アンリミテッドスピード(その5)
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4月1日午後1時17分、レースの方はスタートし、各メンバーが一斉に直線ルートを取る展開となった。
「フライングもあり得ると思ったが――」
先頭グループにいる黄金のガジェットと他のメンバーを様子見しているのは、大和アスナである。
彼女は順位としては4位に位置しており、下位グループにいる訳でもない。
大和の背後にはランカー2名、阿賀野菜月、蒼空ナズナがいるのだが、距離としては50メートルは引き離されている印象だ。
「阿賀野が背後にいるのは妖しいと思うが――向こうは、どうしたのか」
大和が心配していたのは、蒼空が大きく出遅れたこと。フライングを意識していた訳ではないのだが、スタートに関しては出遅れたような気配が見て取れた。
「フライングを意識して出遅れるのは、ARパルクールのプレイヤーの誰もが通る道だ」
しかし、今の大和にとっては先頭グループの動きが逆に気になっていた。距離メーターが500メートルを超えた段階で、3方向に分かれたからである。
ルート取りに関してはシティフィールドでは重要なポイントでもあり、これをミスした場合はタイムロスをしてしまう。
建造物や一般車両等の破壊、通行人やギャラリーを対しての暴力行為、バトル許可エリア以外での相手プレイヤーとのバトル、対象エリア外へのコースアウトは失格となる。
それを把握している以上、向こうも強引なコース取りはしないだろう。下手に大事故を起こしたら、それこそ――。
先頭グループの黄金のガジェットは、順調なコース取りをしていた。ただし、そのコース取りは本来であれば禁止されている手段を用いている。
「あのドローンは、まさか?」
阿賀野は空中に浮かんでいる中継ドローンの存在に気付いた。このドローンはレースの空撮を可能にする為に開発されたもので、飛行許可の取れているコースのみを巡回する物である。
このドローンが巡回するパターンを読みとれば、最短ルートを探る事も可能だろう。これに関しては特に反則と判定される対象ではない。
しかし、阿賀野が懸念しているのは別の事である。それは、ドローンに取り付けられている物にあった。
「仮に想定している物だったら、確実に――」
阿賀野は決定的な証拠が出てくるまでは様子を見る事にした。逆に通報をすれば別勢力にネット炎上のきっかけを与えるだけと言う可能性も否定できない。
スタートで失敗し、最下位になっていた蒼空はガジェットのチェックを行っていた。ガジェット不調でスタートが出遅れた場合、何処かでピットインをする可能性も――。
「何処も故障はしていない――?」
バイザーに表示されているパラメーター等を確認しても、異常を示すようなデータは表示されていない。一体、何が起きたと言うのか?
最下位とは言いつつも、現状ではレースも序盤である為に逆転のチャンスは残っている。
しかし、出だしが良くても終盤で慢心をした結果として玉砕するのはARパルクールでは日常茶飯事だ。
トップを維持する黄金のガジェット使い、そのガジェットはカラーリングがゴールドなだけでなく、性能もかなりの物である。
その能力は違法なチートではなく、全てが最新型のパーツを使用したワンオフのガジェットである。
これだけのパーツを揃えるのには最低でも10万以上はかかるだろう。その状況を例えるならば、プレイヤーがレベル1でも、ガジェットのレベルは20は超えているのと同義。
「あのガジェット、最新型か?」
大和アスナの背後にいたプレイヤーが驚きの声をあげる。先頭グループの映像を見る限りでは――その能力は常識を超えている。
下手をすれば、最新型ではなく――市場に出回っていない試作型を使っている可能性も否定できない。
「ここまで最新型のパーツを揃えてくるとは――廃課金か?」
もう一方のプレイヤーも、最低限の資金だけで揃えたガジェットで戦っているのだが、これでは蟻と象の喧嘩である。
無理ゲーと言って試合を投げる可能性もあるのだが、それは素人考えである事は――今までのARゲームで起きた奇跡が実証していた。
奇跡と言うよりは、身の丈を超えた力でレースを制し、それを自分の宣伝に利用、最終的には利用したコンテンツは黒歴史として、アイドルデビューを考えるだろう。
それは、過去に特撮ヒーローでデビューしたが、それを黒歴史としている俳優等を彷彿とさせる。
黄金のガジェット使いに覚えがあったのは、自分の前を走っていた2名を抜いて5位に浮上した阿賀野である。
過去にパルクール・サバイバーでも黄金のガジェット使いが話題になった。それだけでなく、あれだけの最新鋭装備を揃えられるのは――ごく一部だけだと。
「悪夢を見ているような――あの時と同じ事を、繰り返させはしない!」
突如として阿賀野のARアーマーが発光、その様子は抜かれた2名のプレイヤーと最下位の蒼空にとっては衝撃の展開でもある。
「あの光は――あの時の?」
蒼空は、その光を一度見た事があった。その光を扱う人物の名前は、蒼空かなで――過去にパルクール・サバイバーでトップランカーと呼ばれていた人物でもある。
彼が使用したのはアカシックレコードのフルアクセスと呼ばれる物らしい。ネット上のまとめサイトでもフルアクセスの詳細を説明した物は存在しない。
そうした事情はある為、その情報のほとんどはARガジェットのスペックノートに依存しているという。
「まさか、彼女は本当に――」
この時、蒼空は自分の前を走っていた人物が、あの時にも走っていた阿賀野だと言う事を思い出したのだ。
「サバイバーのトップランカーと同じレースに――」
腕の震えが止まらなかった。これだけのネームドプレイヤーがいる以上、自分も負けていられない、と。