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復習する土曜日


 あれ、と思った。

 土曜日で、学校はなくて、布団の中でまどろんでいるのはいつもと変わりなかった。

 母さんが起こしに来て、父さんとご飯を食べて、そこでふと違和感に気づいたのである。


「こら、起きなさい。あんた! いつまで寝てんの! ご飯よ」


 ばっと布団をはぐられて、のそのそ這い出る。眠気が覚めないまま食卓の椅子を引いて父さんの対面に座った。

 大きくあくびをしていると、父さんが開いた新聞から顔を上げて笑う。


「キョウ、まだ目が寝てるぞ」

「あー……うん? 誰のこと?」

「お前のことじゃないか」


 手のひらで目を擦りながら考えた。

 どういうことだ。

 父さんは俺がいくら嫌がっても、俺を呼ぶときはカオリと呼んでいた。それなのに、いきなりぜんぜん違う名前で呼ばれた。


 数日前、そう、ナヨと会う前までは。いつからだろう。

 ナヨと会ってから名前を呼んでの会話がなかったから、気づかなかったのかもしれない。息子が、とか、あんた、とか、お前、とかで会話が成り立っていたから。


「あの、さ。俺の名前言える?」

「何言ってるの。あんた、キョウでしょ」


 母さんにまで言われて、眠気が一気に覚めた。思わずぽかんとした顔になる。


「あんたまだ寝ぼけてんじゃないでしょうね、いくら休みだからって、規則正しい生活送らなきゃだめよ」

瞳子(とうこ)さん、おかわり」

「はあい、(ひびき)さん」


 呆れた顔をした母さんは、マイペースな父さんのおかわりをにっこりと返してお茶碗を受け取った。仲のいい両親のやりとりを見ながら我に返る。

 きっとナヨだ。ナヨが何かしたに違いない。

 散々現実離れしたことをしてみせたナヨだし、仮にナヨがしたのではなくても、ナヨ関連の、呪い師関連の何かなのだろう。

 そう考えると、急いで会いに行かなければ。今日が休みでよかった。

 残った朝食を慌てて掻き込んで、立ち上がる。


「ちょっと出かけてくる!」

「あら、何よ急に。帰りは?」

「昼ごはんには一旦帰るっ」


 ばたばたと部屋で着替えを済ませて玄関で靴を履く。


「いってきまーす!」


 いってらっしゃいを背後に聞きながら、俺はすぐ隣にあるナヨの家のチャイムを押した。


 ピンポン。ピンポン。ピンポン。


 連打をしていたら、がちゃりと少々乱暴にドアが開いた。


「煩い……ヤクサか、なんだ」

「ナヨ、おはよう! 中入っていい?」


 俺の勢いに若干眉を寄せて、ナヨは体を避けてくれた。


「お邪魔しますっ」


 入ってナヨがドアを閉めたのを確認して、口を開く。


「ナヨ、俺の名前、言える?」

「……ああ、そういうことか。まあ、上がれ」


 ナヨは俺の質問に思うことがあったのか、部屋を指した。

 ソワソワと落ち着かないまま部屋に入るが、途端プンと虫除けスプレーみたいな匂いが鼻を刺した。


「ナヨ、何この臭い」


 勝手にちゃぶ台の近くに座らしてもらって、ナヨが来るのを眺める。

 ナヨは部屋と台所の仕切りを手で避けながら入ってきて、俺の隣に座った。


「厄除けの呪い中だ。それで、名前だったな」


 厄除け、でふと浮かんだのは富士野の顔だ。

 富士野のことかと聞いたなら、きっとナヨの機嫌は悪くなるだろう。言わぬが華だ。


「うん、そう」

「あれはな、お前、前に用紙にサインをしてイエモリに送っただろう。だからだ」

「ちょっとわかんない」


 正直に言えば、ナヨは座り方を崩して米神をかいた。


「呪い師や魔術にかかわるものは真名を大事にするっていうのは話したな。だから、それに連なる者となったからには、簡単に真名を分からないようにする必要がある。本人から言わない限りな」

