アンリミテッドスピード(その6)
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4月1日午後1時18分、草加市内の1キロ地点エリアに姿を見せた黄金のガジェットは、そのまま2キロ地点へと向かおうとマップを表示、誘導通りに進もうと考えていた。
「同じ歴史は――!」
彼が後ろを振り向くと、そこには何と阿賀野菜月の姿があった。信じられないような展開である。あのARガジェットのスピードに追いつけるはずはないのに。
それでも、阿賀野が背後に近付いてくる。それに関して、彼は過去に同じような恐怖を感じた事を思い出す。その時は同じグループのメンバーが――と言う事だが。
『そんな馬鹿な事が――このガジェットは、市場に流通している新型よりも性能が高いはず!』
彼は芸能事務所から最新型として渡されたガジェットを使用し、それでレースに1位を取れば自分の所属しているアイドルグループでもトップに――そう考えていたのだ。
しかし、世の中はそんなに甘くない。いくら最新型でも、それを使いこなせるほどの技術力がなければ、ARガジェットは単純にただの箱となる。
「他人の名声にタダ乗りし、自分がデビュー出来れば、その後は炎上したとしても切り捨てる――まるで、有名タレントを起用して炎上する漫画原作の実写映画を思わせるようなやり方ね」
阿賀野の一言が彼の耳に届く事はなかった。結局、黄金のガジェットはカーブポイントを曲がることなく、そのままコースアウトで失格となる。
それを見た阿賀野は、呆れて物も言えなくなるような表情で黄金のガジェット使いの方向を見たが、彼の正体を知った所で1円の得もないと考え、そのままスルーした。
この状況をスクープしようと動くと言えば、どうせ超有名アイドルの芸能事務所が買収したまとめサイトの管理人やマスコミ等、ARゲームの関係者総入れ替えを考え、最終的には気分の意見を取り入れそうな人員を――。
「全ての漫画原作を実写化し、それを超有名アイドルが主演――今の芸能事務所はコンテンツが炎上したら使い捨て、自分達のアイドルをデビューさせる為の宣伝手段にしか思っていないのか――まるで、賢者の石のように」
最終的には、全てのコンテンツを超有名アイドルが主演――と言ったような事をするつもりだろう。それこそ、アカシックレコードで懸念されている賢者の石商法である。
午後1時20分、2キロ地点を超高速で通過した人物がいた。それがアカシックレコードのフルアクセスを使用している阿賀野と――。
「アカシックレコードのフルアクセス――スペックノートは知っていたが、それを使える人物がいるとは」
現在4位と言う順位の大和アスナが2キロ地点を通過している。
更に、その2分後には蒼空ナズナも到達するのだが――。
「順位がおかしなことになっている――?」
蒼空はバイザーに表示されている中間順位を見て、何かの違和感を持った。それは、黄金のガジェット使いがリタイヤになった事も関係しているのだが――。
何と、それから別のプレイヤーもクラッシュによってリタイヤし、残り6人となっていたのである。故障でなければ、あと5人のはずだが。
「さっきのプレイヤーは、ダミープレイヤーだったのか?」
蒼空が懸念しているダミープレイヤーとは、レースゲームで言うCPUの操作するプレイヤーである。
しかし、ダミープレイヤーはソロプレイが想定されるARゲーム以外ではプレイヤーの水増しを懸念し、禁止されているはず。
この行為が禁止されているのは遊戯都市奏歌に限った話ではなく、全般的に禁止された――のだが、情報伝達が遅れているのだろうか?
午後1時23分、2.5キロを走った所で阿賀野は足を止めていた。その理由は、ただ一つである。
彼女がARガジェットのユニットをパージした状態でコンビニに入った段階で、周囲は何が起こったのかを察していた。
「トイレか?」
「さすがにトイレはないだろう。マラソンでもトイレの為に足を止めた選手がいるらしい話がある以上、絶対はないが」
「コンビニで水分補給じゃないのか?」
「昼食かもしれない」
「レース中に食事って――カーレースじゃあるまいし」
周囲のギャラリーもコンビニに入った阿賀野を見て、そんな話をしていた。しかし、パージしたガジェットからは蒸気が放出されている為――。
「あれはシステムのオーバーヒートという可能性が高い」
「オーバーヒートって、ガソリンの様なエンジンを使っていないのに?」
「ARガジェットは、バックパックがパソコンと太陽光発電システムを背負っているという例えがあるじゃろ?」
「どちらかがオーバーヒートで使えなくなったと?」
「完全大破の類だったら、修理になるだろうが――メンテ作業員がいない以上は、故障ではないと思う」
パージしたガジェット、それは一種のオーバーヒートだという見解だった。これがアカシックレコードのフルアクセスを行った代償だろうか?
同刻、2.5キロ地点に近づくプレイヤーがいた。それは、蒼空だったのだが――。
「これ以上、我々の――」
「お前が1着になると、我々にとっても不利益なのだ」
何かを叫ぶ黒服のプレイヤーが乱入しようとしていた。しかし、それは観客の事故防止用フィールドに妨害される事になる。
蒼空は何を叫んでいるのか把握していなかったが、ネット上で野球賭博等が問題視され、関係者が次々と魔女狩りのように逮捕されていくというネタ記事をアカシックレコードで見た事があった。
おそらく、ARゲーム賭博を違法に行っている勢力が、自分を襲撃しようと考えていたのだろう。
そして、違法に得た資金で超有名アイドルのCDを投資目的に大量購入し、『わしが育てた』的な優越感に浸りたい――。
そうした勢力が本来は手を出すべきでない外部ツールや違法ギャンブルに手を出した結果として、超有名アイドルが海外では規制対象とするべきと言う意見が出るのだろう。
同刻、ネット上でも様々な動きが見られるようになった。遊戯都市奏歌では特殊なフィルターの影響で閲覧できないニュースもあるが、草加市を移動するとすぐにニュースがチェック出来る。
それが意味するのは、遊戯都市奏歌及び草加市では炎上案件として該当のニュースを規制している証拠とも言える。
しかし、それを訴えるような動きは全くない。それをやってしまうと、芸能事務所側も不利になると分かっているからだ。
下手に政府やまとめサイトの管理人と繋がっている所をスクープされれば、海外のニュースサイト等も黙っていない。
【違法なギャンブル、マッチポンプと化したCDランキング――こうした現実が出てくる中で、どうして日本は超有名アイドルをゴリ押しするのか?】
【噂によると、ジャパニーズマフィアは超有名アイドルファンに完全駆逐され、絶滅したという噂も――】
【つまり、今の日本は超有名アイドルファンが支配しているという事か】
【わずか10万人にも満たないようなファンしかいないアイドルを、5000万人以上に愛されているとねつ造した事実を広めていたのか】
【聞いた事がある。アカシックレコードには、超有名アイドル商法は賢者の石とも言うべき禁忌の存在だと――】
海外のつぶやきを見ると、超有名アイドルに否定的な意見が多い。こうした意見が日本人の意見として発信され、超有名アイドル上げに悪用される。
そして、その他のコンテンツを炎上させるネタにも利用され、最終的には――。