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Fate Stone  作者: 黒雫しん
3/5

第2話 動き出す少年

 幅の広い建物の通路で煙がふわりと舞っていた。その煙を出している張本人は、何も考えずにただ外を眺めている。視線の先、空には鳥が何羽か飛んでいた。

「ふぅー……」

 風も無いので、煙は自由に空中を流れていた。首から掛けたペンダントを手に取り、その裏に書かれた『ミチリュウ』という名を見る。

「久しぶりに戻って来たかと思えば……何をしている?」

「よぉ、カロン」

 煙草を手に持ち、カロンと呼ばれた眼鏡の青年にへらへらと笑ってみせれば、青年は呆れた様に首を振った。そして、ミチリュウの隣へと歩み寄り一緒になって外を眺める。

「調子はどうだ?」

「お前が一年間も居なかったせいで、ストーン集めは全く持って進んでいない。代わりに研究は色々と進歩しているがな」

「なるほど……だから『あれの』技術を上げて、サイファーが俺に使ったやつみたいなのができたのか。正直、記憶が戻る保障なんて無かったから助かったよ……国王は?」

「一年間ずっと心配しておられた。お前のおかげで、ここ半年の間ずっと親衛隊は動きっぱなしだったんだぞ?」

「それじゃあ、後で国王に謝らないとな」

 もう一つ笑みを浮かべて煙草の火を消した。気楽そうに背伸びをしてから、カロンに背を向けてその場を離れようとする。

「ミチリュウ、お前……記憶は全て消えていたのか?」

 その問い掛けにミチリュウは後ろを振り向いた。少し考える素振りをしてから、口を開くと、その顔には笑みが見えた。

 

『自分から動かなくては何も得ることはできない』

 

「って、言葉だけはきちんと覚えていた」

 それを聞いてカロンは「信念の強さか」と苦笑した。ミチリュウはまた直ぐに歩き出す。

「何だ?もう行くのか」

「ああ、この一年の遅れを取り戻さなくてはいけないからな……」

「その前に、国王の所に行けよ?」

「あーそうだった」

 急ぎ足で途中の角を曲がり、国王の所へと向かったミチリュウ。通路にはカロンだけが残され、その場で窓の外を眺めた……なんて良い天気なんだろうか。

 そう思った瞬間、空から黒い羽が一枚目の前に落ちてきた。

(―――こういう天気の時は決まって現れる奴がいるな)

 落ちてきた羽を手に取り、目線は空に向いたままこう言った。

「何の用だ」

 バサリと羽ばたく音が聞こえた瞬間、いつの間にか隣の窓辺に金髪の男が現れ、堂々とそこに座っていた。青年と少年―――どちらとも取れぬ見た目をしている。

「様子見」

 男はにやにやとしながら答える。それを聞いてカロンは「あぁ」と分かったという感じだった。

「……何か面白い事でも起こるのか?」

「そうだねぇ。起こるっつーよりも、もう起こってるの方が近いかな?」

「それは、俺達にとって障害となる物か?」

「さぁ?どっちにしろ、俺がずっと前から面白いと思ってた事が起きたんだ。わざわざ南の国から戻ってくるぐらいだって所から、察して欲しいねぇ」

 お土産と言って、南国果実の詰め合わせの様な物を手渡した。南の国のポルナ王国で今人気だという変な人形も付いている……正直いらない。嫌そうな顔をしていると、くくっといきなり笑い出した。

「その嫌がる顔、見えてたけどいいねぇ」

「……ワザとか」

 溜め息を付きたくなったが止めた。これ以上嫌がる行動をすれば、この目の前で腹を抱えて笑っている馬鹿は更に笑い出すだろう。男はしばらくの間、横で笑っていたが大体落ち着いてきた所で視線をこちらに向けてきた。

「それじゃ、俺は面白い事が起こってる奴に会ってみるわ」

「ああ」

 男は窓に飛び乗ると、そのまま外に身を投げ出した。窓の下を見て見れば、そこにはもう誰も居ない……。

 カロンは手に土産を持ちながらもう一度空を見上げてみた。

「いい天気だな……」

 

 

 

「あーいい天気ー」

 これぞ快晴と言える空の下、一隻の船が海の上を航行していた。波も穏やかで何の心配も無く目的地まで行けそうだった。

(それにしても……)

 そんなとてもいい状況とは裏腹に、少年ステアーの顔は真っ青だった。ステアーは生まれてから一度も故郷の島から出たことが無かった為、こんな長時間海の上にいることなんて今まで一度も無かった。つまり―――。

「ちょっと君大丈夫?」

「すみません……ちょっと船に弱いみたいで……ぅっ」

 少年は船に酔いやすかった。その弱り切った体を、近くに居た女船員が隣にしゃがみ込んで背中をさすって心配した。ステアーは苦笑いをしながら女船員に謝るが、酔いはよくはならない。

