アンリミテッドスピード(その7)
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4月1日午後1時24分、2.4キロ付近で何かの異変に気付いたのは大和アスナだった。
使用しているガジェットがアガートラームではない都合上、違法チート等をキャッチするのは難しいが、運営がデータ提供をしている範囲であればキャッチ可能である。
「そう言う事か――」
黄金のガジェット使いはチートではなく、試作型ガジェットを扱えなかったという理由だったが、他のメンバーにはチート疑惑もあった。
しかし、実際には転倒やガジェットの動作エラーなどでリタイヤになっていたのである。これは、どういう事なのか?
【モブがリタイヤという筋書きか?】
【本来であれば、黄金のガジェット使いが1位になるような展開の可能性もある】
【実際はどうなのか――】
【しかし、モブと言ってもレベル的には実力者と言ってもいい。それが意図的なリタイヤというのもあり得ない話だ】
【一体、このレースには何が仕掛けられているのか】
つぶやきサイト上では、今回のレースに仕込みがあると考えているユーザーが多いようだ。しかし、本当に仕込みがあったとすれば――残る顔触れも何かがおかしいと。
その筆頭候補は黄金のガジェット使いだ。彼がトップでゴールすれば、使用したガジェットのスポンサーにとっては宣伝となるのは間違いない。
しかし、実際には途中でリタイヤとなったのである。それなのに――。
「周囲のギャラリーも黄金のガジェット使いがリタイヤしたのに、反応は非常に薄い。仮に八百長を仕組んでいたものであれば、別勢力が妨害をしてもおかしくは――?」
大和は異様な光景を目撃し、少し動揺していた。それは、一部の黒服と他の観客によるトラブルだが――。
そのトラブルの内容は、少し前に発生した黒服のARゲームプレイヤーによる乱入である。
これに関して観客がレースの妨害を指摘した所、逆ギレをしたというのが事の顛末らしい。
周囲の観客は特に介入するような気配はなく、下手にトラブルを拡散すれば超有名アイドルがコンテンツ炎上に悪用し、超有名アイドルの神コンテンツ化に貢献してしまうと思っているようだ。
その判断は正論と言う訳ではないが、後に予想外の人物が介入し、事態は思わぬ方向に鎮静化する事に――。
結局、大和が足を止めることはなく、そのまま先へ進む。ホバー移動で進んでいるのだが、このホバーも速度はあまり速くない。
厳密には時速40キロ制限と道路に書かれている為、それに従っている格好だ。走る分には交通ルールを守らなくても――という感覚はARパルクールには厳禁なのだ。
「ARゲームで野球賭博まがいの事をするとは――コンテンツを何だと思っているのか」
大和も連中のやっている事に関しては悪質な物であり、それこそジャパニーズマフィアに取って代わっている超有名アイドルファンに資金を提供するような物である。
厳密には、超有名アイドルファンがジャパニーズマフィアと同じような行為に走っているのが正しい表現――と言うには不適切だろう。
一握りの莫大な利益を得ているまとめサイト管理人を兼ねたアイドルファンが、更なる利益を得て超有名アイドルに貢ぐ為に――。
そう言った記述も一部勢力が超有名アイドルを炎上させ、自分達のコンテンツが取って代わるように仕向けている――と思うネットユーザーは少なくない。
超有名アイドルファンや超有名アイドル商法、転売屋等の絶対悪を設定し、彼らをコンテンツ業界から追放する事――それがアカシックレコードの記述を編集する管理人の意図かもしれない。
午後1時25分、3キロのゴール地点に姿を見せた最初の1人――それは蒼空ナズナだった。
しかし、彼はゴールをしなかった。厳密に言えば、寸前でガジェットが機能を停止してしまったのである。
「このタイミングで――」
蒼空は悔しがる。それでも、彼は歩みを止めずに前進を続けた。幸いにも後に続くプレイヤーは姿を見せていない。
このガジェット機能停止に関しては、蒼空のガジェット酷使等による物ではなく、別の意図があった事が後に判明する。
同刻、阿賀野菜月は突如として現れた黒服に囲まれていたのである。
彼女はアカシックレコードのフルアクセスが影響したオーバーヒートで足止めを食らい、それが解除された午後1時24分にはコンビニを後にしていた。
