食事大事
気楽にお読み下さい。
青空の下、マリオンは広場のベンチに座りながら、ぼけーっと先ほどの言葉を思い返していた。
『マリオン・ブレッカー様ノ残金ハ0ゴールドデス。ゴ利用アリガトウゴザイマシタ』
銀行の式現金自動預け払い機巧、通称「えーてぃーえむ」から告げられた現実はあまりにも無情だった。
「……まぁ、いいかな。なんとかなる、よね? だよね?」
彼女にとって金欠など日常茶飯事ではあるが、流石に貯金ゼロはヤバい。
定職という訳ではないが、マリオンは冒険者と物作り屋をしているので、収入はあったはず。ないのはどこかで使ったからだ。あれば必要に応じてギリギリまで使ってしまう自分の性質はわかっているので、収入からある程度はえーてぃーえむに貯金していた。手元に残しておく方が多かったし、足りなければ引き出していたので大した貯金額ではないが、ゼロになるはずはない。一、二ヶ月くらいは普通に生活できるくらいの金額があったはずだ。
原因を考えつつ、暖かな陽気で眠くなってきたが、お腹が鳴って現実に引き戻される。仕方ないのでマリオンはベンチから立ち上がり、歩き始めた。
今日もこのグレックスの街は活気づき、通りには街の住人も旅人も冒険者も入り乱れている。
西大陸イーザスにあるノンステリア共和国の首都グレックスには世界有数の魔術学院があり、治安も良いので物見遊山に訪れる人も多い。一方で周辺地域にはモンスターの生息範囲や古代遺跡なども多数あるため、それらを討伐・探索する冒険者たちも後を絶たない。そのためこの街は常にお祭りのような活気があった。
まあ、今のマリオンにとってはどうでもいいことである。今彼女が抱えているこの問題は、魔術学院や観光業で解決できるようなシロモノではないからだ。
「母校のカフェも、今の手持ちだったら何も買えない……」
お安いお菓子から、高価なフルコースまで揃う魔術学院の食堂をマリオンは思い浮かべた。彼女もこの魔術学院の中等科を卒業している。比較的教育水準の高いこの西大陸ではどの学校も中等科までなら無料で通えるからだ。さらに高等科を卒業すれば高確率で安定職業の公務員や大手の商会などにも入りやすい。のだが「お堅い感じの職場とか、ガムシャラに働くとかはしたくないなぁ」というふわふわした考えが彼女を支配していたあの頃、特待生ポジションを蹴ってマリオンは社会人と化した。
特待生という様々な特典の付く肩書きを蹴ったのだから周りからは奇妙な目で見られる。エリート志向の強いクラスにいたから余計に。もう中等科卒業から数年経ったが当時の教師はまだ健在だし、エリートで大学まで出てそのまま学院に就職したヤツまでいる。魔術学院に近付くのは彼女にとって躊躇われる。
ぶっちゃけ、会いたくないヤツがいるし。
話は逸れたが、今彼女が直面している問題は簡単、“食事”である。
三度の食事をしっかり食べる! というのが矜持ではないが、昨日のお昼にパンを一個食べ、水で空腹を満たしてきたマリオンの腹は限界に来ていた。
買い溜めしていた非常食の賞味期限が一年ほど過ぎ食べられなかったのも大きい。さすがに動く謎の菌類が発生した物を食べる気にはならない。
所持金は小銭数枚。そのため銀行のえーてぃーえむまできたのに、その貯金額は所持金より少ない。ゼロだ。今の所持金では学生向け価格、かつ周辺住民でも入れる魔術学院のカフェのお菓子だって足りない。あと小銭一枚が。あれより安く買える、安全な食料品をマリオンは知らない。
食事がしたい。だが金はこの通りない。食い逃げという罪は求めていない。知り合いも大体金欠だからたかりに行くわけにもいかない。
そんな中、閃いたのがこのフレーズ。
『一狩り行こうぜ!』
グレックスの街から歩いて一時間、マリオンの足で三十分程度の距離に自然豊かな森がある。そこには山菜野草はもちろんモンスターを含む野生生物もたくさんいた。
