榛名対ビスマルク(その6.2)
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4月1日午前11時53分、黒服提督と榛名・ヴァルキリーの戦いから10分はたったと体感的に感じられる程の流れだったが、実際は2分しか経過していない。
『後の事はアキバガーディアンやサバイバー運営に一任してある』
榛名はビスマルクの方を振り向き、レースに復帰するように呼び掛ける。その一方でビスマルクは目の前で起きた事に対し、事情が呑み込めないでいる。
あまりにもあっけなさすぎた決着、榛名の新ガジェット、それに本来であればシティフィールドではルール違反となるはずのARウェポンの使用――聞きたい事が多くあった。
「榛名・ヴァルキリー! あなたは――ARゲームの炎上を楽しんでいるの?」
ビスマルクもその場の勢いとはいえ、言うべきではない単語を叫んでしまった。
『アカシックレコード、それに触れた者は時に孤独となる事もある――自分の発言がARゲームを炎上させるのではないか、と考えるのは当然の思考だ』
「それなら、どうして寸前で炎上すると分かっていて『革命を起こす』と発言したの?」
『資格を持つ者が発言する事で、その言葉は重要な意味を持つ。資格を持たない人物がつぶやきサイト等でつぶやいても、タダ乗り勢力に悪用されるだけだ』
「力を持つ人物とは? まさか、それは自分だけとでも――?」
『ならばビスマルク、貴様に問う! お前が定義する資格とは何だ? 超人か? 超能力者か? それとも芸能人か?』
榛名はビスマルクと話を続けても禅問答になると判断し、資格を持つ者に関しての定義を問いかける。
数秒の沈黙ののち、ビスマルクは答えるが――。
「超人や超能力者なんてフィクションの世界の住人でしょ? それに――芸能人なんて言ったら、それこそ一握りになる。榛名、貴女は資格があると言うの?」
『その定義で当てはめると、自分は全く該当しなくなる。もっと違う言い方があるはずだ。実況者、歌い手、踊り手、音ゲーマー――っと、これ以上はまとめサイトや個人のアフィリエイトサイトに利用されるか』
しかし、ビスマルクの定義は間違っていた。そして、榛名がヒントと思わしき物を言うが、途中で言葉を濁してレースに復帰する事にした。
榛名が去ってから30秒ほど経過した辺り、ビスマルクは足を止めていた。その隙をついて下位グループの一部がビスマルクを追い抜いて行く。
このメンバーに関してはスコアとしてもビスマルクより大幅に下だが、最後まで完走しようと走り続ける気力があった。
それに対し、ビスマルクは走る気力を失い、まるで案山子になったかのように立ちつくしている。
「一体、自分は何を間違えていたのか――」
ビスマルクは今までのやってきた事に対し、何を間違っていたのか苦悩する。
「超有名アイドル商法こそが絶対悪――コンテンツ流通を正常化させるためには、これしかないはずだったのに」
超有名アイドル商法が絶対悪なのは、ネット上でも周知の事実であり、アカシックレコードにも記されている。それに関しては揺るぎない。
しかし、超有名アイドル自体は悪ではなく、あくまでも芸能事務所の方針や一部の権利屋、アイドル投資家、それを利用してビジネスチャンスにつなげようとするまとめサイト管理人――そうした勢力こそが悪と言及するサイトもある。
本当にアカシックレコードは真実を記しているのか――それも疑問に残るまま、ビスマルクはアカシックレコードの記述を信じていた。
むしろ、信者レベルと言われる位には信じていたと言ってもいい。
「アカシックレコードだけが全てではない! 情報ソースがひとつだけとは限らない――こだわり過ぎた結果が、まとめサイト信者とも言える強化人間を生み出した」
ビスマルクをギャラリーサイドから見ていた人物、それは私服に着替えたと思われる阿賀野菜月だった。
「強化人間――まとめサイトを唯一のソーづと信じ、それ以外を弾圧、更には炎上させる勢力――」
「その通り。まとめサイト管理人を増やしていき、ネット炎上をメシウマとしてアフィリエイト利益を稼ぐ連中――それこそが、アカシックレコードに記された強化人間の正体だ」
阿賀野は過去にアカシックレコードを信じていた時期もあった。しかし、今ではアカシックレコードを全面的に信用せず、更なるソースを求めてネットサーフィンするようになる。
そして、ネット炎上の様子をメシウマとして楽しむまとめサイト管理人やアフィリエイトを稼ぐ連中、それをお手軽のバイトとして拡散させていく連中――そうした勢力が超有名アイドルの唯一神計画を加速させたと言ってもいい。
そのような人間を生み出した責任――それは過去の人間にもあるかもしれないのだが、阿賀野にも皆無という訳ではなかった。
「ビスマルク――言いたい事は分かる。しかし、今は足を止める時ではない! 走れ!」
「だが、今の状況で走るのは――」
阿賀野の叫びに対し、ビスマルクは躊躇する。今の気持ちで走ったとしても、苦しい思いで走る事になるからだ。
「走ってくれ!」
「走れ! ビスマルク!」
「さっきまでの走りは本物だった! それを証明してくれ!」
「頑張れ!」
「撒けないで!」
ギャラリーから様々な声が聞こえてくる。その半数以上がビスマルクに対する応援だった。
その声は本心で叫んでいる物もあれば、まとめサイトの記事にしようと煽る人物もいるだろう。
「期待する人物の声を無駄にするか――それとも、その声に応えて走るか。それを決めるのは、お前次第だ」
ビスマルクに選択している時間はない。足を止めていれば、榛名に大きく抜かれる可能性もあったからだ。
そして、彼女は再び走りだした。