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面白さ至上主義

2023/08/17…全体的に修正

「はっはは! それは良かったじゃねぇか。帰りは一緒に帰ってきたんだろ」

「どこが! 帰り道ずっと説教だよ! 夕飯もたかられた!」


 土産で持ってきた干物を自ら摘まむ黒髪の美女・イェーナの回答にマリオンは反論する。

 冒険者として、もう一人の幼馴染と共に世界中を渡り歩いているイェーナがこの街に帰ってきたのは、実に一年振りだった。再会してすぐ彼女たちの冒険譚やマリオンほかグレックスに残っていた幼馴染みたちの近状も報告し合おうという話に決まった。場所は今までと変わらずマリオンの家。そこが一番集まりやすいのだ。

 マリオン以外の三人にはもう一人の幼馴染にして相棒のネスターが伝えに行っている。寄り道をしやすいイェーナよりのほほんとしたネスターの方が「ほんのちょっとマシ」という理由である。


 その間、二人は先に飲み会を始めようとしていた。まだ日は高いのでマリオンはジュースやお茶を飲んでいるが、ザルであるイェーナは全く頓着することなく酒瓶の蓋を開けてしまう。そしてなみなみと中身が注がれたグラスを片手に悪魔のような笑みをマリオンに向けた。


「んなこと言って、わざわざ作ってんだからたかられたわけじゃねぇだろ」

「う」


 自他ともに脳筋と認められているイェーナに痛いところを突かれ、マリオンは言葉に詰まってしまった。確かにあの日、ギルバートは「腹が減った」とは言ったが、「作れ」とは言ってない。あまりに卵を一心不乱に見つめるから、マリオンが夕飯を多めに作ってしまっただけだ。


「にゅ、ニュアンス的に『作れ』って言われたんだよ!」


 余りに苦しい反論にマリオン自身も居たたまれなくなる。そんなマリオン様子を楽しそうにイェーナは見ていた。

 彼女は「面白さ至上主義」を掲げている。後先を考えない刹那的な生き方だが、彼女はそれを変える気はない。

 そんなイェーナが地元への帰還時一番の楽しみにしていたのは、幼馴染の色恋沙汰。対象はもう腹一杯なミレディとユウではなく、常に変化を続ける、いやむしろ一向に先に進まない残りの二人だ。それをどう傍観、そして引っ掻き回すか、彼女は楽しみで楽しみで仕方がなかった。


 ニヤニヤが止まらないイェーナにマリオンはため息をついた。今の彼女を止めるには、古代竜(エシェントドラゴン)かゴリマッチョ筋肉さんの襲来しかない。彼女は戦いと筋肉さんが好きなのだ。

 しかしそのような都合の良いことも起こらず、時間は刻々と過ぎて行った。マリオンは次々と墓穴を掘り、すでに身動きが取れなくなっている。

 そこでマリオンは流れを変えようと、必死に話題を変えた。


「そ、そういえばネスター遅いね」

「話を変えようとしても無駄だ、と言いたいが確かに遅ぇな。どこで道草食ってんだか」


 外は日が傾き始めていた。グレックスの街は土地勘と目的があるなら、歩き切るのにそう時間はかからない。ネスターが呼びに出かけていったのが昼過ぎぐらいだから、彼はかなり寄り道をしていると考えられる。


「ほかの奴らが来るまで暇だなぁ。からかうのも飽きたし。そうだマリオン! 暇つぶしに井戸に潜ろうぜ」

「井戸? この歳で!?」


 上下水道の整備されたグレックスには、下町エリアにいくつか使われなくなった井戸が存在する。マリオンたちの遊び場にあった井戸は枯れていたので、子供の頃はよく潜って遊んだものだ。大人たちにはよく怒られたものだが、井戸の底にある鍾乳洞への入り口は子供たちにとって最高の冒険先である。遊びに入るのを止める気はなかった。

 まあモンスターの情報は出ていなかったから、大人たちは怒りながらも井戸を取り壊したり封鎖したりすることはしなかった。大人たちだって昔は遊んでいたのだから、「そこで冒険ごっこをしたい!」という子供たちの気持ちは良くわかっていたのだろう。


 井戸に潜るのは楽しい。そのことはよくわかる。しかしマリオンたちはすでに成人した大人だ。子どもたちの遊び場に大人が暇つぶしで行くのは少し抵抗があった。


「何言ってんだよ。遊びじゃねぇ、仕事だ、し・ご・と。帰ってきたらガキどもとおばさんたちに言われたんだよ。井戸の底から変な唸り声がするから見て来てくれってな。そういうわけだ、行くぞ」


 イェーナはマリオンの返事も聞かず、壁に立て掛けていた大剣を手に取り、外へと向かった。


「ちょっと、勝手に行かないでよ!」


 マリオンは手短にメモを残してイェーナの後に続いた。頼み事を断れないのはこの前も言われた通り彼女の性格でもあり、また役に立ちたいという思いがあるからだ。この行動がお世話になっている人たちの役に立つのなら、答えは当然「行く」となる。


「アンタはいつまで経ってもお人好しだな」

「イェーナだってそうじゃない。帰って来てそうそう依頼受けるなんて。報酬ももらってないでしょ?」


 冒険者であるイェーナたちは基本金欠だ。イェーナたちの冒険者レベルは上級で、成体の邪竜くらいなら倒せる程強いから収入は同業者と比べたら多い。だが依頼のレベルが上がると共に命の危険も増える。武具や回復薬、冒険者セットなどへの出費も多く、中々お金を貯めるというのは難しいという。そんな冒険者が無償で依頼を受けるとは。


「当たり前だろ。ガキは別としておばさんたちには世話になってんだから。それに、あたしらの遊び場を取りやがったんだ。お礼参りはしないとな」


 豪快に笑うイェーナにマリオンは苦笑いした。そういう考え方は昔も今も変わらないが、そういうところが好きである。


「でも、一体何がいるんだろう」

「さあな」


 頼もしい姐御とお人好しは暗くなり始めた空を背に、遊び場の枯れ井戸へと向かった。



 マリオンは気づいていなかった。イェーナの筋肉質な頭の中にあるもう一つの笑顔に。


 イェーナは冒険者だ。ご近所さんからとはいえ、裏の取れない依頼は受けないし、最低限の情報は仕入れてから行動に移る。もちろん今回も情報は仕入れ、井戸の底にいるモンスターの推測もだいたいできていた。

 ただマリオンに伝えていないだけだ。伝えれば他のメンバーが来るまで待とうと言い出すから。

 イェーナの脳内計画によると、今回はマリオンが先、その後他のメンバー、特にあいつが来なくてはいけない。


(ネスター、ちゃんと連れて来いよ。でなきゃ面白くねぇかんな!)


 マリオンにとってその計画が吉なのか凶なのか、まだわからない。

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