第4話 赤き少年
またどこかで霊媒師が笑ったその後、面白い事が起こってる奴は……。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
『キシャァァァァァァ!』
案の定、可哀想なことになっていた。ステアーがリュウオウに言われた通り歩いてきた道は、自分一人じゃ倒せそうに無い魔物が次々と現れる危険な方の道で、魔物を撒いても撒いてもキリが無い。
「どこが安全なんだよっ」
もう十分程走り続けているが、今相手にしている奴は動きが早くて撒けそうにない。
(体力無駄にあってよかったぁぁ)
そんな事を考えている場合ではない。いくらステアーの体力が普通の人の倍はあるといっても限界がある。
「やっぱ…っ、体力ある内に攻撃した方がいいかな?」
ザッと踏み止まって敵の方へ向き直り、剣を手に取って敵にジャンプして切り掛かる。
「うわっ!」
だが、魔物は長い腕を振り回してくるので迂闊には近づけない、更に空を飛んでいるので剣では攻撃が届かなかった。
反撃を受けて吹き飛ばされてしまい、ステアーは地面に倒れてしまう。体制を立て直す前に魔物がこちらに飛び掛かってくる。何とかして攻撃を避けたが、また直ぐに向かって来て立ち上がれない。
「せめて、もう少し間が持てる武器だったらよかったのにっ!」
今更になって、魔法の授業をちゃんとやっておくんだったと後悔した。自分が使える魔法なんて限られていて、せいぜい病気を治す程度の事しか……うん。今は使えても意味が無い。
ドンッ
攻撃を避け続けていたその時、背中に倒木が当たり逃げ道が無くなった事を知った。前からは魔物が向かってくる。
「くっ!」
防御して切り抜けようと、剣を構えて身を縮込ませた。
だが……。
『キシャァァァァァ……』
「……?」
構えていた剣を下に下ろすと、魔物はこちらには向かって来ず、ステアーの少し手前で崩れ落ちており、その背中には槍が刺さっていた。
「お前、大丈夫か?」
逆光でよく見えないが魔物の上に誰かが乗っていた。魔物に刺さった槍を引き抜き、ストーンに戻している。
「だっ大丈夫……」
「そ、ならいい」
その人物は魔物の上から下りると、座り込んでいたステアーに手を差し伸べた。その手を取って立ち上がり、魔物を倒した人物の方を見た。良く見ると自分と余り年も変わらないくらいの少年だ。燃える様な綺麗な赤い髪を揺らし、同じく赤い色の目でこちらを見ていた。
「えっと……君が今こいつを倒したの?」
「はぁ?見てなかったのかよお前。つーか、こんな虫相手に何やってんだよ」
自分が必死になって逃げていた魔物を蹴りながら『こんな虫』ときたもんだ。
「はっ初めて見たんだ。大陸に来たのは今日なんだし……」
「何だ、外から来た田舎者か」
堂々とした態度でフンッと鼻を鳴らした少年は、同じくらいの歳の筈なのに、自分以上に戦い慣れているようだった。というよりも、この大陸にいて見慣れていたから大丈夫だったのかもしれない。
「こんな道をわざわざ通って、お前はこれからどこに行く気なんだ?」
そう言いながら少年は道の邪魔になると言って、片手で魔物を持ち上げて草むらの中に投げ捨てる。呆然としながらそれを見ていると、「さっさと答えろ」と怒られてしまった。
「王都まで……」
「……死ぬだろ?」
冗談言うなという目で見られてしまい、ステアーは苦笑いした。すると少年は深く溜め息をついた。止めた方がいいと言われてしまう前に、ステアーは言葉を続けた。
「会わないといけない人がいるんだ。だから、王都にある城に行かないと……」
「―――城に?」
一瞬で少年の目の色が変わり、まるで獣の様な目付きになった。それを見てステアーはビクッと震えた。何を考えているのか、少し考える素振りを見せてから再び前を向き直した。
「俺も行く」
