からかいは計画的に
2023/08/17…全体的に修正
夕日で学院が満たされる頃、カフェテラスで担任クラスの小テストの採点をしていたギルバートの元に小柄な青年が現れた。
「やあ、ギル。仕事お疲れさま~」
「ネスター! 久し振りだな。戻って来てたのか」
一年振りに再会した友を見て、ギルバートは頬を緩めた。マリオン曰く猫かぶりという社交用の物でなく、自然な笑みだ。
「そーゆーのはマリオンちゃんにやってあげた方がいいよー」
「……」
人懐っこい表情でネスターは諭すように言った。逆にギルバートの表情は笑顔のまま固まる。
「何故そこでマリオンが出てくる」
「んーその様子だと、一年経っても何もなかったんだねー」
ギルバートの質問に答えず、ネスターはさらに変なことを言い出す。
「お互い社会人になって一緒に遊ぶ時間が減ったとしてもさ~、同じ街にいるんだから少しは何かしようよ」
「おい」
「マリオンちゃんは案外奥手だから、ギルからガンガン行かないとダメだよ~」
「勝手に話を進め」
「マリオンちゃん綺麗になってたね~。気安いし頼まれたこと断れないし、男からしたら結構狙いやすいよね~」
「……それで、何の用でここに来た?」
ネスターの戯言が止まる様子がなかったので、ギルバートは話を終わらせようと話題を変えた。ネスターは「だからヘタレって呼ばれるんだよ?」とほわほわとした表情で毒を吐いたが、ギルバートが言っていることは正しいので、彼を呼びに来た理由を告げた。
「せっかく帰ってきたことだし、みんなで集まって飲もうってことになったんだ~。お互いの近状報告――こっちとこの街の様子だけど――も兼ねてね。それのお誘い。ユウとミレディちゃんにはもう言って来た。二人とも来るってさ。子供たちは前院長さんや年長君たちが見てくれるから大丈夫だって」
「そうか分かった。今夜は予定ないし行くよ。んで場所は?」
「マリオンちゃん家」
「まあいつも通りだな。あいつんちは無駄にハイスペックだから、酒入って騒いでも問題ないか」
マリオンの母親はこの国随一の魔術師であり、『魔女』でもあった。その性格は自由の塊のような物で、マリオンが十歳の頃から夫と共に趣味で世界中を回っている。週一で手紙を送ってきているので子供を大切にしていないわけではないらしい。特にその様子を窺えるのがブレッカー家なのだ。
大量の魔導書などをしまう書斎や魔術具などを造る工房があるが、元は普通の一軒家なので、間取りは一般家庭のそれに違いない。だが目に見えない部分で高度な魔術が施されている。頑丈さ、防火性、防音、泥棒避け、空調や道具などの設備が最上級の魔術で強化されている。ついでに『魔女』の魔法と、マリオン父が得意としていた「機巧」といわれる技術も使われて建てられたマリオンの家は、最高威力の攻撃をその建物内外で放ってもビクともしないモンスターハウスなのだ。
それを造った理由が一人になる十歳のマリオンを守るためというのだから、すごい。いやだったら愛娘が成人するまで旅に出るなよとも思う。
「そ、だからさあ、お酒飲んで一線越えちゃいなよ~。マリオンちゃんお酒弱いし、さすがにしちゃったら、ねえ?」
「……そんな犯罪紛いなこと、誰がするか」
危ないことを進めてくる幼馴染に静かに返す。ネスターは無害そうな顔しているのに有害なことをさらっと言う。流されたら終わりだ。
「男は覚悟を決めることも大切だよ?」
「無駄なところで覚悟を決めるな。……! 自分の教員個室戻って採点してくるから先に行ってていい」
「え、待ってるよ? イェーナちゃんに連れてくるように言われてるし。てかなんでいちいち部屋戻るの~?」
「余計な時間が掛かるからだ」
そう言い残すとギルバートは足元に魔術陣を展開し、あっという間に消え去った。―転移ーの魔術を使って各教師の部屋へ戻ったのだろう。広大な敷地を持つこの学院は、職員室以外にも各教員用に個人の部屋を渡される。信任だとしてもだ。なんと恵まれた職場なのか。
ギルバートを待つ間、久しぶりに学院カフェのスイーツでも堪能しようと思い、ネスターは注文カウンターの方へ向かった。そこで仲が良かった厨房のお姉さんを見つけた。注文ついでに彼女との世間話をし始めると、なんとも騒々しい一団がやってきた。
「ギルバートさまぁ~! ここにいらして……っていないじゃないの!」
「そ、そんな。我々の情報網によると本日はここにいらっしゃるはずで」
美しく波打った金髪に猫のように勝ち気なつり目、そして豊満な身体。しかしまだどこか初々しさを残す女性が、大量の男子生徒及び男性教師を連れてカフェテラスの入り口を占領したのだ。
