仕組まれたレース(その3)
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3月12日午前11時15分、スタート地点の駅近辺の道路ではプレイヤー30人程が集まっていた。ここは仮のスタート地点であり、変更される可能性も否定できないが。
コースに関してはARガジェットに転送され、その表示を見る限りでは電車の高架下も使用する気配もする。
「このコース設定か。国道を回避して、コース設定を変えたというのであれば妥当か――」
「これだとショートカットをする為には個人宅の屋根を飛び乗るという展開になりそうだ」
「個人宅の屋根だと、ガジェットの重さに耐えられずに崩れる可能性もある」
「しかし、これはARゲームだ。特殊なフィールドが展開され、それが衝撃を吸収する仕組みになっている」
「――あえて一例を出すとすれば、特撮作品で現実世界と別の世界を行き来する――が近いだろう」
コースが決定した事で、プレイヤーが最短コースを考えて始める。誰もが考え付くコースでは、トップになるのは難しい。
同時刻、ARバイザーに表示されたマップを見て、何かに気が付いたのは蒼空ナズナである。
既にガジェットフル装備で臨戦態勢を取っているが、数回のプレイでもARガジェットには慣れた様子ではない。
「電車の高架下を使うが、電車の運行を妨害すれば即失格だろう」
蒼空は高架下ではなく、線路をショートカットに利用するプレイヤーが出てくる事を予測していた。
コースのチェックポイントには草加駅も含まれており、ここを通らないとタイムロスは避けられない。
「コースアウト範囲は――そう言う事か」
国道4号線をコースに使う事は出来ず、ここを通ればコースアウト――10カウント以内に復帰しなければリタイヤになる。
コースアウトで即座失格、あるいはペナルティポイントを追加するルールも別のパルクールで行われているが、シティフィールドでは適用されない。
シティフィールドで禁止されているのは、バトルルール適用時以外での戦闘行為、レースでの不正行為全般、故意のスリップ等による妨害のみ。
強力なガジェットでも運営が認めればチートではないし、コースアウトをせずにチェックポイントを通過すれば、ショートカットは自由だ。
それを踏まえれば、自然と最短コースは限られてくる。しかし、攻略サイト等では最短コースが載っているとは限らないが――。
「本当に、その距離で問題ないのか――あるいは、何か別のノルマがあるのか?」
蒼空は、未だに把握していないシティフィールドのルールがひとつだけあった。
『コースに関しては設定されたコースを走り、チェックポイントを通過すれば――特に問題ない。問題視されるのはコースアウトと飛行だけだ』
この話は最初のレースを走った際、桜野麗音から受けたアドバイスである。
最初は、コースアウトが失格になる事は運営からも聞いていたので、それを改めて忠告している物と考えていた。
しかし、この発言の意味はコースがレースの30分前に告知されると言う段階で気付くべき項目。
コースに関してはマラソン等でも一定のルートが固定され、これがパルクールにも浸透しているとばかり思っていた。
おそらく、その認識が思わぬ認識違いを生み出したと言っても過言ではないだろう。
午前11時17分、スタート地点となる高架下近くには多くのギャラリーが集まりつつあった。おそらく、時間が遅れていたのはこうした事情もあるのだろうか。
『コースに関して、改めて説明します。今回は雨天と言う事もあり、一部ルートを閉鎖しております』
『なお、閉鎖しているコースへの侵入はコースアウトと同じ判定となりますが、ルート取りによっては一発失格ですので――』
スタッフの注意に関して、さらりと重要な事を言ったような気配がした。聞いていなかったでは通用しないのは明白だろう。
ギャラリーが騒がしいという訳でもないので、この注意が聞こえていないというのは相当だと思える。
おそらく、バイザーの調整で周囲の環境音カット等を行っているのか、それとも単純に聞こえていないのか――それはプレイヤーによるが。
午前11時18分、31人目と言えるプレイヤーが姿を見せる。その装備は、あの時に目撃したフルバーニアンだろうか。
「これさえあれば、どんなレースでも優勝は間違いない――」
あの手のプレイヤーは、どう考えてもガジェットに振り回されるようなタイプだと蒼空は確信していた。
周囲のプレイヤーも同じ事を思っているが、それをツッコミするような様子はなく、自分達の事で忙しい可能性も否定できない。
「あのプレイヤーは――」
こちらも雨合羽を着ない状態で観戦していたのは、八郎丸提督だ。しかし、彼の場合は屋根の付いているフリースペースで観戦と言う状況だが。
「あのフルバーニアン――別メーカーのガジェット技術を盗用した物か?」
八郎丸が気になってARガジェットを展開し、データをスキャニングした結果――思わぬ情報が出てきた。
本来であれば本物に存在するはずのデータが存在しなかった事は決定的な偽物と言う証拠になる。
ソースコードやガジェットスペック、ガジェットデザイン等もコピーという言葉が適切かは不明だが――明らかな不正ガジェットなのは間違いない。
「――誰だ?」
偽物のガジェットを止めさせようと運営へメッセージを送ろうとした八郎丸だったが、それを妨害するかのようにスマートフォンの着信音が鳴った。
「警告のつもりだと言うのか?」
しかし、八郎丸が応答しようとした時には着信音は切れていた。不在着信も設定で不可にしている為に追跡は困難――スマホの設定が思わぬ所で仇になった。
午前11時19分、レース開始1分前のメッセージがレースに参加するプレイヤーのバイザー及びARガジェットに表示される。
【まもなくレースが始まります。外部通信に関しては完全にシャットアウトされますので、ご注意ください】
【なお、緊急事態になった際は運営で指示を出しますので、無用の煽り等で周囲プレイヤーを妨害する行為はご遠慮ください】
レース中は外部通信が一切不要になる。いわゆるスマホの電源オフを運営側で強制的に行うタイプだろう。
こうした処置を行う理由には、外部の人間によるレース妨害、最短コースの説明、その他にも色々とあるが――それらをまとめると不正行為に当たる。
そして、雨の中でレースが行われると思ったが、直前で雨は弱くなったのである。これも一種の奇跡なのか?
「さすがに天候の操作は運営が行える範囲を超えるだろう」
蒼空はこのレースが仕組まれた物なのでは――と思わずにはいられなかった。