アキバガーディアン
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西暦2018年3月10日、あの事件から数日後、ワイドショー等が取り上げなくなった頃に動きがあった。
ワイドショーが芸能人や議員の不倫問題等がメインに取り上げられるようになり、次第に視聴者の話題はシティフィールドに向かなくなったとも言える。
逆に、この状況はシティフィールドその物が炎上するよりはある程度マシと考える人物もいたのだが……その人物が誰なのかは、ネット上でも特定はされていない。
特定しない理由には色々と事情があるのだが、最大の理由はする必要性を感じないという事だろう。
同日、秋葉原のビル内にある事務所、そこで緑茶を飲みながらネットの記事をチェックしていたのは柏原隼鷹である。
「どの時代でも誰かを出しぬいて天下を取ろうと言う連中がいるのか――」
こうしたスキャンダルの記事を見る度に言葉の暴力的な発想を感じるようになったのは、アキバガーディアンを結成してからの事だ。
それまでは自分も過去に駅伝走者をしていた事もあって、あまりスキャンダル的な事態に発展するとは考えなかった。
「一つの炎上ネタが出ると、百か千か――アフィリエイト長者やアイドル投資家、その他にも存在するネット炎上勢の利益になる」
このような状況を打破する為のアキバガーディアンだったのが、今では別の目的に使用されているのが現状である。そちらへ急がなくてはいけなくなったという事情もあるのだが。
「様々な部分で歪みが生じているコンテンツ業界を変える為と言う目的に、いつの間にか変わっていた」
柏原はビルの3階からの景色を眺めながらつぶやき。外の風景は、かつての秋葉原とは異なる部分もある。
それが、ARゲームである。秋葉原の歩行者天国でストリートファイト興業があったり、ARリズムゲームを使用したミニライブと言う物も実際に行われており、秋葉原に限って言えばARゲームはブームになっていた。
ただし、それもアキバガーディアンや他の団体による団結があってこそ実現した物であり、アキバガーディアン単体では不可能だったかもしれない。
「どちらにしても、まずはコンテンツ流通の正常化と不当収益を上げているアイドル投資家を締め出すのが優先事項か」
柏原はスマートフォンである人物へ電話をかけ、そこでアイドル投資家勢力に関して効果的に締め出す方法を相談した。
『――まずは、ネット炎上勢力、それに便乗するユーザーに対して効果的な対策を打ち出さないと。超有名アイドル投資家は政府にマークされる可能性が高い以上、後回しか』
電話の主は不当収益をあげている勢力の中で人数が多いと思われる勢力に対し、何かしらの対策が必要だと言う。
「アイドル投資家はごく少数で特定も出来ているが――やはり、そちらが優先すべきか」
『そう言う事だ。遊戯都市奏歌では規制が進んでいるようだが……他の市町村がやりたがらない』
「アイドル投資家は必要悪でも何でもない。あれを必要悪と言うのであれば、アキバガーディアンやアカシックレコードに記されたランカーは勇者と言う事になる」
『コンテンツ産業にとっての必要悪ですか――それを記したのが、アカシックレコードと』
「解析の度合いによるかもしれないが。どちらにしても、超有名アイドル商法を拡散させたネット炎上勢やアイドル投資家等には、それ相応のツケを返してもらう必要性があるだろう」
『まさか、力づくで制圧を?』
「それをやっては他の海外諸国のパワープレイと変わりない。我々は――流血を伴わない手段で、コンテンツ流通の正常化を図る」
その後も会話を続け、20分程は雑談を含めて話をしていたと言う。その相手はシヅキ=嶺華=ウィンディーネである。
何故、柏原がシヅキを知っているのかは分からない。シヅキに関してはアキバガーディアン所属の様だが……。
3月11日午前10時、蒼空ナズナは私服で西新井へと向かっていた。その理由は別にある。
「ARパルクールに使用するガジェットのトライアルか――」
蒼空の見ていたガジェットの液晶画面、そこには複数のARガジェットがARパルクールにおいて正式採用を賭けたトライアルを行うと言う。
トライアル自体はイベントと言う意味合いもあるのだが、ARガジェットの技術向上等には定期的に試験を行う必要性もあった。
その試験をユーザーに見えない場所で行うと、逆にメーカーがチートを仕込んでいる可能性も言及されるだろう。そこで運営が考えたのが、試験テストの可視化である。
同日午前10時30分、西新井駅前にはいくつかのガジェットが準備作業を行っている。
