新たなる提督(その2)
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3月26日、ボーリングのピンが特徴的なアミューメント店舗にやってきたのは、身長は167センチ、ぽっちゃり系の体格に地味な私服という女性だった。
「あれから特に大きな動きはない――」
髪型は緑髪のセミショート、ブルーライト対策のサングラスを着用しているので目で誰かばれる事はない。
彼女はお忍びでここに来た訳ではない。あくまでも常連プレイヤーとしてやってきたのだ。
「まさか――?」
彼女は、自分の背後から迫ってきている人物の気配を感じた。そして、ふと足を止める。
足を止めてから何か聞かれるようなことはなく、向こうも通り過ぎただけだが。
同日午前10時10分、フードコードでメロンソーダを飲んでいたのは、提督服を着ていた一人の女性だった。
身長168センチ、体つきはむちむちであるが――。
「ここは、秋葉原とも西新井とも違う」
彼女の名は夕立、過去にはパルクールガーディアンとして敵勢力とも戦った人物でもある。
今の彼女はある人物の指示で遊戯都市奏歌へ向かったのだが、目的の物に関しては見つかっていない。
「どちらにしても――?」
夕立がふと音楽ゲームのコーナーを見ると、盛り上がっている一角を発見した。
午前10時15分、ある音楽ゲームをプレイしていた女性、それは先ほどのサングラスをした人物だった。
「やれることは――なくなった訳じゃない」
彼女の眼は別の目的に向かっているような――そんな表情をしている。まだ、あの一件は終わった訳ではない、と。
彼女がプレイしている音楽ゲームは、一昔前にリリースされたDJテーブルに似たようなコントローラを使用する機種だ。
Bパート途中で手を止めてしまった彼女だったのだが、まだ策は残っていると言わんばかりに鍵盤を押し、演奏を続けている。
その手さばきは音楽ゲームのトップランカーには遠く及ばないが、それでも素人目から見れば相当の腕を持っているのかもしれない。
最終的にはギリギリクリアというスコアだったが、周囲からは拍手が鳴りやまなかった。
「あなたの実力、見せてもらったわ」
プレイが終了し、次の順番待ちをしているプレイヤーに譲ったタイミング、そこに姿を見せたのは夕立である。
「あなたはさっきの――提督?」
向こうは夕立の事を見覚えがあるらしい。おそらくは、あの時に遭遇したのが――。
それからフードコートの方で立ち話も――という事で、お互いに席に座る。
「その服に見覚えがあるように思えるけど、あなたはいったい何者なの?」
夕立の服を見て、彼女は知っている勢力と勘違いしていたらしい。あの時の反応は、そう言う事もあるのかもしれない。
「私は夕立。パルクール・サバイバーを不正から守る為のガーディアンをしているわ――」
そして、夕立は目の前の人物にパルクール・ガーディアンの仕事に関してざっくりと説明した。
パルクール・サバイバーで過去に行われていた不正行為、外部ツールや八百長、更には談合等――それこそ叩けば出てくる程である。
それらの不正行為からサバイバーを守り、正常なゲームが出来るようにする。それが、ガーディアンの目的だ。
5分経過し、向こうも何とか夕立の話を理解したようだ。ただし、夕立としてもサバイバーの目的等は曖昧な部分もある為、そこは説明を避けた。
「なるほどね。ARパルクールにも複数のゲームがあるけど、その始まりとも言えるサバイバーを……」
「こちらも話には聞いていたが、ここまでフォロワーが増えていたとは想定外と言える」
積もる話もあるかもしれない一方で、夕立の方も時間が惜しい。腕時計を見て、そろそろ待ち合わせの時間だと確認する。
「差支えがなければ、名前を聞かせて欲しいが」
夕立の一言に対し、彼女は少し考える。そして――。
「私の名前は榛名だ」
彼女は榛名と名乗ると、別の音楽ゲームが置かれているエリアへと移動する。
午前10時30分、入口辺りまで戻った夕立は、私服姿の花江提督を発見した。どうやら、今来たばかりらしい。
「他のパルクールも見てきたが、サバイバーとシステムは類似している箇所が多いようだ」
花江提督はタブレット端末のデータを夕立に見せると、夕立の方も最初は驚いていたが――。
「格闘ゲームでも土台のシステムは似ている個所が多いのは有名でしょ? ここを気にしていたら、負けだと思うけど」
夕立は目的の事を理解しつつも、今回の任務については疑問の浮かぶ箇所が多いと感じていた。
「自分としても疑問が皆無という訳ではない。サバイバーの新たなビジネスチャンスを見つける為に、遊戯都市へ行くのは分かっている」
花江提督が疑問に思っている個所、それはパルクール・サバイバーのビジネスチャンスを遊戯都市奏歌で見つけようと言うのだ。
それは、別の意味でもライセンス料を徴収出来れば――という裏の意味もある。しかし、それでは超有名アイドルが過去に行おうとしていた事と全く同じだ。
「超有名アイドルの場合はアイドルゴロの様な言い方はしない。純粋に、政治家と手を組んで賢者の石を生み出そうとした――」
夕立の言いたい事も分かっているのか、花江提督はそこから先に関しては言わない方が――と止めた。
「遊戯都市では、迂闊な発言はつぶやきサイトで拡散される。下手な一言は、自滅を意味するかもしれない」
そして、花江提督は周囲の人影を怪しまれないように確認し、店内へと入った。