暴走したファン
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3月11日午前10時40分、西新井は炎上していた。ただし、炎上と言っても物理的な炎上ではない。
その発端となったのは、有名アイドルグループのライブなのだが……。
【あのアイドルグループ、何をしている?】
【歌を歌っているだけだな。ゲリラライブと言うべきか】
【今のご時世、ゲリラライブでも事前許可を取らないと逮捕されるのでは?】
【超有名アイドルの場合、殺人や強盗、無差別テロの様な類でない限りは大きく罪に問われない――と聞いた事がある】
【それは、さすがにWeb小説のフィクションだろう】
【さすがに超法規的処置はネタだが、ある程度の行為に関しては罪に問われないというのは本当らしい】
【実際、その一件に関して週刊誌が突撃取材を行った事があるらしいが――】
駅前ではないのだが、スペースを利用してゲリラライブを行っている事が一部ユーザーによって拡散され、大パニックとなっていた。
不幸中の幸いだったのは、ARガジェットのトライアルテストが行われる予定の場所よりも離れている為、そちらには影響がない。
しかし、このイベントに関しては陽動説が浮上する事になる。
同日午前10時45分、一般市民からの通報で駆け付けた警察が芸能事務所の担当者に事情を聞く。
それまでに2曲は披露し、3曲目を披露する前に警察が来た事になる。これに関してはファンからのクレームが相次ぎ、警察に詰め寄ろうとする場面もあった。
【イベントの中止は告知されず、続行らしい】
【続行? 警察を買収した可能性があるのでは?】
【視界からは続行としか説明がない以上、警察が引き揚げた可能性がある】
【一体、どういう事なんだ?】
その後も実況と言う名のタイムラインは続くのだが、ライブイベントは中止にならずに続行し、5曲を披露した所で終了となった。
しかし、今回のゲリラライブが思わぬ形で報道される事になるとは、ライブを行ったアイドルも気づいていなかったと言う。
同日午前10時50分、時間差で警察に通報が入ったのは梅島駅近くのビルで行われているグッズ販売会だった。
一般客に交じり、転売屋と思われる一団が賞品を独占して購入した事が原因である。
「警察ではなく、まさかのアキバガーディアン!?」
「警察には通報済みなのに、どうしてガーディアンが来るのか?」
周囲の女性達が驚くのも無理はない。転売屋を何とかして逮捕してもらおうと警察に通報したのだが……事態は思わぬ方向に進んでいたのである。
「お前達が行っている事は、コンテンツ流通にとっては悪でしかない! 我々、アキバガーディアンがフジョシ勢は全て根絶する」
提督服に黒マント、ファンタジーの兜を思わせるデザインのバイザーという姿で現れたのは、八郎丸提督である。どうやら、これが指示されていた物らしい。
「倒されるべきはアイドル投資家のはず! 何故、そちらを規制しないのか!」
他にも様々な声が聞こえるのだが、それらに八郎丸は耳を貸す気配はない。しかも、それだけではなく――。
「今の発言は、全て言質を取った。残念だが、コンテンツ流通に障害となる者は根絶する必要があるのだ」
その後、八郎丸が指示を出したと思われる警備隊を思わせる重武装の人間が複数現れ、フジョシ勢を次々と拘束していく。ただし、無抵抗の人物には手荒い真似はしない。
フジョシ勢を全て車両で何処かへと連れて行く中、残った転売屋の顔を見た八郎丸は何かを感じていた。
「これであのアイドルをCDランキングで1位にする為の資金が確保できる――」
ある男性の一言を聞き、八郎丸の目つきが変わった。ただし、その表情はバイザーの影響で全く見えないのだが。
「どうやら、このイベントで売られていたグッズもライセンス元の非公認――偽物と言う事か」
八郎丸は男性の身柄を確保、それ以外の転売屋を装ったサクラも逮捕する運びとなった。
「非正規品を流通させる訳にはいかない!」
その後、このグッズはいわゆる二次創作である事が判明したのだが――どちらにしても規模の大きさを考え、権利元の許可が必要と八郎丸は判断した。
それに加えて、拘束したフジョシ勢は北千住駅まで送り返すという運びになった。記憶を消す等の行動はせず、普通に解放した事にはフジョシ勢も違和感を持ったが。
同日午前10時55分、ネット上にはとある発言が投稿されていた。
【一億活性化計画という計画の目的、それは一次創作の印税などでもうけようと言うアイドル投資家の陰謀である】
【この計画には二次創作は不要であり、一次創作以外はそれを認めない】
この発言は数分後に削除されたのだが、印象操作を意図した物と考えられた。
しかし、ネット上では特に言及される事はなかったと言う。
その理由として、今回の発言が一連の事件とは無関係の閲覧数稼ぎ、アフィリエイトサイトへの誘導などの意図があったという認識があった――。
同日午前11時、ニュース番組ではある事件に関して取り上げられていた。
『人気アイドルグループのライブを巡り、警察とファンが衝突し、通行人等に怪我人が出ている模様です』
このニュースをテレビでチェックし、驚いていたのは柏原隼鷹だった。
出先と言う訳ではなく事務所でニュースを見ていた中で、このニュースがトップで取り上げられたのである。
「一番の起きてはいけない事が、現実化したのか」
柏原にとっては、今回のニュースは他人事ではない。人気アイドルはいわゆる3次元カテゴリーだが、別ジャンルの作品で同じ事が起これば……。
「誰からだ――?」
次のニュースになる頃、スマートフォンに着信が入る。その主はシヅキ=嶺華=ウィンディーネだ。
『少し面倒な事が起こった。神崎も上野から、こちらへ向かっている所だが――』
「一体、何が起こった?」
『悪質なアイドル投資家やブラックリスト化されていた人物が逮捕されている。それに関わっているのが――』
シヅキの方も慌てているが、それでも何とかして画像を――と言う事で落ちつこうとは思っている。
「これは――!?」
柏原はシヅキが転送した画像を見て驚いた。重装備で類似する箇所があるのだが、ガジェットの細部や一部装備で異なる部分がある。
それ以上に驚かせたのは、シールドにプリントされたマーキングだ。これは間違いなく、アキバガーディアンの物だ。
『偽者とは考えにくいが――調べて欲しい』
シヅキの話を聞き、ネット上でも噂になっている別のアキバガーディアンに関して調べようと柏原は決断する。