言うのはないそうだけど、回復魔法は使えなくなったとか。
「おまけに、敵を倒すとMP全回復はありがたいですわ」
「へぇ、便利そう。あ、でもお嬢様風は続けるんだね。なんだか吸血鬼っぽくない気もするけど」
「甘いですわね。吸血鬼とは、高貴なものなんですの。私の設定にはぴったりですわ」
なる程、サクラと私では吸血鬼のイメージは違うらしい。余計なことをいうと痛い目をみそう。
そして、私とは違い余計なことをしなかったものの、ログインしてきたヨーナはサクラの話を聞いて爆笑。
でも、その所為で逆に口を滑らしてしまったのは私の方だった。
うん、どうせ笑い話になるのならと、うっかりパンツの話をしたら今度はサクラが爆笑したんだ。勿論、ヨーナには二人揃って殴られた。
「あ、そうですわ。良かったらサーポロの街に行きませんこと? 見たいものがありますの」
「面白いもんでもあんのか?」
「シャケベアーと言うモンスターが居りますの」
へぇ、なにが見たいかと思ったら熊なんだ。
何でも、無数に召喚する鮭から光弾やらビームやらを弾幕のごとく放ってくるモンスターだとか。
うん、確かにそれは見てみたい。
「それもう、別ゲーじゃね?」
「アオイさんがいれば楽にテイム出来そうですわ」
「えっ、倒す気ないの?」
私はてっきり、緊張感のある戦いをしたいのだと思ったのですが?
とは言っても観戦したら巻き添えを食らいそうだし、ここは大人しくサクラの言うとおりにテイムしようか。
私も熊を撫でてみたいしね。
と言うわけでドアを開ければ雪国、なんて言っても雪はまだ無いけどね。
家があると、こうして一度行ったことのある街へ直ぐに行けるのが便利なところ。
そして、サーポロの街から馬を走らせること北の方に三十分ほど。この辺の川沿いが、街から一番近い熊出没スポットらしい。
「おっ、居たな。鮭食ってるよ」
「近づいて攻撃を拝見致しましょうか。その後私共は逃げさせていただきますわ。アオイさん、あとはよしなに」
勝手なこと言っちゃってさ。まぁ、私もテイムしたいから良いんだけど。
そんな二人を従えながら近づいてみると、これはまたデフォルメされたような可愛らしい熊さん。
あぐあぐ鮭食べてるのがまた良いよ。と、若干ニヤケ面で眺めていたら、バッチリと合わさる私達の視線。
そして召喚される大量の鮭。
いやいや、数が半端ないんですけどっ!?
「アオイ、任せた!」
「ヨーナさん行きますわよ! 射程距離も舐めてはなりませんわ!」
急な事態に慌てて逃げる二人を横目に、シャケベアーの背後に素早く神速通を使い移動。
そして、熊越しに見える無数に放たれる色とりどりな光弾とビームにびびりながらも、さっくりテイム完了。
ふむ、名前は北海道らしくキボリがいいかな。
早速愛でる為に外に出してみると、円らな瞳を向けて召喚した鮭を差し出してきた。
親愛の証しかな? 可愛いなぁ。
「お疲れ様ですわ。なかなか鮮やかで美しい攻撃でしたわね」
「だな。てか、あんなのとどう戦えって言うんだろうな? あ、名前なんにしたんだ?」
「キボリ」
「土産物に土産貰ったのか」
戻ってきた二人に早速キボリ紹介すると、私が手に持つ鮭を見て放たれるヨーナの突っ込み。
いやいや、土産じゃないよ? 絶対に親愛の証しです。
そんな親愛の証しなのだし、鮮度なんて概念のなさそうなゲーム内だけど、やっぱり新鮮な内に食べたいよね。
二人もそれには同意してくれて、ログハウスに戻るとメニューからホットプレートを取り出して焼いて食べる。
勿論、ホットプレートを使うからにはちゃんちゃん焼きです。調理道具は色んな物があったけど、折角ホッカイ領に行ったのなら、これが良いもんね。
流石に他の材料は無かったから買ってきたけど。
「旨いなぁ。なあこれ、キボリに言えばいつでもくれるのか?」
「みたいだよ。さっき他のモンスターに配ってた」
「引っ越し祝いとは、賢い熊ですわね」
でもさ、馬や羊が魚を食べる光景はなかなか奇妙なものだったよ。
そして、食後には今後の計画をたてながらのババ抜き大会。
この勝敗が決定権に繋がる訳ではないけど、どうせやるなら負けられないね!
「で、今度は南か? なら今夜はバーベキューしようぜ。昨日ラム肉も手に入ったからジンギスカンも食いたいし」
へぇ、ワタシープのドロップはラム肉だったんだね。明らかに子羊のサイズじゃないのにラム肉ってなんだか不思議……、って、あれ? もしかしてホントにでかくなるの?