「真名?」

「俺はお前の師であるから、分かる。八草香。それがお前の名前だ。今までお前の名前を知っていた奴も、呼んでいた奴も、お前から明かさない限りお前の名前を正しく呼ぶことはないし疑問にも思わない」

「じゃあ、俺の母さんや父さんが、俺のことをキョウって呼んだのも」

「代わりになるお前の名前だ。イエモリに申請しておいた……不満かもしれないが、必要なことだ。やめたくなったか?」


 ナヨの言葉に少し考える。

 両親がくれた名前を、両親に呼んでもらえないことは、さびしいと思う。かおりは女の人みたいでいやだったけど、紛れもなく俺の名前なのだから。

 それでも、ここでやめると言ったらどうなるのだろう。

 ナヨは決めたことはきっちり行える人だ。きっぱり関わりをやめて、それこそ不思議な術でナヨのことを忘れさせてしまうかもしれない。

 ナヨのそばは、俺にとって居心地がいいのだ。小さい頃からの年の離れた友人。こうして新たに弟子の立場になったけど、それすらも。新しいことを覚えて、授業よりも不思議なことは魅力的だった。

 それに、俺の名前は全くなくなったわけではない。

 考えをゆっくりめぐらせて、後悔がないか自問自答する。すん、と空気を嗅いでみる。

 虫除けの臭いにまぎれる、落ち着く匂い。ナヨの匂い。

 一呼吸置いて俺は首を振った。 


「いい。俺の名前がなくなったわけじゃないから」


 断ると、ナヨは小さく「そうか」と返した。


「うん。それで、イエモリさんって何者?」


 話を戻そうとナヨへ質問する。

 俺の名前を歪めてしまうのだ。一体どんな人物なのだろう。


「保護と隔離の力を使わせたら右に出るものはいない、セキュリティを担う奴だよ。お前も知っているここの大家でもある。あいつに申請したものはお前が書いた3つ。一つ目はお前の真名。二つ目はお前の通称。三つ目は保護を依頼するための旧式言語でのサイン。この三つをもってお前は俺の弟子扱いであり、魔術ないしは呪いを担う末席であり、真名の保護が必要なものであるとした」


 さらっとナヨが言った言葉にぎょっとする。

 大家って。

 大家というと、いつもにこにこ柔和な顔をしたおばあちゃんだ。笑みを浮かべたらくしゃくしゃの梅干みたいに笑う、小柄な人である。小さい頃に引っ越してきたとき、よく飴やポン菓子をくれたのを良く覚えている。俺が小学校を卒業するくらいの時には息子の実家で暮らすと出て行ったはずなのだが。


「いいかヤクサ。昨日のような件は二度と起こすな。真名は特に必要に駆らなければ、絶対に口に出すな。まあ、もう、大分手遅れではあるが……」


 最後にぼそりと嫌なことを言わないでほしい。


「今後のことを考えて、お前に正しい使い魔との契約を教えよう」


 ナヨは一回手を合わせて鳴らした。

 昨日見た、ぶよぶよとした塊が中に浮かんでいる。ナヨの使い魔のタベルだ。


「タベルの仲間に適当なのがいるそうだ。今後お前が俺の手伝いとして薬や呪いを扱うなら、使い魔に加えたほうがいい」


 タベルはふよふよと宙に漂って、ナヨの言葉に頷くかのように身を震わせた。震えることによって、ぶよぶよの柄であるマーブル模様が波打つ。淡く重なるような奇麗なマーブル模様だ。


「はい、ナヨ質問! タベルがマーブル模様なのは、ナヨの影響なのかな」

「ああ」


 ナヨはポケットから1つの実を取り出した。どうみてもポケットに収まったら膨れそうな大きさの実なのだが、出す前も出した後もポケットに膨らみはない。

 じーっとみていたら、ナヨが教えてくれた。


「これは『山々袋つきエプロン』といって、薬棚1つ分程度の物が入る。お前の分はそのうちだ。ほら、それよりこれが俺の実だ。お前に1つやろう」


 ナヨの実は、淡いオーロラ色をしたマーブル模様で、手に余るくらいの大きな長いトマトみたいな果実だった。実の先がとがっているから、ナヨの説明を思い出すに外へ向かって発揮するタイプなのだろう。


