榛名・ヴァルキリー(その3)
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3月11日午前12時30分、蒼空ナズナは竹ノ塚駅に近い場所に到着した。
自転車を置けるスペースはないので、アンテナショップ前の駐輪場に止めているが――。
「あれが、さっきのトライアルに出ていたのと似ている――類似ガジェットか?」
蒼空が発見したのが、タクシー乗り場でガジェットの組み立てをしている光景である。
そこでは、複数のブースターをメインとしたホバーボードを組みたてているようにも見えるが、作業人数が2人だ。
同刻、ガジェットの組み立てをしていた男性は別のスタッフに連絡を取ろうとしていた。しかし、電波障害で連絡が取れない。
「あのドローンか?」
別の男性が見かけた物体、それは何者かが操作しているドローンである。その数は、複数に及ぶ。数十~数百まではいかないが、1ケタではないのが即座に分かった。
しかし、ドローンの飛行に関しては許可が必要のはずだが……?
「ドローンはテレビ局の――違う? あのドローンはマスコミか!?」
もう一人のスタッフがテレビ局のドローンと錯覚したのだが、そうであればこちらにも許可申請の話は入るはず。
その為、スタッフは新型ガジェットの情報を何処かへと転売しようとするネット炎上勢力、あるいは週刊誌の売り上げ不振に――というマスコミのどちらかだ。
スタッフはネット炎上勢力もマスコミもひとくくりにしている為、何も疑う事無く正体を見破る。
それだけ、ARガジェットの技術が海外などに流出する事に対して神経質になっている――という証拠なのかもしれない。
同日午前12時32分、唐突にドローンが動きを止めて不時着する。不時着前に何かの銃撃音が聞こえたように思えるが――気のせいかもしれない。
【ある意味の超展開だな】
【ドローンが爆発をしなかったのは?】
【あのドローンもARガジェットで作られた映像だったとか】
【映像だったとしたら、不時着はあり得ない。銃弾等が当たったと同時に消滅するはずだ】
【まさか……全てが仕組まれていたとか?】
つぶやきサイトでも今回の不時着に関しては、仕組まれていると考えるユーザーが多いようだ。
実際にドローンを不時着させたのは、ある人物の展開した特殊電波遮断効果のあるシステムだった。
「まさか、こういう仕事をする事になるとは――予想外だ」
作業員を思わせる服にバックパック、帽子を深く被って視線を合わせないようにしているのは――ある人物の指示で動くメンバーだ。
「マスコミ連中にデータを持たせる訳にはいかないとの指示を受けている。あの力を国会に知られるのは危険か――」
別の作業員はドローンが爆発せずに着陸した事をタブレット端末で確認する。どうやら、監視カメラを一時的にハッキングして映像を確認しているらしい。
「フジョシ勢や夢小説、ネット炎上で荒稼ぎしようと言う勢力に見つからないように、引き上げるぞ」
今回の行動を実行した隊長らしき人物の指示で、他のメンバーはコンビニ方向へ向かって去って行った。
この人物達を指さしたり、スマホ等で写真撮影をしようとする人物はいなかったという。
その理由の一つに、この電波遮断システムにはスマホの電源をシャットダウンする効果もあったらしい。
同日午前12時45分、榛名・ヴァルキリーは竹ノ塚に来ていた。その理由は、連絡のあったガジェットを確認する為。
しかし、あの姿を動画配信を含め、日本全国に知られてしまった事で、下手にガジェット姿を見せれば待ちがパニックになる事は分かっている。
それに関しては榛名の想定の範囲なので、問題はないのだろう。実際、マスコミも榛名に接近しようとする記者はいない。
仮にいたとしても、ARゲーム専門サイト等の限った記者しか取材が許可されていない――という話が出るほどだ。
「片づけられたのか、あるいは展示を中止したのか――」
調査員の連絡があった場所まで近づくのだが、複数のARガジェットや亜種のガジェットは確認できても、目的の物は見つからない。
その後、調査員から連絡が入り、一連のドローン事件のあおりで引き上げたという話を聞く事になる。
同日午前12時50分、蒼空の目の前に姿を見せたのは、予想外の人物である。外見は改造軍服のビスマルクといい勝負だが……。
「あなたが噂の蒼空ナズナ――だっけ?」
彼女の服装はファンタジー物の魔法使い――というよりは、魔法少女にも近い。それも、子供向けの――。
その為か、申し訳程度に大きい胸を見せびらかすような気配もないし、セクシー要素は皆無に近い。
唯一の懸念は、写真を無断で撮影し、その写真をアフィリエイト系サイトへ転載するという行為だが――。
「そこまで噂になっていないと思いますが」
蒼空はこの人種に関わると不味い――と感じた。ニュースサイトでさらっと見ていたフジョシ勢力の一件もあるが。
「噂と言うか、同人ゲームの楽曲か何かで聞き覚えがあって――」
この一言を聞き、蒼空は彼女に対する警戒を強化した。自分の過去を知っているという事は、相当の知識がある事を意味している。
「こちらとしては、ARゲームの事を――しまった!?」
これは誘導尋問である――と片隅では思っていたが、迂闊にもARゲームの事を言ってしまった。
「そこまで警戒する必要はないわよ。私は、これでもARゲームのランカーだから」
瀬川菜月、彼女も別のARゲームでランカーと呼ばれる人種である。