榛名対ビスマルク(その6.5)
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4月1日午前11時58分、レースの順位は榛名・ヴァルキリーがトップ、それを追いかけるのがビスマルクと言う構図で確定になりつつあった。
それもそのはず、榛名の背後を走っていたプレイヤーは、ガジェットのトラブルでピットインせざるを得ない状況に追い込まれたからである。
「なんてことだ――」
ピットインしていた男性プレイヤーが悔しがる。このままでは順位を落とすだけと言う状況に追い込まれているからだろう。
しかし、そんな男性プレイヤーの目の前に姿を見せたのは予想だにしない人物だった。
「どうしてこうなったとは――こちらが言いたい台詞だ。炎上ブログ管理人――違うな、この場合はアイドル投資家の有名所と言うべきか」
提督服も若干敗れた個所があり、その破れた個所からはサバイバルゲーム用の防弾スーツが見えている。
ここまでのダメージを受けた状態でありながら、北条提督は彼の前に姿を見せたのだ。
ARメットは戦闘時に大破した関係で装備しておらず、右目の眼帯がAR映像を見る為のARバイザーの代用品である。
「北条提督――お前は八郎丸提督の指示を受けていたのではないのか?」
「その通りだ。誘導作戦の段階まで――の話だが」
「あの誘導作戦ではサバイバーの提督やまとめサイトに反発する勢力等を集め、超有名アイドル以外のコンテンツを禁止する法案を加速させるはずだった」
「その辺りを含めて、既に週刊誌が報道済だ」
北条提督が見せたタブレット端末、そこにはアイドル芸能事務所があるソーシャルゲームを言論誘導や風評被害、偽のつぶやきをまとめたアフィリエイト系サイトで炎上させたという趣旨の内容が書かれている。
もちろん、週刊誌報道やワイドショーを簡単に信じると言われると、遊戯都市奏歌の場合はNOである。
そうした情報は基本的に本来伝えるべき内容とは全く別の情報にすり替えられており、それこそ超有名アイドルの芸能事務所と炎上サイト管理人が仕掛けた罠と分かっているからだ。
これが被害妄想なのかを判別する手段はない。つぶやきサイト上でも、これらの発言を右翼や左翼という単語、過激派などでひとまとめしようと言う事は行っていない事からも、単純な話ではないのは分かる。
しかし、これらの週刊誌が遊戯都市奏歌で購入できない事は、その裏付けにはなっている――かもしれない。
「その週刊誌は――遊戯都市奏歌には出回っていないはず。どうやって入手した?」
「これは表紙のコピーにすぎない。誘導作戦の時、エクスシアに教えられたのだ」
それは、今から時間をさかのぼる事――。
午前11時36分、あるアンテナショップ周辺で展開されたARサバイバルゲーム、これは北条提督を初めとしたメンバーが仕掛けた作戦でもあった。
しかし、本来おびき寄せるはずの勢力とは違う勢力をおびき寄せる結果となり、作戦は失敗となった。
『やっぱり――この連中は何かを狙っている』
フルアーマー状態のエクスシアは相手の行動パターンを読み、ピンポイントにソードビットを展開、即座に乱入してくるプレイヤーを撃破していく。
『それに、遊戯都市で大きな事件が起こるのは――これで確定したと言えるかもしれない』
エクスシアの懸念、それはアカシックレコードの記述変化とも関係する出来事である。
「貴様――何を知っている?」
北条提督がサブマシンガンで応戦するが、それさえもエクスシアにとっては全く効果がない。一体、どういう事なのか?
『超有名アイドルがARゲームのオフィシャルでイメージガールとなり、裁判沙汰を回避して無血開城するかのように――』
「そんな事――ネット炎上勢の戯言だろう!」
『超有名アイドルの芸能事務所が、賢者の石とも言えるような禁忌に手を染めてまで――唯一神コンテンツとなろうとしている意味、分からないの!』
「コンテンツ産業が競争激化により、戦国時代となっているのは知っている! 強者がいれば弱者もいるのは自然の摂理!」
『超有名アイドルと言う強者だけが存在を許されるコンテンツディストピア――それをまとめサイトと手を組んでいる芸能事務所ガイルと知っても、同じ事を言える?』
「コンテンツ弱者の戯言など――!」
お互いに会話が成立しない。まるで会話のドッヂボールだ。
しかも、お互いにチートを使っていない状況であり、そのバトルが強制停止される事はない。
『お前達は一体、何がしたい? 悪目立ち勢力の様に自分の名前を売り出すつもりか? それとも――』
「黙れ! エクスシア!」
『そこまで分かっていて、どうして分かろうとしない!』
「貴様の様などちらにも所属しないような勢力――夢小説で旬ジャンルが入れ替わる度に、書く題材を変えていくような――」
北条提督は他にも言いたいような事があったのだが、それよりも速くエクスシアのソードビットが北条提督のARバイザーに直撃、バイザーの映像表示部分が大破する。
映像表示部分の大破により、システムエラーを起こした結果、この勝負はノーコンテスト――不成立となった。
午前11時38分、北条提督は大破したARバイザーを脱ぎ捨て、眼帯型のARシステムを右目に装着する。
「エクスシア、お前は何がしたいのだ? 榛名の様に革命を起こす訳でもなく、ビスマルクの様にコンテンツ正常化を考えている訳でもなく――」
しかし、エクスシアが答えるようなことはない。エクスシアの方もARガジェットが損傷しているが、こちらの方は瞬時に修復された。
厳密にはバトルの不成立により、蓄積ダメージ等も無効になったのみだが。
「お前が保護観察処分を受けている事は知っている。だからこそ――」
北条提督はハンドガン型のArウェポンを向けるのだが、映像の表示が不鮮明の為、発射は出来ないだろう。
『そこまで知っていると言う事は、私が超有名アイドルやアイドル投資家――芸能事務所が強行しようと言う計画も――』
「芸能事務所が絡んでいるのは初耳だ。ネット上では政治家が絡んでいる事が言われているが」
『それはまとめサイトがばら撒いている偽情報だ。それに踊らされるようなまとめサイト強化人間には――都合のいいえさかもしれない』
「お前がまとめサイトを憎む理由は何だ? 単純に超有名アイドル商法の影にはまとめサイトあり――を体現している訳ではないように見えるが」
しかし、真相を聞き出そうとしてもエクスシアが口にする事はない。不用意な発言がネット炎上を招くのは知っている。
『私はまとめサイトのやっている事が正義とは考えたくもない。あの勢力は――自分達が儲かれば、他の状況はどうでもいい――吐き気を催す邪悪と言ってもいい』
「そこまで言う以上は、まとめサイト勢力を物理的に掌握するのか?」
『ARガジェットで物理制圧を行えば、それは海外にARガジェットの危険性を広める事になり、超有名アイドル以外のコンテンツを広める手段を失うと言う事』
そして、エクスシアはタブレット端末を取り出し、ある雑誌の表紙を見せた。
「その表紙は――!?」
北条提督が驚くのも無理はない。その表紙は、遊戯都市奏歌で販売が制限されている系統の女性週刊誌だったからだ。
午前11時59分、アキバガーディアンがピットに駆けつけた頃にはアイドル投資家のプレイヤー以外はいなかった。
この場には北条提督と言う人物はいなかった――と言う位に、彼はステルスシステムを駆使して接近をしていたのである。
「一体、どういう事だ――」
ガーディアンの一人は、周囲を調査したのだが――北条提督の足取りを探る事は出来なかったと言う。