「その前に、試してみたいことがありますので付き合って貰えません? ……ところでアオイさん、顔にでていますわよ?」
くっ、また負けた。はぁ、三連敗は辛いなぁ。
そんな負けっぱなしの私に決定権はないらしく、サクラの試したいことは私にやって貰いたいことであるみたい。
それは、街への移動のことだった。
玄関を出て一度行った街へ行くには家屋メニューより、場所を選択する。そして今、この家に住んでるのは三人。
簡単に言うと、私が行ったことがある街なら、其処に行った事のない二人も玄関から行けるのではないか、と言うこと。
まあ、結果を言えば行けたのだけど。
「便利なタクシーだよな」
「あら、馬車ではなくて? こんな働きをしているんだもの」
ええ、確かに働きましたとも。休憩しながらも四十五領を回りましたとも。流石に領にある全ての街は大変すぎるから一街ずつだったけど、ホント馬車馬のようだね。
そんな訳でやってきたました、カゴシマ領のサッマの街。
此処で牛、豚、鶏を狩ります。……、おっと、テイムもします。
「ビミブルは楽だったな」
「私は怖かったんですけど!」
「囮には丁度よろしくてよ」
バーベキューの為の和気藹々とした食材集め、の筈なんだけど、ビミブルは赤に興奮する特性があったのか、赤い袴を身に着けた私は狙われ放題。
まるで闘牛士みたいだったよ。
前に伸びた太く立派な角が勢いよく迫ってくるのは恐怖しかないし、本当に神速通があって良かったと思う。
まぁ、それを生かして私に向かってくるのをヨーナが大剣で斬り伏せる、たったそれだけの簡単なお仕事だったんだけどね。
その内一頭は折角だからとテイム。名前はある存在を少しもじってミスノ太郎。
「あら、それではヨーナさんが危なにゃっ!?」
あーあ、サクラが地に伏せた。
私も意味を込めただけで口には出さないようにしたのに、そんな事言うから拳骨を食らうんだよ。
えっ? なになに、ヨーナさん。まったく、そんな目をしたって無理だよ? もう決めたから変えられにゃっ!?
たんこぶはないけど、あるつもりで頭をさすりながら食材集めを再開。
だけど、残りの二種が問題だった。
豚はトンオークと言って、オークとは名ばかりに見た目は二足歩行で歩く豚。
名前の由来は豚が歩くって事なのかな? これはヨーナに纏わりついて大変だったよ。
流石女騎士だよね。羨ましくはないけど。
そして、当初の目的の通り一頭テイム。名前はベイにしよう。ブタではないからね。
「懐いてくるのを斬るのって罪悪感あるな」
「全部テイムしてしまうのがよろしいんじゃなくて?」
「勘弁してくれよ」
纏わりつく二足歩行の豚を見てそう言えるのは、ヨーナが優しい証拠だと私は思う。
そして最後の一羽、鶏のモンスターはコカブロイラートリスと言う、ダンプカーくらいの大きさをした見た目巨大なブロイラー。
当たると石化するビームを目から出すのは厄介だけど、私は神速通、サクラは遠距離からの魔法で楽チンだった。
ただ、その手の対処が出来ないヨーナは、拡散されるビームに右往左往。
思わず笑っていたら殴られたのは、もうお約束になりそうな流れかも。
そして、例に漏れずこの子もテイム。名前はビッグにしようかな? だって小さくはないしね。
「そろそろヨーナも遠距離魔法組んだら?」
「やだね。折角のゲームだし、大剣振り回してぇもん」
「それもう、縛りプレイですわ」
そんなヨーナの拘りに私は突っ込むことはせず、テントを張りながらさらっと聞き流す。
肉はこれで四種類。これなら豪勢なバーベキューになりそうだね。
そろそろお昼だからログアウトするけど、午後からはサクラの要望でサクラ島を目指す事に。
なんでも、自分と同じ名前の所に行きたくなったんだそう。うん、なんとなくその気持ちは分かる気がするよ。
そして、ログインして向かったサクラ島へと続く渡し船の発着場。
そこはのんびり観光するとも言えないほど、多くの人で溢れかえっていた。
「凄い人だな」
「サクラ島はドラゴンスポットなのですわ。マグマに飛び込むだけで卵が貰えるそうで、今人気なんですの。この調子では、陸続きの方も駄目そうですわね」
「マグマに飛び込むって、簡単だけどハードル高いな」
「魔法が活躍ってことかな……、って、それならフジヤマでも潜れば良かったってこと?」
「あそこはある程度潜水すると攻撃されるそうですわ。マナー違反ですもの」
いやいや、なら何故泳ぎは許されたのか。
「やはり、海を渡る手段は欲しいですわね」
「心当たりあるのか?」
「一番はドラゴンを孵す事ですわね。あとは海に入ることが前提でしょうし……アザラシはありなのかしら?」
「アザラシ!? 行こう、すぐ行こう! かわいこちゃんをゲットしよう!」
アザラシなんて、最高じゃないの!
出来れば白い子がほしいなぁ。あ、でも家に水辺とかがないと可哀想かな?
とりあえずログハウスに戻ったものの、掘るのはなぁ、と悩んだあげく、スールガの冒険者ギルドに何か良い案はないかと聞きに行けば、追加料金で拡張する事が出来るそう。
それならば迷わず拡張だよね。
早速お願いして、一万五千坪の水場を追加して貰う。水深も深くしてもらったから、湖と呼んでも良いのかもしれない。
基準は確か深さだったと思ったし、呼んでも支障はないはずだよね?
あとは、モンスターの為に草原のログハウスに近い場所に広めの屋根だけの建物を建ててもらった。
よく考えたら野ざらしじゃ可哀想だもんね。駄目なご主人様でごめんよ、みんな。
「でも、アザラシがでるのは襟裳岬の方ですわよ。移動だけで四時間位は掛かるかもしれませんわ」
「うげっ。四時間も馬に乗りっぱなしは嫌だぜ。馬車とか買った方が良いんじゃないか?」
あぁ、残念。どうやら準備不足で直ぐには行けないみたい。待っててね、アザラシちゃん!