「中で酔い止めの薬を貰えるから、飲めるようになったら飲んでおいた方がいいわ」

「大丈夫です……もうすぐ港には着くんですよね?」

「確かにもう少しだけど……」

 少年はどう考えても港まで持たなそうだ。何か気の紛れる物でもあれば良いのだが、何を渡せば良いのか女船員には全く検討も付かない。

 ステアーが苦しそうに唸っていると、耳にキーンッと響く程の大きな音が鳴り響く。その音は警報音だそうで、女船員は「また!」と驚いて立ち上がった。

「もう、最近多すぎる!」

 女船員は急いで走って行き、ステアーもふらふらとしながら後を追った。

 船首まで辿り着くと、魚介類っぽい見た目の魔物が船の上で陣取っていた。幸いにも、怪我人はいないようなので女船員は安堵したが、周りを確認すると直ぐに魔物の方に体を向け、ストーンを取り出した。そのストーンを握って拳を魔物へと向けると、魔物の方へ火の玉が飛んでいった。女船員の使ったストーンには、魔力が込められていたようだ。

「やったかしら……?」

 もくもくと立ち上がる煙を見つめ、様子を伺いながらゆっくりと魔物の居た方へ近付いていく。煙が徐々に消えていき、魔物の居た所を見るとそこに魔物は居なかった。

『ァァァ!』

 上から奇妙な音が聞こえた次の瞬間、上を向いた女船員の目の前には魔物の顔が直ぐそこまで近付いていた。「逃げられない」と思い、女船員は動けなくなってしまう……だが。

 キィンッ!

『グガッ』

 金属音が聞こえ、女船員が恐るおそる目を開けて見ると、そこには剣を構えて魔物の攻撃を防ぐ少年の姿があった。

「大丈夫ですか?」

『ァァァァ!』

「女性には―――」

 少年は力で魔物を押し返し、魔物の体制を崩してそのまま一気に踏み込んで魔物を真っ二つに切り倒した。

「優しくしないと駄目だよ?」

 

 

 魔物との戦闘ですっかり船酔いも醒めたステアーは、甲板の上で風に当たっていた。今は丁度昼頃で、太陽の光が最も眩しい時間だった。

「貴方も戦えるのね」

 太陽の光に目を細めていると、先程の女船員がステアーの横に並んで言った。

「『も』?」

「一年前にもいたのよ。この船に乗った乗客の中に凄腕の人がいてね、君みたいに船に現れた魔物を倒したの。けど……その後、もう一度甲板に現れた魔物に海に落とされてしまって……そのまま嵐の海の中に飲まれて行方が分からなくなってね」

 一年前……もしかしたらそれは、ミチリュウの事かもしれないとステアーは思った。ミチリュウは嵐の次の日に海岸で見つけたのだから……。

「私達には生きているのかも死んでいるのかも分からない。……まだお礼を言ってなかったのにね」

「その方は……その方は生きていますよ」

「えっ?」

「俺の住んでいた島に流れ着いて、俺の師匠をしていました」

 ステアーが微笑みながら言うと、女船員は驚いた表情をして目をぱちぱちと瞬かせていた。落ち込んでしまっていた女船員は「凄い偶然ね」と言って苦笑する。そして、師匠は今はどこにいるのかと質問された。その質問にステアーは眉をひそめた。ミチリュウは恐らく、王都にいるに違いない。あの王親衛隊の人に付いていったのであれば、そのまま王都まで行った可能性が高い。

(だから俺は王都に行かないと)

 俺は『知りたい』と強く自分から願った。ならば、師匠本人に聞かなくては意味が無い気がする。だから俺は………。

「大丈夫?」

 はっと我に返ると女船員が心配そうに顔を覗き込んでいた。慌てて手を振り大丈夫だということを示す。

「すっすみません。ちょっと色々と思い出してしまって……今師匠は王都にいるんですよ。次の日の船が来る前に居なくなっていたから、召喚獣でさっさと行ってしまったんだと思います」

「そう言えば、知り合いに召喚士がいると言っていたわね」

 そう。あの王親衛隊の人がいたなら、召喚士を呼ぶ事だってできる筈だから……あの人も、船で島に来たという目撃情報は無かったから来る時もそうだったのだろう。

 会話を続けている内に船員が動き始めたので、それを見て女船員も話を終えて作業に取り掛かった。どうやらもうすぐ港に着くらしく、船首の方へと向かってみると少し先に陸地が見えた。

「これがギルベング王国の中心、第一大陸……」

 初めての大陸にステアーの心には不安が募った。だが、同時にそれを上回る好奇心が溢れ出た。目的があって大陸に来たのに、それを一瞬忘れてしまうのではないかというぐらいだ。

 今まで島から出た事の無かったステアーにとって、大陸は自分の知らない物だらけな場所なのだ。知らない物、知らない町、知らない魔物……魔物は困るだろうがそれでもワクワクしていた。

 だからなのか、港に着いて船から降りようとした瞬間……顔面から転んでしまった。

 

『自分から動かなくては何も得ることはできない』

 

 まぁ……いっか。これも得た物の一つという事で……。

 


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