バウンティハンター・シヅキ(その2)
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3月11日午後1時10分、シヅキ=嶺華=ウィンディーネを取り囲んでいた勢力は撤退していた。
「彼女が噂のバウンティハンターか」
別の場所でニュース記事を確認していたのは、大和アスナである。
そして、そのニュースを確認していたのは彼女だけではない。アイドル投資家勢力に対して、敵意を向けている勢力がシヅキの存在を懸念していた。
【彼女がネット炎上勢力を完全駆逐するのは都合が悪い】
【こちらとしても、敵勢力のせん滅をされるとアフィリエイト収入が激減する】
【我々の様なチート勢力に対しても、シヅキは敵意を向けている。超有名アイドルという共通の敵がいるはずなのに――】
【シヅキは超有名アイドルだけでなく、コンテンツ流通の阻害となる物を全て排除する気だ】
【それが、ネット炎上勢力の完全駆逐に繋がっているのか?】
【完全駆逐と言うのであれば、手っ取り早い手段があるはずなのに――何故に彼女は遠回しなのか?】
ネット上でもシヅキの行動原理に関しては疑問視されている。フジョシ勢力や夢小説勢、更には歌い手や踊り手、3次元アイドルの――。
シヅキの考え方が万人向けではない事も、今回の疑問視する理由になっているのかもしれないが……。
【脅迫等の事件、悪評を植え付ける、ネット炎上、炎上(物理)――この辺りはフーリガンと化したクラスタもいるだろう】
【さすがにマフィアなどには手を出さないか。その概念自体、日本からは完全駆逐されている――数年前の違法ドラッグ摘発事件で】
シヅキは犯罪の様な手段、グレーゾーンと呼ばれるような手段は使う気配がない。
悪質なファンやクラスタならば、脅迫やネット炎上、印象操作自体は平然と行い、それらがこの世界ではチートと呼ばれていた。
実際、アカシックレコードにもチートの別定義に『超有名アイドル商法』や『アイドル投資家の様な存在』とは記述されているが。
シヅキは蒼空ナズナの方を振り向く事無く、何も忠告する事無く姿を消した。周囲に警察官が駆けつけた事も理由だろうか?
その後、蒼空も警察に事情説明を受けると思われていたが、警察官が向かう先は別の場所で起こった窃盗騒ぎの方だった。
同日午後1時20分、蒼空と同じ場所に到着した人物がもう一人いる。八郎丸提督だ。彼も竹ノ塚で不審な一団が確認された事をネットで知り、駆けつけたのだが――。
「全ては片付いた後だったか」
駅の周囲を確認する八郎丸だが、そこには警察の姿は確認できても一団と思わしき人物は確認できない。
それに、八郎丸は榛名・ヴァルキリーとの合流も考えていた。その理由としては、彼女が竹ノ塚にいた事もあるのだが。
「しかし、あれだけの勢力を片づけても――同じ事を行うクラスタがいるのか」
特定勢力というのも面倒と考えた八郎丸はクラスタと口走るのだが、それがある勢力をおびき寄せる餌になってしまった。
八郎丸を取り囲むのは、先ほどのアイドル投資家とは無縁の勢力らしい。戦国武将や新撰組の様な特徴的な外見であれば、八郎丸としても都合がよかったのだが。
「貴様は軍艦クラスタか?」
「この服は提督に見えるかもしれないが、軍艦クラスタではない。それはARパルクールのサバイバー勢を見れば分かるだろう」
「確かに、向こうにもそれと類似したような服を着る集団は確認している。しかし、貴様はそちらとは全く違う」
しかし、目の前にいる男性には八郎丸の声は届いていない。それだけではなく、問答無用で攻撃を仕掛けようと言う意思も垣間見える。
「こちらとしては、我々に敵意を向ける勢力が必要なのだ。そうすれば、彼らを倒したという事で英雄となれる可能性も――」
目の前の男性は全てをしゃべり終わる前に、突如として倒れたのである。一体、何が起こったのか? 八郎丸にも状況を掴めないでいた。
「馬鹿な事を――力で特定クラスタをせん滅すると言うのか?」
倒れた理由が何処かからの狙撃である事が、倒れた男性の背中に銃弾の跡がある事で判明したが、どう考えても接近射撃とは異なるのは明らかだ。
「どう考えても、戦争を望まないクラスタも巻き込む気か? 人の命まで危険に及ぼそうと言うのか――ネット炎上勢は!」
八郎丸は我を忘れて、周囲の人物を睨みつけ、特定クラスタに思われるような特徴を持った人物に対し、攻撃を加えようとも考える。
しかし、それを取り押さえる為に姿を見せたのは八郎丸にとっては、想定外の人物だった。
「アキバガーディアンも、そこまで落ちたのか? 無差別にクラスタを襲撃するのは――ネット炎上勢と同じだろう」
八郎丸の目に映ったのは、インカムを装着し、FPSで使う様なARガジェットを装着した桜野麗音。
何故、桜野が竹ノ塚に来たのかは分からないが――。
「桜野! 貴様には関係ないだろう。お前はARゲームのランカーだが、シティフィールドには参戦していないはず」
「そうだな。ARパルクールのシティフィールドには参戦していない。それを踏まえれば、お前にとってはジャンル外の人間に見えるか」
「これはシティフィールドの問題だ。お前の様なハイスコア荒らしには関係ない!」
落ち着いている桜野に対し、八郎丸の方は自分の事ばかりを気にして周りが見えていない。その中で、八郎丸は別の意味でも地雷を踏む。
「ハイスコア荒らしだと――その前言を取り消せ! その発言はランカー勢にとっては侮辱も同然だろう」
先ほどまで落ち着いていた桜野のARガジェットが自動変形、その形状はタブレット端末からハンドビームライフルに変形したのである。
「ランカー勢も超有名アイドルと同じ――ただ、目立ちたいだけだろう!?」
「超有名アイドルは、あらゆる物をビジネスに変換する錬金術師――我々ランカーと同じにしてもらっては困る!」
お互いに譲れる部分はない――と言わんばかりの状態に、周囲の空気は凍りつく。この様子を見て警察官も介入するタイミングを失っている。
「お互いにそこまでだ! これ以上、ARゲームをネット炎上のフィールドにするようであれば――」
にらみ合う二人の前に現れた人物、それは榛名だったのである。何故、榛名がこの場に現れたのか。八郎丸は理解できなかったが、これ以上は無意味と向こうは悟った。