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仕組まれたレース(その6)

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 3月12日午前11時46分、若干だが雨の降り方も変化しているように思える。レースの方は既に始まっており、トップと最下位の距離は200メートル強である。


 しかし、マラソンや駅伝では逆転不能と言われそうな距離でも、ARゲームであれば逆転も可能だ。


 例えばカートゲーム、バイクレース、レーシングカー等におけるスピードアップのプレート、ブーストアイテム等を使えばあっという間に逆転できる。


 ただし、それに耐えられるようなARガジェットでもない限りは重力等の影響で莫大な体力を消耗するだろう。


 パルクールに関してはブーストアイテムは存在しないのだが、カスタマイズアイテムで基本スピード上昇等が存在する。


 これに関しては利点ばかりではない。今回の様な雨のコースではスリップ事故を誘発する可能性があり、そうした環境では運営側が使用禁止にする処置をとる場合も多い。


「やっぱりな。こういうオチになると思っていたが――」


 観客の一人がトップグループの異変に気付いた頃には、既にプレイヤーが5人に絞られると言う前代未聞の展開となっていたのである。


 まさか、トップグループが揃いも揃ってスピード重視のカスタマイズをしていたとは。しかも、運営側が禁止にしている物ではなく、チートとも違う別の手段で。



 午前11時47分、トップグループの大量離脱で順位に大きく変動があった。トップになっていたのは、フルバーニアン。2位のプレイヤーとは50メートルしか開いていない。


「このサイズでは、さすがに強行突破は難しいか――」


 フルバーニアンのサイズを考えると草加駅に入ることは可能だが、駅施設も破損させかねないだろう。そこで、フルバーニアンが下した選択――。


「変形した……だと!?」


 観客の一人が驚く。何と、フルバーニアンの装着されていたアーマーが変形し、ボード型になったのである。これならば、駅構内にチェックポイントがあっても問題はない。


「これならば、チェックポイントを突破は出来るだろう」


 そして、フルバーニアンは難なくチェックポイントを通過する。今回は2周という事もあり、もう一度通過する必要性もあるのだが。


 これを見た後続のプレイヤーも驚くしかなかった。変形に関しては制限されていないという事もあって、チートとも申告不可――。


 さすがに、レース中に反則申告を行い、自分がトップに入れ変わろうと言う心の狭いプレイヤーでは、ARゲームをプレイすることはかなわないだろうが。



 午前11時48分、先頭グループに遅れる形で蒼空そうくうナズナが草加駅に姿を見せた。レーダーを見る限りでは、逆転も可能だと判断し、諦めずにチェックポイントを通過する。