「あの……?」
「お前に付いて行くって言ってんだよ。元々俺も王都の城に用があってこの道を通ってたんだし、弱いお前と一緒に行ってやるよ」
いきなりの申し出に、ステアーはきょとんとして何度も瞬きを繰り返した。慌ててステアーは色々と聞くが、全部心配いらないといった感じに返されてしまう。迷惑を掛けるかもしれないとも言っているのに、それも大丈夫だと少年は言う。
「俺はミュキ、十四歳……お前とそんなに変わらないぐらいだと思うんだけど?」
「俺は十三歳」
「名前は?」
「S・ステアー」
「変な名前だな?というか珍しい?まぁいっか、それじゃステアー。一緒に行こうぜ」
そう言ってミュキは先に歩き出してしまったので、少々強引な気もしたがステアーは急いで後を追いかけた。歩きながら色々と質問をしたりされたりと会話を続ける。そう言えば、同じくらいの歳の人と話すのは初めてな気もする。
「ミュキは何で城に用があるの?」
「……そういうお前は城の誰に用があるんだよ?」
質問したのに質問し返されて、はぐらかされてしまった。何か言いにくい事でもあるのだろうか?と思いつつステアーは質問に答えた。
「会わないといけない人が……城で何をしているのかよく分からないんだ。ただ、村に居た時に王親衛隊の人がその人を連れて行ったから……」
それを聞いてミュキは黙ってしまった。何かまずい事でも言ってしまったのだろうか?しばらくしてからステアーの方に顔を向け、その口からとんでもない事を言い出し、驚いて思わず足を止めてしまった。
「もしかしたら、そいつを殺すかもしれない」
ミュキは悲しそうな顔をしてこう言った。
変わってしまった国のせいで……。
「ふふふっ」
『何笑ってんだ?』
「ん?俺が笑っているのはいつもの事だろ?それより見てみな、少年同士が出会って一緒に旅をすることになった……あぁ、面白い」
水晶玉を眺めているリュウオウを見て、見えぬ声は呆れた。だが、そんな彼もまた面白そうにしていた。薄暗い中で水晶玉を見つめているので、ぼんやりと顔が映し出されている。
『お前が面白そうで俺は嬉しいけどよ。未来はちゃんとお前が見ている通りに進んでるんだろ?それで何が面白いんだか……』
「―――リン」
リンと呼ばれた見えぬ声が霊媒師の顔を見ると、口元は笑っているのに不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「ほらリン、雨が降ってくるよ」
空を見上げると雨なんて降ってこなさそうな天気だった。だが、この霊媒師が雨が降ると言っているのだから降るのだろう。
『未来が見える…か』
「この一年で変わる所は随分と変わったもんだ」
「そりゃそうだ。一年ってのは長い様で実は短いからな。特に、俺達みたいに忙しく行動している奴等にとっちゃ、長くても半分程度に感じる」
「俺は長くても一ヶ月程度に感じるよ」
今現在も時間は流れ続ける。深夜の音も無いこの城の中、つい先程から降ってきたこの雨が余計にその流れを感じさせ、どこか虚しくなってくる。この大雨の一滴一滴が今の自分達が感じている時間の流れの様に思えた。
「……だが、こんな感覚はまだマシなのかも知れないな」
「そうだな。中には俺達よりも時間の流れを早く感じ、変わりたくても変われない奴だっているんだからな」
「お前はどうだ?」
カロンの問い掛けにミチリュウは振り向いた。
「そうだな―――」
窓から手を伸ばし、雨を掴んでその拳を見詰める。
「変わりたくない……かな?」
ミチリュウの笑みに影が動いた気がした。その気配にレイフォンが気付いたが、そこには誰も……いや、何もいなかった。まるでそこの時間だけが止まっていたかの様に……。
俺は変わらなくていい。変わるのは周りだ……。
変われ変われ変われ変われ
回るんだ
時よ