「俺の力は、混合と付与。薬の媒介にするとよく役に立つが、まあ、使い方はおいおい覚えてもらう。お前の実とはまた違うからな」


 なんとなく思うに、俺の実は回復アイテムでナヨの実は合成アイテムみたいなものなのではないだろうか。

 ひとまず頷いておく。


「さあ、契約に移るぞ。タベル、呼んでくれるか」


 タベルは一度空に姿を揺らがせたのち、よく似た半透明のぶよぶよを隣に浮かせていた。


「ヤクサ、まず対象へ向かって真名を名乗る。次に対価を述べ、相手の真名を求める。こう言え。『天理に基づき希う。我が真名、八草香。召喚に応じ、必要なときに与える万物を受け入れよ。願い受けるならば名乗りを乞う』向こうが名乗れば、指を指し名をつけてやれ」


 天理というのは、昨日の富士野の件でのお叱りの際に教えてくれた言葉だ。

 文字通り天による(ことわり)

 遥か昔に神様みたいな人たちが作った、術を扱うものたちを保護及び律するための、物凄く強力な規則だそうだ。

 この場合の天理は、確か《契約時の真名使用は、その場限りとし、契約破棄と共に忘却される》だ。とても術者に都合がいい理である。

 富士野のことで大変怒られた原因のひとつがこれで、天理に保護されない言葉で契約を結んじゃったから、富士野は契約がなくなっても俺の真名を覚えていられるかららしい。

 昨日のお叱りを思い出して少し震えたので、頭を振って思考を追い出す。今はともかく、ちゃんとした使い魔契約だ。


「わ、分かった」


 タベルとよく似たぶよぶよが漂いながら近くへ来る。息を吸ってはいて、ぶよぶよに向き合った。



「天理に基づき希う。我が真名、八草香。召喚に応じ、必要なときに与える万物を受け入れよ。願い受けるならば名乗りを乞う」


 ぶよぶよを見つめながら言うと、ぶよぶよは身を震わせた。


。我が真名、ハライドのミクリ》


 名乗ってくれた。

 どきどきする気持ちを抑えて、右手の人差し指を向ける。

 気の利いた名前でも付けて上げれるといいんだが、緊張でなかなか浮かんでこない。

 ナヨの視線に更に緊張する。何か。何か。

 こいつ、丸くてぶよぶよしてて、丸くて……丸い。丸しか出てこない。

 ぐるぐる考えても仕方ない。腹をくくって丸といおう!