「頑張れ!」


 観客から応援する声が聞こえる。そして、それに答えるかのように蒼空も再びスピードを上げ、先頭グループを抜き去ろうと考え――。


「あの道なら、ショートカットも――」


 蒼空が右を向くと、そこには駐輪場が見える。そして、別の道も見えた。


 この道に関しては歩行者用という扱いなので、フルバーニアンの様な大型ガジェットは無理でも、自分ならばショートカットも可能と考える。


 そして、次の瞬間には先頭グループが直線に進んだ事に対し、蒼空は右へと曲がった。最後尾のプレイヤーも軽装ガジェットだった為、蒼空に便乗をする。



 午前11時50分、蒼空は直線距離を走り続ける。ARガジェット等によってはホバー移動も可能だが、彼は自分の足で走る。


 もう一方の最下位プレイヤーはホバーブーツで追尾をするのだが、速度的にも蒼空を抜ける気配はない。重装甲が仇となったのか、あるいは――。


「向こうの大回りをしているフルバーニアンを含めた先頭グループ、あちらを出し抜ければ速度など――」


 最下位のプレイヤーは若干の焦りを見せていたが、順位はフルバーニアン達よりも若干上に変化している。その順位に関しては、蒼空の方にも届いているはずだ。


 それでも蒼空が速度を落とす事はなく、全力で走り続けている。最下位のプレイヤーは、蒼空のスピードが落ちた所で抜き去ろうとも考えている。


 しかし、こちらが全速力を出せば、確実にエネルギー切れになるのを分かっていた。ARガジェットは太陽光充電式に加え、特殊充電のハイブリッドを採用していた。


 空の方は太陽が出てくるような事は望めず、太陽光を利用してのブーストは無理だろう。そうなると、特殊充電のチャージを待つしかない。


「何故だ――向こうもARガジェットを使っている以上、電力は消費している。計算上は、向こうの電力も限界に近いはずだ――」


 最下位のプレイヤーは、地味にフラグを立ててしまう。自分の計算上では蒼空に勝てる――と考えていたのが裏目に出たのだ。


 次の瞬間、50メートル弱まで差を縮めていた最下位のプレイヤーと蒼空の距離は100メートルを超えていた。


 そして、谷塚駅のチェックポイントを通過する頃には再び最下位へと転落する。やはり、彼は負けフラグと言う物に振り回されていたのである。


「なんてことだ。こちらが、エネルギー切れを起こすなんて!」


 結局、最下位のプレイヤーはエネルギー切れでリタイヤとなる。重装甲にした影響もあるが、エネルギー配分をミスしていたのが致命的だったと言う。



 午前11時52分、レースは5人のトップ争いに注目され、フルバーニアンと蒼空がその位置にいた。


「トップとなるのは自分だ。他の連中みたいに負けフラグや退場フラグに縛られたりはしない! 俺は、フラグクラッシャーと――」


 フルバーニアンが草加駅のチェックポイントに迫ろうとした矢先、突如としてエラー表示が出現する。


《変形システムエラー》


 まさかの表示に彼は驚くしかなかった。あの勢力から入手した、極秘の新型ガジェット――それを横流ししてもらえたはずなのに。


「ARパルクールとはいえ、全てをガジェットと言う機械に一任した段階で――お前は負けていた」


 エラー発生で動きを止めていた刹那――そこに蒼空が通り過ぎる。それによって、トップは入れ替わった。今のトップは蒼空である。


「パルクールとARパルクールは違う。ARガジェットをフル活用してこそのARパルクールじゃないのか!?」


 フルバーニアンの声は、蒼空には届いていない。そして、彼が取った行動、それは――。


「こうなったら、フルバーニアンを切り離して――」


 彼が取ろうとした選択、それはARガジェットの分離である。レース中でも非常事態であればガジェットのパージは認められていた。


 しかし、フルバーニアンがユニットの切り離しをARガジェットで指示するが――。


《ガジェットの切り離しはできません》


 まさかのエラーで拒否される。非常事態であれば、ガジェットの切り離しは可能であるはずだ。それは、ARガジェットの安全装置としても実装されている。


「こんな馬鹿な事が――」


 結局、フルバーニアンは再起動できずにリタイヤ。彼としても無念の結果であった。


 ガジェットの性能にこだわり過ぎた結果として、デメリットを全く把握していなかった事が、彼のリタイヤフラグを決定付けたと言える。



 午前11時55分、レースに完走できたのは5名だと言う結果が運営から発表された。そして、一番にゴールしたのは蒼空だった。


「これが――ARパルクールなのか?」


 彼の手は震えていた。念願の初優勝なのだが、初優勝よりも別の事で恐怖していたのかもしれない。


 そして、勝利の余韻に浸る事もなく、蒼空は谷塚駅近くのアンテナショップへと向かう。