「夢小説勢の残党が、このタイミングで?」
阿賀野は彼らの装備に見覚えがあった。それは、佐倉提督が孔明を名乗っていた頃に所属していた勢力のガジェット装備に酷似していた。
しかし、装備のみを偽装して別勢力を名乗った【にわか勢力】というのは、超有名アイドルファンやまとめサイト勢の常套手段であり、対策は運営としても万全であるはず――。
「結局、万全と思っていてもわずかな慢心が一部の悪目立ち勢力を――」
阿賀野も抵抗しようとしたが、武装はほぼ使用不能状態、それに加えてシティフィールドでは特定エリア以外のバトルは禁止である。
これを何とかするにしても、アカシックレコードのフルアクセスで振り切るしかない――そう思っていた矢先、想定外の展開が起こった。
《このエリアは半径200メートルの範囲でバトルエリアに指定されました。チート兵器や殺傷能力を持つARガジェット以外の使用が可能となります》
唐突に阿賀野のARガジェットにメッセージが表示され、他の黒服等のガジェットやメットにも表示されていた。
それを見た阿賀野はARガジェットに武器データを入力、ARウェポンのパイルバンカーを呼び出す。これに関しては違法ガジェットではなく、サバイバーでも使用可能な物である。
「何処の誰かは知らないけれど――感謝するわ!」
転送されたパイルバンカーは、大型の物ではなく腕に装着可能なサイズにコンパクト化されたARウェポンだった。
そのパイルバンカーは阿賀野のARアーマーの右腕にそのまま装着され、装着直後には20発のパイルカートリッジも転送――即座に黒服の勢力を含めた乱入者を全て撃破する。
阿賀野が周囲のにわか勢力を駆逐したのは、わずか30秒にも満たない時間である。彼女としても下手に時間を消費したくない感情があっての――速攻だったのは間違いない。
「所詮、超有名アイドルファンが絡む物は全てかませ犬にも劣る――時間の無駄と言うべきか」
阿賀野は超有名アイドル勢力の足止め――と言うよりもまとめサイト用の記事に使うと思われる動画用のフラッシュモブ――をかませ犬以下と断言し、先を急いだ。
一方、同タイミングで大和アスナの前にも同じような勢力が足止めに姿を見せた。
「大和杏! 貴様に批判された超有名アイドルの力、その身で――」
アスナを大和杏と勘違いした揚句、アスナを一番例えてはいけない勢力に例えた事――それが、彼にとって地雷を踏んだと言ってもいい。
その後、彼はアスナの一撃を受け、速攻で退場する事となる。こちらも足止め以下の存在であり、その目的は阿賀野と全く同じだろう。
午後1時26分、ゴール直前で停止した蒼空を救ったのは、予想外の人物だった。それは、オレンジ色のランニングガジェットで姿を見せた花江提督である。
『このような手段でレースに水を差すような事をするとは――さしずめ、黄金のガジェット使いがゴール目前でリタイヤし、それを感動ドキュメントとして24時間特番で放送し、感動エピソードとして売り出すのだろう』
花江提督は、淡々と今回の妨害に関してのトリックを見破った上で、それを行っていた作業スタッフに化けたテレビ局スタッフを確保していた。
『他のコンテンツを意図的に書き換え、視聴率の取りやすいストーリーに改ざんする事も平然と行う――これが、マスコミやメディアのやる事だったのか』
この後、蒼空のガジェットは再起動し、見事に1位を獲得したのである。今回のレースに関しては、超有名アイドル勢力等のコンテンツ買収と言った側面も現れた為、レースの結果を取り消す事も視野に入っていたと言う。
しかし、それでも全力で戦ったランカー等の努力が水の泡になる事は避けなくてはいけない――というパルクール・サバイバーの運営側の提案などもあり、レース結果の取り消しは行わない事にした。
本来であれば、レースとしては不成立となってもおかしくはないのだが――。
これによってネットで炎上し、超有名アイドルのARゲーム事業買収、海外進出、全メディアの超有名アイドル出演を必須とする法案等――。
それこそ、超有名アイドルの神コンテンツ化を加速させるような事はあってはいけない。
そうした動きや情勢を踏まえ、シティフィールド側もレースの不成立は行わない決断をした。
これに対して反対意見は当然存在した。しかし、それらも超有名アイドルの評判上昇に悪用される――そう遊戯都市奏歌側は思っていたに違いない。