榛名対ビスマルク(その1)
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4月1日午前11時30分、第3レースが始まろうとしていた。
ビスマルク、榛名・ヴァルキリー以外は上級プレイヤーだが知名度は決して高い方ではない。
各種装備もビスマルクに類似したアーマーやガジェットを使うメンバーが多い一方で、重装甲型やパワーローダー型のようなガジェットも目撃される。
コースの変更を見る限りでは、高速道路の下を通る、トンネルに入る等はない為か、大型系でもコースを走る事が可能なのだろう。
ただし、コースパターンが一定で固定される一部のARパルクールやトラック競技系、ベルトスクロール系ARゲームとは違い、シティフィールドはコースアウトエリア以外の設定はされていない。
さすがに建造物侵入や破壊しての強行突破はNG、これらの行動が確認された場合は失格処分となる。
このルールはシティフィールドでも稼働初期から適用されている。これはパルクール・サバイバーも例外ではない。
しかし、パルクール・サバイバー以前のARゲームでは世界遺産や歴史建造物の類でなければ基本的にバリアで建造物が守られているので、バリアの強度が守られる範囲であれば――大丈夫な事もあった。
この状況が変わったのは、別のARゲームで建造物を破壊すると言う動画が出回った為と言われている。
この事に関してはARゲームガイドラインを定める運営委員会も把握しており、建造物の破壊を禁止する事が周知徹底された。
破壊された建造物が廃工場である事が明かされたのは、動画がアップロードされてから一カ月後、アキバガーディアンが状況を調べてからである事を補足しておく。
こうした状況を踏まえ、シティフィールドでは道路の舗装を破壊しないようなシステムを確立し、ロボットのような脚部パーツで走っても道路がボロボロにならないような配慮がされるようになった。
パルクール・サバイバーに関しては、どちらかと言うとホバー移動がメインの為か、道路舗装も定期的に行われているが、シティフィールド並に道路の状態がひどくなる事はない。
「道路舗装の一件は、本当の様だな」
ネットでレースの開始時刻が遅れているというつぶやきを発見し、その情報を調べていたのは蒼空ナズナである。
蒼空の外見は戦隊ヒーローというよりは、ダークヒーローと言う様なカラーのインナースーツを装着、腕にはARガジェットを装備――という具合か。
カラーリングは榛名・ヴァルキリーと色違いなだけ、スーツの仕様自体は一緒である。それもあってか、周囲のギャラリーは蒼空を意図的に避けている可能性も高い。
しかし、それに蒼空は気づく事はない。情報を検索するのに人が多いと検索が出来ない場合もあったからだ。
「自分のレースは――第6レースか」
第6レースに関しては午後スタートになっている。お昼休みをはさむと言う事ではなく、第4レース後にメンテを行う為らしい。
午前11時32分、フライング等が報告される事もなく、レースが始まった。
『これは、何かのアクシデントの様です――』
実況担当は運営スタッフではなく、外部の新人声優を起用している場合が多い。こうしたイベントでの実況で場数を踏ませようと言う事なのだろう。
しかし、今回の実況はスペシャルゲストを呼んでいた。ゲーム実況での有名人ではなく、ARパルクールでも謎の人物とされてきた太田さんだ。
一般的なサラリーマンを思わせる以外の外見が不明で、スタッフも声を聞くまでは太田さんとは気づかなかったらしい。
実際、彼は俳優等とは違って、顔見せがNGという部類の人物と言う訳でもないが、特にARゲームで実況に求めるのはテンポである。
それを踏まえると、今回の大会に太田さんを採用した理由も納得できるかもしれない。
太田さんがスタンバイしているのは、ARゲームのアンテナショップにある、ラジオ収録用のスタジオ。
そこに大規模な機材等を持ち込まず、テーブルにパソコン、その他最低限の装備がスタジオに置かれている。
スタッフも女性スタッフを含め、その手のベテランが揃えられた。それが彼の要望でもあったから。
