決戦の地、遊戯都市奏歌(その2)
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4月1日午前9時40分、24時間営業系のARアンテナショップでガジェットのメンテをしてもらっていたのは、阿賀野菜月だった。
彼女は別の任務を行う為に遊戯都市奏歌へ向かうつもりだった。
「まさか、ガジェットトラブルが起こるなんて」
唐突に起こったとしか思えないアクシデントに対し、阿賀野はさまざまな疑問を抱く。
同日午前9時、阿賀野は草加市の自宅から遊戯都市奏歌へと向かおうと考えていた。ARアーマーや専用インナースーツも装備し、安全面は問題ない。
しかし、向かう途中でガジェットにエラーメッセージが表示され――。
《ガジェットシステムエラー。緊急停止システムを起動します》
次の瞬間には動力源の暴走防止用の緊急停止システムが起動し、ジェットボード型ガジェットは停止してしまった。
バイク型やトライク型の様な物ではない為、押して進むと言う事も難しい為、阿賀野は最後の手段を使う。
「ボードアーマーモード、強制変形システム起動」
最後の手段、それはジェットボード型ガジェットをボードアーマーへと変形させ、それを装着してアンテナショップへ向かう方法だ。
この形態を使うと言う事は、ARゲームのジャンルにもよるが、乱入バトルになる事は避けられない。
阿賀野の不安フラグは回避されたが、それでも乱入される危険性はあった。
乱入されなかった理由としては、午前9時と言う時間も関係しているのかもしれないが――この段階では気づかなかった。
午前9時10分、何とかしてアンテナショップに到着した阿賀野は、早速事情を説明し、緊急メンテを行うように頼む。
「外部チートか何かで故障した訳ではない。それに、初期不良やリコールと言う訳でもない。これは、かなり大変な作業になりそうだ」
作業員と思われる服装の男性は、阿賀野が持ってきたガジェットに対し、このような事を言っていた。
「プログラムと言う路線であれば、故障の原因を特定できそうですが――」
別の作業員は、プログラムが原因と考えているようだが、止まった原因がエラーメッセージの類なので、そちら方面の事情も説明する事にした。
午前9時45分、チーズハンバーガーを片手に修理の進行状況を見守るのだが、物理的な部分のメンテは完了していた。
しかし、未だにソフト面のメンテがうまく進んでおらず、色々と情報を仕入れたり、他のアンテナショップに救援要請をしたりしている。
「これは――ウイルスと言うよりは、トラップと言うべきでしょうか。それも、ブービートラップに該当する――」
救援に駆け付けた谷塚駅近くのアンテナショップ店員が、エラーの原因を特定する。
その原因とは、スパムプログラムが搭載されている広告をクリックした事で発生する物らしい。しかし、阿賀野には広告をクリックした覚えはない。
「このガジェットは一種のレンタル機種。もしかすると、前に使っていたプレイヤーがウイルスを」
ARガジェットは購入とレンタルの2種類があり、レンタルは初回の体験プレイ用に用意されている物と言える。
レンタルには初回プレイ用以外にも、レンタルサイクルやレンタカー代わりに使うプレイヤーも存在、需要自体は存在していた。
しかし、遊戯都市奏歌の場合はレンタルを認めているのは一部の安全性が保障されているガジェットのみ。
フライングボードや飛行ユニット、ランニングガジェットの様な大型ガジェットは購入前提かアンテナショップで直接レンタル可能な物しか認められていない。
阿賀野が使用していたのは、アンテナショップ経由でレンタルした物が判明しているが――。
「とにかく、このプログラムは運営にサンプルを提出――不正プログラムがこれ以上拡散しないように対策をお願い!」
周囲が慌てているのは、阿賀野がガラス越しで見ていて分かるが、どのような会話をしているかは防音ガラスの影響で聞こえてこない。
「どちらにしても、深刻な事態か」
阿賀野は別に用意していたタブレット端末でサバイバー運営へ連絡しようとしたが、通信が繋がらない。どうやら、このエリアではインターネットも接続できないようだ。
同刻、草加駅に姿を見せたのは私服姿の花江提督、それに同行していると思われる上条静南の2人だ。
上条の方が電車移動だった為、そちらに花江提督が合わせる形で合流している。上条は私服姿だが、帽子を深く被っており、それにブルーライト対策のサングラスをしていた。
彼女の持っている鞄はARガジェットこそ入っているが、パルクール・サバイバーで使用する物ではなく、別のリズムゲームで使用する物である。
どうやら、上条の目的はリズムゲームの遠征だったらしい。
「シヅキ――」
花江提督と合流し、駅を出ようとした矢先、駅の西口に姿を見せたのはシヅキ=嶺華=ウィンディーネだ。
眼鏡に白衣――どう考えても目立つような格好だが、特に後ろ指を指される事はない。
実際、遊戯都市奏歌では女性コスプレイヤーがセクシーなコスプレをしている事も日常茶飯事だからだ。
さすがに素顔も隠れるようなフルフェイス等は認められておらず、本来であれば榛名・ヴァルキリーやエクスシアの恰好は運営から警告されてもおかしくはない。
「あの時以来かな――上条静菜」
シヅキは上条の事を知っているような素振りを見せるが、上条の方は覚えていない。一体、どこで遭遇したのか?
「1年前、西新井のゲームセンターで――」
シヅキがネタばらしをしようとした矢先、思わず上条は剣型ARガジェットであるエクスカリバーを展開した。
「それ以上発言したら、貴女の首が吹き飛ぶ事になる」
上条の声は震えも交じっており、あまり言って欲しくない事なのだろうと分かる。
それに、西新井ではパルクール・サバイバーが広まっているとはいえ、ARガジェットに対しては一連の事件もあって、完全に信用を取り戻したとは言えない。
「バウンティハンター時代の事を言っているのではないわ。早まり過ぎよ」
シヅキの方も、さりげなく白衣の下に仕込んでいるスカウトナイフ型ARガジェットを展開する所だった。
こちらに関してはスマートフォン並の小型サイズという事もあり、一部ARゲームでは使用が制限されているが。
「そうでないとしたら、用件は何だ?」
話を切り出したのは花江提督の方だった。色々とスケジュール的な部分もあるので、手短に済ませたいと言うのもあるのかもしれない。
「用件と言うのは――ビスマルクの事だ」
まさかの展開である。パルクール・サバイバー運営にもビスマルクという名前を持つ人物がいるのだが――そちらではないのは速攻で分かるつもりだ。