「命名! マルー!」


 しまった、力みすぎて言葉尻が伸びた。

 焦りながら相手を見るが、表情はぶよぶよの球体だからわかるわけがない。静かに待っていると、ぶよぶよが震える。


《是。我が名、これよりマルーとし、八草香に応じる》


 オッケーのようだ。ほっと一息ついて手を下ろす。

 ぶよぶよはまた身を震わせると、徐々に若芽の新緑色へ染まっていった。淡い緑のグラデーションがちょっと綺麗だ。

 俺の使い魔となったぶよぶよ、もといマルーの色が染まりきるとナヨが口を開いた。


「終わったようだな。声がちゃんと聞こえてたようで安心した」

「うん、頭に響いてきた」

「向いてないやつは、ぜんぜん聞こえないらしいからな。ま、弟子候補にとろうと俺が思うくらいだから、大抵は大丈夫だ」


 ぽん、と労わるようにおいた手が暖かい。


「使い魔を戻したいときは、手を合わせて願えばいい。なれたら適当にしてても出来るようになる」


 なるほど。

 早速俺は手を合わせてマルーを拝むようにしてみた。

 お帰りください、っと。

 マルーは身をふるりと揺らすと、ゆっくりと消えていった。


「よし」


 ナヨもぱんっと手を打ってタベルを返した。


「呼び出しはさっきと同じだ。ただ、お前の場合、あの男とも歪に結ばれたから、あれを頭から振り払いながら呼ぶこと。じゃないと、来るからな」


 何をだ。

 まさか、富士野のことか。


「使い魔は、基本的に一人の術者にのみつく。相手がいる場合、上書きはできず、術者がなくなっていなければできない」

「それって俺が死ぬまで一緒ってこと?」

「使い魔から契約辞退を申し込まれるか、それか破棄をこちらから申し込むかしない限りはそうなる。どちらも了承することが必要だ」


 そういえば富士野は、自分から辞退することはないと言っていたような。俺から破棄を願い出てもだめなのだろうか。

 俺の考えが分かったのか、ナヨは残念なものを見る目で言ってきた。


「ヤクサ、不死身のとは歪な契約だ。どうにかできるのは、力づくでやったあれが執り行わないとまず無理だろう」


 やっぱり無理なようだ。残念だ。

 どちらともなく息をついてしまう。ナヨは随分と富士野を嫌がる。富士野はナヨの客だといっていたし、事実薬も貰っていた。それでもただの客とするには随分と互いを知っているような気がした。

 聞いてもいいものなのだろうか。

 というより、そもそも、俺はナヨのことを詳しく知らない。

 その考えに行き着くと、さらに気落ちした。

 ナヨとはブランクはあったが5歳からの付き合いで、年の離れた友人のようなものだと俺は思っている。今は師弟らしい関係だけど。

 考えれば、ナヨの名前も、年齢も、不明なままだ。あの頃と違ってちょっと知れたのはナヨの仕事のことだ。

 職業はこれ! と断言はできないけど、鍋で煮詰めたり煎じた薬などを主に売買しているようだ。ここ3日間、俺がミミズのような謎言語の書き取り練習をしている横で発送したり注文をしていた。