『エントリーナンバー25番のガジェットが動きません。どうやら、システムトラブルの様ですが――?』
太田さんが見ていたパソコンのモニターには、外の様子が映し出されており、25番の戦闘機型バーニアの中型ガジェットを扱うプレイヤーの姿も確認出来る。
そして、つぶやきのメッセージもダイレクトに届く仕様になっているらしく、そのつぶきやきによると――。
【チートガジェットを使って、システムに引っ掛かったとか?】
【不正ガジェット対策は水際で抑えられたはずじゃないのか】
【水際で抑える事も出来ずに通過できるガジェットもある。そうしたガジェット対策に色々と奥の手を使う事もあるらしい】
【パルクール・サバイバーでも、一時期に強力な別ゲーム用ARガジェットを持ち込んで使った事例がある】
【その話は聞いた事がある。結局、運営判断で失格処分にしたとか】
【そうしたガジェットや正規品に紛れた偽物――そう言った物でプレイさせないようにするのが、ARゲームだ】
【要するに、偽物やコピーのゲームソフトでゲームをプレイする――海賊版を防ぐ狙いか?】
【色々と手順が抜けているかもしれないが、大体あってる】
【実況ではシステムトラブルになっているようだ。少し前にも別のゲームでガジェットがトラブルを起こした事例も確認されているから、その類か?】
【ARリズムゲームでもチートガジェットの不正スコア稼ぎをしていた人物が捕まったらしい。もしかすると、そちらで使用されたガジェットか?】
他にも色々なつぶやきもあるのだが、そのつぶやきを太田さんがそのまま引用する事もせず、逆に不安を煽るような実況も避けるべきと判断した。
『先ほど、こちらの手元にも運営からの報告が入ったようです。それによりますと――使用しているガジェットが別ゲームで使用する物であるとの事』
丁度、ジャストタイミングで運営からの公式発表があり、それによると別のARゲームで使用するガジェットを使用していたのが原因で、システムエラーを起こしたらしい。
つぶやきでも話題になっていたパルクール・サバイバーにおける非対応ガジェット問題――それの再現とも言えるような状態だ。
これに対して太田さんは、自分が呼ばれた事の意味を把握する。おそらく、シティフィールドの運営はパルクール・サバイバーと同じ様な事件等を再現し、そこから第2のサバイバーになろうと考えているのだ、と。
確かに、超有名アイドルとの力技タイアップをすれば、非難の声が上がるのは目に見えている。それ以上に、遊戯都市奏歌では超有名アイドルの宣伝活動は禁止。
それに変わる宣伝手段があるとすれば――それは、マッチポンプだろう。
しかし、自作自演をすれば逆に別の勢力が今回の事を取り上げ、それをネタにして更なる炎上もありえる。
それを運営が全く知らないという訳ではないだろう。遊戯都市奏歌でも不正行為に関しては、目を光らせているのは向こうも分かっているはず。
「この声は――太田さんまで来たのか」
コンビニで昼の弁当を購入し、外に出ようとしていたのは私服姿にサングラスと言う外見の阿賀野菜月である。
彼女は特にレースへは参加しないのだが、色々と情報を収集している最中だ。
彼女も太田さんの声は聞き覚えがある。パルクール・サバイバーでも何回かお世話になった事が記憶に新しい。
あの実況はスポーツ中継等では有名であり、太田ロイドという実況システムを開発している話もネット上でエイプリルフールのネタに出る位だ。
「とにかく、気になる部分は色々とあるけど――まずは、少し早いお昼から」
テーブル席があるコンビニの為、そこで購入したばかりののり弁当を食べ始める。
飲み物に関しては、ペットボトルのお茶ではなく、マイタンブラーのような湯呑にコンビニコーヒーのシステムを採用したコンビニ特製のお茶――それを口にしていた。
「どこまで――サバイバーと似せてくるつもりなの?」
疑問はあるのだが、まずは腹ごしらえだ。マイ箸でポテトコロッケを上手く挟むが、そのまま食べる訳ではなく、2つに分けたのみ。
果たして、阿賀野は何を懸念しているのだろうか。




