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鉛管少年

作者: kana

短いユーモア、ギャグ小説ですので気楽に読んで頂けたら幸いです。ちょっとした感想でも頂けたら、さらに嬉しいだろうと想像します。

 中学生ですでに英語、フランス語など外国語に堪能、英文学に親しんでいた木村翔太は校内を薔薇と百合を咲かせながら、颯爽と歩いた。脇に楽譜を抱え音楽教室へと向かうとちゅう、すべての生徒は立ち止まり、彼が駆け抜ける様を見守った。翔太は駆け抜けるかのように歩いてみえた、というよりも彼が歩くことが駆け抜ける君、だったのである。


 翔太はまたスポーツにも秀で、小学校高学年の頃、乱暴者の抱きつき強盗をとっ捕まえて警察に表彰されたほどでもあった。

 そんな翔太にも悩みがあった。進学についてである。


 翔太の家は家計に苦しく、七人の美しい弟たちのことを考えると卒業後すぐにでも働かなければならなかった。彼自身も、じゅうぶんに勉学は果たした、お遊戯はもう充分だと自身に言い聞かせつつも、自意識の高まり迫る年頃、学友、というより支持者たちの熱い期待に押しつぶされそうになり、中学三年の三学期に突如転校、彼らのまえから姿を消した。転校先は元々自分の住む貧困区域の学校だったため、むしろこれまでが自身を自分の居場所から消していたともいえる。


 といってもすぐに卒業、自分一人だけなら進学はできたが、家計の逼迫、弟たちを食わせていくために飲んだくれの父の勧めもあってすぐさま鉛管工として働きはじめた。鉛色の作業着に身を包み、すぐさま鉛管のあらゆる技術を身につけた。まだ十五才、手取り十一万一千三百五十円であった。


 翔太は諦めることなく、その駆け抜けるような足で休みの日には中学生の頃の制服ではるか遠方の図書館に通い、ビクトリア朝の文学を研究し続けた。外出着は作業衣か制服しかなく、作業衣は元からの鉛色に苛烈な労働で鼠色、土留め色、うんこ色などが加わり洗濯では落ちない色とりどりの汚さであったからである。


 働き詰めのなか、中学の頃の知己を介して英文学の論文をエディンバラ大学に送るとまもなく返事がきた――もっとも英文学に愛された男――その返事も知己のパソコンに送られたものである。

 そこにはすぐにでもイギリスに来られるよう厚遇する旨が記されていたが家族のことがあった。翔太は正直に家族の貧困、飲んだくれの父、汲み取り式の便所に行ったまま帰ってこない母親のことを記した。美しい弟たちの写真も添付した。知己には悟られないよう、この時点で殺した。だから知己とその家族の墓は翔太の家の便所にある。


 鉛管工の仕事はうまくいっていた。お給金も三百円あがった。この貧困区域の外のお金に換算すれば三万円、約百倍のアップであったが、貧困区域も同じ日本国であり、あくまで喩えであって、気持ちいくら? みたいなものである。


 ちょうどその時、同僚の鉛管工仲間や親方の目に止まり、彼は鉛管工としては百年に一度の逸材と謳われた。貧困区域では「鉛管の翔太」として尊ばれた。飲んだくれの父も「ようやった」と息子を称えた。


 親方に呼ばれ同僚たちに囲まれ翔太の鉛管工としての素晴らしさはそれから毎日のように崇められた。先輩たちも「翔太にはかなわないな」と肩に手を置いて自分のことのように得意気に語った。背を軽く叩かれ「俺たち鉛管工の誉れだよおまえ!」と毎日言われ続けた。まったく素直な喜びを同僚たちは隠そうとしなかったが、そんなあくる日翔太は自宅で首を吊って自殺した。狭い部屋の中、気づかれずに弟たちが犇めきあって首を吊った兄の真下の布団の中で寝ていた。みんなの顔に等分の小便が遺書として降りかかった。


 貧困区域の人々皆が悲しんだ。その貧しさにもかかわらず町をあげての盛大な葬儀となった。


 鉛管がたくさん立ち並び線香に見立てられた。真ん中には人が入れるくらいの大きな鉛管に入れられた翔太の棺桶が置かれた。しばらくするとその大きな鉛管から煙が立ち上がり、町のみんな、同僚、父、弟たちが見守っていた。同僚の一人が「俺たち鉛管工の英雄だ、俺たち鉛管工にしかわかるめえ」と言った。親方は「おれたちの何倍も仕事ができた、おれが見てきたなかでもっとも鉛管に愛された男だ」と弔辞を読んだのだった。


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