中にはジャッキアップを行う必要のあるガジェットもあり、下手に人混みが激しかったら、トライアルが中止になっていた所だ。
ここまで派手にイベントを展開しても警察が何も言わない理由には、水面下で裏情報を受け取っているから――とも言われているが、真相は不明である。
ネット上でも今回のトライアルには何か隠された目的があると考えている人物もいる位で、あえて真相を秘密にしておきたいサイドと真相を明らかにしたいサイドで分裂騒動も起きた。
しかし、下手に炎上をすればアイドル投資家やネット炎上で不正な利益を得ようとする勢力が――と言う事もあり、ネット上で休戦協定を結んでいる状況である。
【あのARガジェット、どう考えてもあのロボットに似ているような――】
【それを言うなら、ARガジェットがさまざまなアニメやゲームから影響を受けている。無影響のガジェットであれば、あのようなデザインにはならない】
【実用的なのは警察や消防等に配備される物だろう。あちらはデザインよりも性能を重視する】
【逆にゲームやエンターテイメントで運用する場合は――性能も重視されるが、デザインも重要だろう】
【どのガジェットが採用されたとしても、それが実用化されるには数週間から数カ月の審査がかかる。だからこそ、今回のタイミングだろうな】
【メーカーも必死なんだな――コンテンツ流通に関して疑問を持っているという点で】
【超有名アイドルの芸能事務所だけが儲かる――そのファンだけが税制優遇を受けられるというディストピア同然の事を、政府は平然と行おうとしている】
【しかも、それが正しいことであって悪意すら感じない。まるで、政府が超有名アイドル事務所と同義に思える】
【アカシックレコードに書かれていた事件、それらは別の世界線で起きた超有名アイドルの不祥事だと言う話もあるが】
さまざまなつぶやきがタイムライン上に流れているが、それらは蒼空にとってはどうでもよい情報だった。
次第に、検索ワードの絞り込みを行い、気が付くと、最も必要である情報を検索できるように最適化していた。
同日午前10時35分、西新井駅に到着したのだが、近くにはパチンコ店や商店街、スーパーと言った店舗しか見かけない。
おそらく、開催場所を間違えた可能性も考える。
「西新井警察署まで行けば――」
結局は道を間違えていた結論に辿り着き、自転車で西新井警察署を目指す。
「あれが噂のニューフェイスか――」
蒼空が自転車で目的地へ向かう頃、その後ろ姿を見つめていたのは提督服姿の人物――八郎丸だった。
「しかし、こちらが動くのは後回しでも構わないだろう。こちらの目的は、あくまでも――」
八郎丸が本来の目的地である梅島駅へ電車で向かおうとしていたのだが、急にARガジェットの着信ランプが点滅する。
『今、そっちに向かっているが――』
声の主は、榛名・ヴァルキリーである。サウンドオンリーの為、顔は一切見えないが。
「一体、何を慌てている? こちらは梅島駅へ向かうのに、電車へ乗る所だと言うのに」
『予定が変わった。西新井でアイドル投資家と超有名アイドルがガジェット犯罪を行っているという話を――』
「だからと言って、そちらへ向かえば梅島はどうするのですか? あちらも別の陣営がイベントを――」
『こちらも緊急を要する。ただちに――? いや、待て』
榛名が何かを見て『待て』と小声で言ったのが聞こえる。一体、彼女は何を見たと言うのか。
『八郎丸、お前は従来通り梅島のイベント会場へ向かえ。夢小説勢も超有名アイドルと同様にコンテンツ流通にとっては障害となる――』
緊急の任務と言っていたはずなのに、急に方針転換をした榛名に疑問を覚えつつも、八郎丸は従来通りに電車の時刻表を確認後、梅島駅に止まる各駅電車へ乗り込む。
八郎丸に支持された任務、それは夢小説勢が不正なコンテンツ流通を行おうとしていた事である。
その不正がどのような規模かは知らされていないが、彼にとっては何を言いたいのかは分かっていた。
「コンテンツの正常流通を阻害するのは外部ツール勢等だけではなかった、と言う事か――」
八郎丸としては一番嫌う存在、マナーブレイク――マナーを守らない迷惑ファンを、ネット上ではそれらしい用語で隠し通す。それが、マナーブレイクという単語が生まれた理由だ。
「マスコミに気付かれれば、超有名アイドルの芸能事務所以外は魔女狩りされる――」
どう考えても中二病だったり被害妄想が爆発しているような考え方だが、それがアキバガーディアンのコンテンツ流通正常化を行う理由でもある。
しかし、この時は誰も知らなかった。アキバガーディアンが複数組織ではなく、本来は――。