トライアルイベント
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3月11日午前11時50分、トライアルイベントの方を一通りチェックした蒼空ナズナは、西新井のアンテナショップで動画を検索していた。
「自分に足りない物は技術――その技術を吸収する為にも」
彼が動画を捜索している理由は、自分の技術力が未熟だと言う事を自覚しての行動だった。
有名プレイヤーまでの域に到達するのは無理でも、今の状態では満足に完走する事も難しいだろう。
その中で発見した動画の中に、榛名・ヴァルキリーの初期時代と思われる動画を発見する。
この時の動画でもARアーマーのデザインに違いはあるのだが、素顔はバイザーで隠されていて確認は出来ない。
動画内では俊敏とは言い難いが、着実にコースを走り抜けていく榛名が確認出来る。
それに加え、周囲のモブランナーが目立たなくなる位に、榛名の動きは神に等しい物があった。
「確かに、あの動きは今の動きとは比べ物にならないが――」
蒼空は別の動画で確認した榛名の動きと、今の動画では全く違う事に気が付く。これに関しては、素人目から見ても明らかだ。
この当時の榛名は、無理に派手なアクションを決めようとして失敗するような場面もある。無難なアクションは成功しているが、難易度が高い物は次々と失敗している気配に――。
「こちらもプレイ回数は少ないが、この動画でのアクションは失敗例のテンプレにも思える」
何故、この動画が削除されずに残っているのか?
それは、榛名が反面教師的な意味合いで動画を残し、他のプレイヤーが下手に危険なアクションを真似ないようにと言うメッセージかもしれない。
どちらにしても、今の榛名とは比べ物にならない動きは参考にならないどころか――逆にパイパープレイ動画の様な物を即座に真似ようとしても無駄であるという事を意味している。
まずは地道に経験値を上げていく事が重要であり、それが一番の近道かもしれないと。
「そう言えば、トライアルで出てきたガジェットは――いつ導入されるのか」
蒼空は、トライアルで目撃したフルバーニアンと見間違えそうなARガジェットに興味を持っていた。
時間は、同日午前11時45分まで巻き戻す。トライアルを試走するガジェットはそれぞれ別のエリアで行われる。
その場所は全部で5つ、その内の4つは既にトライアルが開始されていた。
しかし、一箇所だけはトライアルが始まっていない事に何か違和感を感じる。
「あれだけのブースターを――何に使うのか?」
蒼空は、遠目に見えた複数のバーニアユニットを装備したARガジェットに興味を持つ。
あれだけのバーニアがあれば速度は、かなりの物が出るだろう。しかし、時速は50キロが最高と言う事になっている。
やろうと思えば時速100キロも出せるだろうが、ARゲームのフィールドで高速道路を借りられるか……と言われると、現実問題や色々な事情で不可能に近い。
「まさか……あのガジェットもARパルクールで?」
トライアルのステージ構成を見て、ようやく気が付いた。蒼空の見ているステージ、それはARパルクール用のトライアルステージである。
「あのバーニア装備で障害物をよけられるのか?」
「コースを強引に破壊すれば、ペナルティは避けられない」
「どちらにしても、あのバーニアを制御できるスキルが求められるか」
「待ってほしい。あれだけのバーニアを装備して、チートにならないのか?」
「トライアルで微調整をする可能性は高いが、トライアル申請の段階でチートの疑惑があれば走るのは不可能だ」
近くのギャラリーの話によると、あの装備でもチートや外部ツールチェックで異常が出なければよいらしい。
かなり無茶な話ではある。しかし、あのガジェットがあれば榛名以上のスピードを出せるかもしれないと――蒼空は思い始めていた。
時間を再び午前11時50分に戻す。
結局、あのバーニアは外された状態でトライアルを走ったのだが、バーニアなしでもスピードはかなりの物である。
それを踏まえると、バーニアを使用しなかった理由はチート疑惑が大きいかもしれない。
「重量があり過ぎても失格になる可能性が――」
蒼空はシティフィールドのルールブックもネット上で確認している。
それを踏まえ、あのガジェットを何とかして手に入れられないか――と考え始めた。