「あのさ、ナヨ」


 富士野とは何かあったのか。聞こうとしたところで、間抜けな音がさえぎった。


 ぷぃいいい。


 聞こえた音の場所は台所から。

 ナヨがおもむろに立ち上がる。

 あの音はナヨの家にあるヤカンの音だ。他に漏れずこのヤカンも不可思議な代物で、簡単に説明するとお湯も沸かせる電話だ。

 小さい頃にはじめて見たその光景は、幼心ながらに衝撃的だったからかよくよく覚えている。

 見た目はごく普通の笛つきヤカン。笛を開閉するレバーが取ってのところについているタイプのやつ。

 ナヨがレバーをカチカチと開閉させてると、ヤカンの注ぎ口から声が聞こえるのである。ヤカン相手に話しているナヨを見て、昔はよく驚いたものだ。

 記憶と同じようにナヨはカチカチとレバーを動かすと、注ぎ口からこもった声が聞こえてきた。

 部屋からだとよく聞こえないが、若干ナヨがイラついているのは分かった。


「舐めてんのか。事前に定数を示しただろう。こっちも都合がある」


 若干どころじゃなかった。ヤカンの前に仁王立ちになっているナヨが腕を組んでヤカンを睨んでいる。こっそりと台所のほうへ近づいて耳をしのばせる。


「……こちらもこちらの事情がありまして、鍋師なべし殿には非常に申し訳なく」


 低姿勢な声が聞こえた。きっとこの声の主は顔を青くしているのだろう。そう思わせる情けない声音だ。


「もういい。話にならん。明日話をつけにいくから、首を洗って待っていろと伝えろ。今ある分は作って持っていく」

「は、はいいい」


 ブツッという音がしてヤカンからの声は聞こえなくなった。

 ふっとナヨがこちらを見る。


「ヤクサ、そういう訳で明日は留守にする。今日の昼からも作業するから来なくていい。お前はその間、旧式言語の勉強でもしていろ」

「うえっ、またそれしなきゃ駄目?」

「お前が問題なく使用できるようになるまでは続ける」


 当然とばかり言うナヨに頭を抱えそうになった。

 3日経ったが、依然として謎言語は文字に見えず、ミミズにしか見えない。何回かナヨに訴えてみたが、返ってくる言葉はいつも「気づくと理解できるようになっている」だ。

 ドリル形式のミミズの書き写しもナヨの家へ来るたびにチェックされている。正直に言うと、勉強は苦手だ。言葉で説明されるより、体験したほうが断然好きだ。


「さて、今から依頼品を作るか」

「何か手伝うことある?」


 未だに薬や品物を作る手伝いをナヨはさせてくれない。まあたった3日目だからというのも大きいのかもしれない。そんなことを考えながら聞けば、ナヨが鼻で笑った。


「一丁前なことは早く文字を覚えてから言うんだな」


 乱暴にぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜられる。


「また明後日にでもこい。ちゃんと食事はとれよ」

「その言葉、ナヨに言いたい」

「俺はいいのさ」


 かき混ぜた手で、ぽんぽんと軽く撫でられ放される。


「あとこれを忘れずにな」


 ぽん、となんでもないようにナヨから手渡されたのは、3日目にして早くもおなじみの謎言語ドリルである。


「明日の分も纏めて渡しておく。さっさと受け取って帰れ」

「……うん」


 手にくる重さが憎い。

 顔に出そうになるのを抑えて、頷いておく。


「それとこれも。念のため、俺がいない間は身に着けていろ」


 さらにドリルの上に置かれた小袋。マッチ棒くらいの大きさの小袋からはぷん、と今日ナヨの家から漂う虫除けのような香りがした。


「本当にどうしようもないときは、使い魔を呼べ」

「え、急になんで?」

「あの件があってから、生憎お前に対する信用は減ったんでな」


 そう言うナヨの言葉は冷たい。やらかした側としては耳が痛い。


「ほら、行った行った」


 しっしと追い払われる仕草をされる。

 そうして新たな謎言語ドリルを手にして、俺は一旦自宅へと戻るのだった。



 ナヨへ促され家へ戻ると、昼食の準備をしているのか、匂いが鼻をくすぐった。

 靴を脱いで一旦自分の部屋に荷物を置きにいく。

 実はこのアパート、本当は2LDKの結構な広さがある。玄関を抜ければ廊下があり、キッチンはリビングのすぐ傍にある。

 なのに、ナヨの部屋はどうみても1Kで玄関を開けるとすぐキッチンと手狭だ。自宅とナヨの家を比べるたびに、あそこは違う場所につながっているのだと毎回思う。

 荷物を置いてリビングに向かう。

 ちょうど昼ごはんの盛り付けをしているところのようで、母さんが俺を見て顔をしかめた。


「やだあんた、なんか虫除け臭いわよ。どこ行ってたの」


 ナヨの部屋にいたせいだろうか。自分の体を嗅いでみると、確かに虫除けの匂いがついていた。部屋に匂いつき小袋を置いていたけど、部屋も臭くなるだろうか。ちょっと心配になってきた。


「えっと、友達のとこに」


 考えながら母さんに返事をする。


「ふうん? まあいいわ、ご飯ができたから食べてしまいなさい。この後母さん、パートに出てくるから」

「ん、分かった。父さんは?」

「遅くなるみたい。私も準夜勤だから帰りは遅いわ。明日はしっかり自分で起きるのよ」


 母さんは病院看護のパートをしている。子供のころは心細く思うこともないことはなかったが、今はもう慣れてしまった。ナヨがいたから、寂しい幼少期ではなかったし。


「夕飯は冷蔵庫に作り置きしているから」

「了解」


 ご飯を盛られた茶碗を受け取って食卓に並べる。今日は魚が安かったのか、3、4匹の魚の干物が焼いて大皿に乗せられていた。付け合せはお新香と朝ごはんの味噌汁の残り。

 手を合わせて口に運びながら考える。

 ということは、だ。今夜は自室でゆっくりとナヨの課題が出来そうだ。

 課題のことを考えて、少しげんなりしたがやらないと後が怖い。


 仕事に出る母さんを見送ってから、俺は嫌々虫除け臭くなった自室でドリルを開き粛々とこなした。


 その日の夜は、ミミズ言語の夢は見たものの富士野は出なかった。

 厄除けか、厄除け効果のせいなのか。


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