私有地でもなく許可書が必要でもないこの森でなら、おなか一杯食べても無料だ。噂によれば腕に覚えのあるホームレスや無職はここに定住しているらしい。
小さいが工房付きの自宅を成人を機に親から譲って貰ったマリオンは森に住む必要はないが、食材を無料で手に入れられるこの森は今はまさに天国である。
マリオンは愛用の魔導銃二丁の確認をして、外門を出た。
今夜の夕食は鍋がいい。
***
まずは野菜集めだ。この森は植物系に馴染みやすい魔力が多いのか、野菜でさえもモンスターになる。ちなみに「モンスター」と一般生物の違いは、程度はあれど魔力を操れるか否かである。
この森固有種の野菜モンスターも自分で操れる魔力を有し、そしてその魔力を使って動いたり、敵対物に攻撃をしてきたりする。ただまあ数は多いがレベルは低く弱いため、子供がお使いで採取を頼まれることもある程度のモンスターではある。たまに恐ろしい人喰いトマトが現れるらしいという噂を聞くくらいだ。
マリオンは畑に生えている野菜を引っこ抜くのと同じ感覚で野菜モンスターを狩っていく。
ニンジーン、ジャガジャガ、タマネギ戦士等々。
途中でピマンというもっとも子供に嫌われている野菜モンスターにあったが、マリオンは構わず狩る。ピーマン嫌いな鬱陶しい知り合い避けのためだ。
鍋に入れる野菜が揃ったところでメインのお肉だ。この時期なら野ウサギがいそうだ。だが、
「いっないなー野ウサギちゃん。今日モンスター多かったし、それと関係ある?」
“魔術学院特製通学鞄”という、ある一定の重さまで何でも入る鞄を勝手に改造したウエストバックに、さっき狩ったキャンベツというモンスターの戦利品を入れながら呟いた。
森に入って小一時間。見かけるのはモンスターばかりで普通の動物は見かけない。
たまにモンスターが大量発生し、普通の動物が逃げ隠れしてしまうことがあるのだが、今日はそのパターンかもしれない。
「あ、そういえばミノッコ」
銀行に行く途中の酒場で「ミノッコ」というモンスターが大量発生という文字があったかもしれない。
ミノッコというのは、成長するとたまにミノタウロスという上位モンスターになるかもしれないモンスターだ。
紹介文の通り危険生物になるのはかなり確率が低いが、「ほっといたら全部ミノタウロスになっちゃって、近くの街がひとつ壊滅した」という恐ろしい事例があるので、見過ごすことができない。
その容姿は一メートルから二メートル前後の牛。名前とは比べ物にならないほど良いガタイ。気性も荒く、突進が得意だ。ただミノッコの時は自分の縄張りから出ない。それが壊滅した街を油断させていたのだろう。
大体十数体の群れで過ごしているため、弱くても一人で討伐しに行くのはやめた方がいいと、どこの依頼仲介所も忠告する。
本日は大量発生ということもあって、数十体は群れているだろう。一人など気が触れている。
命知らずな冒険者もやっていたとしても通常ならそう判断し、地道に野ウサギ探しを続行していただろう。
だが今のマリオンは“極度の空腹状態”であった。
「ミノッコ……牛……牛肉!!」
ミノッコの肉は牛の肉に似ている。完全成長体となれば天然干し肉のごとく固い筋だらけの珍味だが、その直前のミノッコの肉は柔らかく霜が降りほっぺが落ちるほどの美味だという。
数十体もいれば一体くらいは高級牛になっているだろう。
そうろくに回っていない頭で結論を出したマリオンは―感知―の魔術を使いミノッコ群を探した。
「……いた」
今の位置から北、森の深部へ十キロ。
マリオンは地面を蹴った。―加速―と―重力緩和―の高等魔術を瞬時に発動したマリオンのほんの十分程度で目的地に辿り着いた。