 午前11時57分、アンテナショップの入り口前には大和やまとアスナの姿があった。その頃には、既に太陽が顔を出し、晴天になろうとしている所だったと言う。


「初勝利おめでとう」


 大和の一言を聞いても、蒼空は表情をひとつ変えることはなかった。それだけ、今回のレースが波乱続きだったからというのもあるが。


「あなたは知っていたのですか? 今回のレースが仕組まれていた事を――」


 蒼空の本題とも言える切り出しを聞き、大和はどうするか考えた。そして、大和は真実を話そうと――。


「仕組まれたと考えるのであれば、過去のARパルクール――パルクール・サバイバーを確かめて見るべきだろう」


 大和の口から出たのは、1年前にサービス開始となったパルクール・サバイバー。今のARパルクールのシステムを生み出した元祖と言える存在だった。


「ここまでの流れが――超有名アイドル投資家の陰謀とでも?」


 蒼空もシティフィールドに決める前、ある程度であれば数作品のARパルクールの資料を見た事があるのだが――。


「そこまでは言わない。今回は別の勢力もかんでいる可能性があるから」


 そう言い残して、大和は姿を消してしまった。肝心なことは言わずに、断片的なヒントだけを残して。



 午前12時5分、お昼時にコンビニへ立ち寄った蒼空は、スポーツ新聞の置かれているスペースを見て、そこに書かれている見出しに衝撃を受けた。


「超有名アイドルが――ARゲームを独占する?」


 ネット上では噂でしかなく、週刊誌が売れる為のネタと思われていた超有名アイドルによるARゲーム買収――それが一般紙の一面で書かれていたのだ。



 同刻、別のコンビニでドーナツを買って出ていく所だった大和の前にいたのは、シヅキ=嶺華れいか=ウィンディーネだった。


 彼女の方もコンビニに寄る所だったのだが、偶然の遭遇でもある。


「パルクール・サバイバー、そう言う事だったのか」


 シヅキの一言とそれに言及する表情を見る限り、大和は例の噂に辿り着いてしまったのか――と内心で思った。


「ARパルクール自体がパルクール・サバイバルトーナメント……パルクール・サバイバーのフォロワーと言える」


 大和の方も隠し通しても無駄と判断し、真相に辿り着いたシヅキに事情を話す事にした。


「フォロワー……そう言う事なのか。複数のARパルクールでシステムの類似箇所があって、そこを不思議に思ったが」


「格闘ゲームでも体力ゲージとか、必殺技コマンドとか――類似箇所があるのと同じ。ARパルクールにも共通箇所はいくつかある」


「あくまでも悪意を持った量産型ではないと?」


「ソーシャルゲームのガチャで利益を上げようと細工をするような事があれば――ネットが炎上する。それに悪意がなくても、ネット上では炎上させて、詫び石と叫べば正義と思う人物も出てくる……」


「いつから、コンテンツの流通は変わってしまったのか。萌えあがる街からなのか、それとも――?」


 シヅキは、コンテンツ流通の暴走は何処で起こったのか――そこに対して不満を持っていた。


 この疑問は未だに解決しない問題であり、誰もが疑問に持つ事もある。


 しかし、超有名アイドルが莫大な利益を出した事で、日本経済は救われたと唯一神扱いする投資家も存在した。


 この動きに関してはアカシックレコードを見ていた大和も疑問に思った。アカシックレコードに触れていなければ、もっと別の世界も見えたのかもしれない。


「コンテンツの暴走があったのは――本来の意味ではなく、別の意味でコンテンツを考えるようになり、炎上商法や便乗商法の様な限りなくブラックな商法が合法であるかのように――」


 大和も真剣な表情でシヅキに語った。アカシックレコードの受け売りかもしれないが、これが第4の壁とも言えるアカシックレコードから得た情報でもある。


 これだけ入っておかないと、いずれはネット炎上がリアル炎上に発展し、コンテンツを巡ってコンテンツ競争(物理)のような展開になるかもしれない。


 ARガジェットはリアルの武器ではない。それを悪用した事件で犠牲者が増える事は許されないのだ。


「アカシックレコードのフルアクセス、その代償が――」


 大和がシヅキに見せた特殊なARガジェット、それは白銀の右腕である。



 かつて、別のアカシックレコードでもチートキラーとして存在した――アガートラーム。


 大和アスナが、何故にアガートラームを――。


 その一方で、密かに動きだす榛名はるな・ヴァルキリーの真意――全ては、まだ序章に過ぎなかったのか?



 アカシックレコード、アガートラーム、パルクール・サバイバー――それらの単語が浮かびだした事で、世界線は再び動き出そうとしている。

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