それを見てネスターは自らの失策とギルバートの危険感知能力の高さを認めた。彼女はギルバートに付きまとう彼の同僚、コーネリアだ。実家は元貴族、今は大商人であり、わがまま贅沢し放題で育ってきた。そしてその美貌で男たちを手に取る魔性の女でもある。同級生なので、学生時代からその行動は知っている。
ストーキングされ気味のギルバートはもちろんのこと、ネスターたちはあまりコーネリアに良い印象を持っていない。面白いことが大好きなイェーナでさえ彼女を毛嫌っていているし、特にマリオンはかなり苦手にしていた。わかると思うがある理由で非常に陰湿かつ大胆な嫌がらせをされていたのだ。マリオンが高等科に進まず卒業したのは、彼女のせいもあるとネスターは思っている。
「あら、そこにいるのはネスター・ハンク?」
「いえ、人違いです」
「ギルバート様はどこ!?」
関わりたくないネスターは真面目にシラを切るが、そう簡単に引き下がるコーネリアではない。ヒステリックに詰問するコーネリアを周りの男たちは必死に宥めた。
「知らないよー。君が来る前に歩いてどっかに行っちゃたし」
少しの嘘を混ぜながら事実を話す。ギルバートが魔術で飛んで行った部屋はここから離れているので、徒歩なら彼女たちが辿り着く前に採点も終わるだろう。
ネスターの言葉を真に受けた一団は「歩きならまだ遠くに行ってません!」「すぐに追いかけましょう!」と提案する。教師資格を持ちながら、実はそれほど頭の良くないらしいコーネリアも同意してくれた。
「それではネスター・ハンク、マリオン・ブレッカーさんによろしくね?」
そうよろしくない言葉を残し、コーネリアと一団は去って行った。嵐のような彼女たちを見送り、ネスターはギルバートへの労いとちょっとした疑問を口にした。
「どっちに行ったかは聞かないんだ」
***
コーネリアと会うことなく今日の仕事を終わらせたギルバートと、学院カフェの名物スイーツ“三種類ベリーのミルフィーユ”を堪能したネスターは、飲み会の会場であるマリオン宅に向かっていた。
途中ギルバートが「手ぶらじゃ悪い」と言って“東菓子あんこく堂”という店に寄った。
「マリオンちゃん好きだもんね~、ここの葉っぱ餅」
「あいつのためじゃない!」
ギルバートの勢い良く否定したが、ここら辺の住民は彼と彼女の関係を知っているから微笑ましく見ていた。今後の噂は当分これだろうか。
ぶつぶつ文句を言うギルバートを引っ張りながら、ネスターは大通りを外れ庶民的な通りを進む。同じような家が立ち並ぶ住宅街でもすぐにマリオン宅は見つかった。その家の前にすでにユウとミレディがいたからだ。
「どうしたんだお前たち? マリオンたちは?」
「……留守」
「テーブルの上にマリオンちゃんからのメモがあったんですが、『井戸に潜ってくる』、だそうですわ」
端的に話すユウをミレディが補う。ミレディの言葉を聞いてネスターは「もう行っちゃったんだ」と呟いた。それを聞き取ったギルバートは彼に尋ねた。
「井戸で何かあったのか?」
「帰ってきたとき、近所の子供たちに『遊び場の井戸にモンスターが住み着いてるみたいだから退治して来て』って依頼されたんだ。母さんたちも心配してたから、一回行ってみたけどイェーナちゃんじゃ出てこなかったから、マリオンちゃんに頼めないかなぁって。……ああ、だからギルをちゃんと連れて来いか」
一人納得したネスターに、他の三人は疑問符を浮かべる。
「イェーナちゃんでは出てこないからマリオンちゃん、というのはどういう意味ですの?」
代表でミレディが聞いてみると、ネスターはイェーナのように隠すことなく説明した。
「住み着いちゃったのオーガみたいだからさ~。イェーナちゃんは対象外? だからマリオンちゃんに頼もうって――」
「あんのアマッ! とっとと行くぞ!!」
周りの人から爽やかイケメン教師と言われている彼とはかけ離れた言葉を吐きながら、ギルバートは例の井戸に向かって走り出した。
「どうしてギルさんはそんなに急いでますの?」
「……マリオンが危険」
「色んな意味で危ないからねー」
オーガは食人種。つまり人を餌としている。特に若い処女の肉を好むようで、オーガによる少女の拐かし事件は少なくない。そしてごく稀に、成人的なヤバいことをする個体もいると報告が挙がっている。そのような内容をネスターがユウの手前、ミレディに濁して教えれば、さすがに彼女も顔色を青くした。
「は、早く行きましょう! 鍾乳洞を壊さないために!」
先行したイェーナとマリオン、二人の戦闘能力を考えればオーガぐらい大した相手ではない。しかし万が一、オーガがマリオンにかすり傷でも負わせていたら、鍾乳洞は火の海となるだろう。
子供たちの遊び場を守るため、残りの三人も井戸に急いで向かった。