そこは広めの水辺で、文字通りミノッコに埋め尽くされていた。足場の踏み場もない。小柄なミノッコとか若干浮いてるよ。
「大量発生し過ぎ。でもまあ、オッケー!!」
跳躍した。―重力緩和―と新しく―脚力増加―を発動させたマリオンは上へ十メートルほど跳べる。
頂点に達する辺りで身体の上下を反転させた。防塵ゴーグルを装着する。地面のミノッコたちに照準を定め、銃身に一つ魔術を施行、二つの銃口の前に何重もの魔術陣を展開させる。
「『―弾丸変更→散弾―/―物質速度上昇―』『―物質増殖―』『―風属性追加―』『―範囲増加―』いただきます!!」
引き金を引く。軽い衝撃のあと、魔術陣を通過し性能が付加された弾丸が次々とミノッコたちに降り注いだ。
魔導銃は使用者の魔力を中央機関の魔石で弾丸に変換し発射する。つまり中央機関が壊れないか、使用者の魔力が在る限り撃ち続けることができる。
幸いなことにマリオンの魔導銃はどちらも名機中の名機であるし、彼女自身も「魔力バカ」と言われるほどの魔力量を有していた。
見える範囲全てに銃口を向け引金を引く。土埃と水飛沫が視界を覆う。しかし―魔力目視化―の魔術陣が埋め込んである防塵ゴーグルには、マリオンが放った弾丸とは確実に違う大きさの物体が一体だけ見えていた。
「いるね、高級牛候補」
成長し、あの攻撃では一撃で倒れないスターテスを持った個体。マリオンが狙う獲物だ。
地面へ着地すると同時に高級牛候補に向けて貫通性の高い弾丸を放つ。
狙うは喉。そこを貫けばたいていのモノは死ぬと誰かが言っていたような気がする。
だが、そうは問屋が卸さない。
銃弾が届くより一瞬早く高級和牛候補がそれに気づき、立派な角で弾いた。
鼻息荒くマリオンを睨みつける高級牛候補、いやミノッコさん。
「いや、あの、すみません。悪気はないんです。ただお腹が減ってるだけなんです。はい」
睨まれるのは怖い。だってマリオン、まだうら若き乙女だもん。
「そんな強いのに乙女なんてわけないだろ。ただの破壊神だ」と昔言われたことがあるが、一体何のことだろうか?
それにマリオンは防御系魔術を覚えていないし、機動力を得るため装甲も薄い。つまり攻撃は回避するのに限る。
そんなことを考えているうちにミノッコさんは得意の突進を繰り出してきた。反応が少し遅れ、紙一重で避けたマリオンは、その風圧に冷や汗をかいた。クリティカルヒットどころか、少しでも掠ればジ・エンドである。
しかしマリオンはニヤリと笑った。それに不穏を感じたのか、ミノッコさんは急ブレーキをかけた。たがもう遅い。
「『―麻痺―』『―雷矢―』」
麻痺属性を強めた雷の矢をミノッコさんに打ち込んだ。一気に全身へと回った痺れで、ミノッコさんは地面に崩れ落ちる。
マリオンの表情には勝者の笑みがある。
「よし! 最後にトドメぐはッ」
近場から銃弾を撃ち込んで確実に仕留めようと余裕顔で近付いたら、ミノッコさん最期の一撃――顔ふりがマリオンの横っ腹を捉えた。言った通り、マリオンの装甲は紙である。骨の一本や二本や三本は持っていかれたかもしれない。そんな感じがしただけで確証はないけど。
詰めが甘いのはいつものことである。そんなんだからマリオンはいつも怒られるんだが、そんなことは今は関係ない。
「……美味しくいただきますので、どうか安らかに『―風刃―』」
脇腹が痛くて魔導銃の焦点が定まらないので、マリオンは風の魔術を発動した。使い慣れた魔術は正確に頸動脈を切り裂く。あふれ出る血潮を感じながらミノッコさんは最期ニヒルに笑い、その生涯を閉じた。
「あなたのその雄姿、忘れないわ」
なんだか格好いいミノッコさんに当てられたマリオンは、いつもと違うキャラで彼に応え、その眼を閉じさせた。もうあの強い鼓動は感じない。牛がどうしてニヒルに笑うのか考えてはいけない。進化の過程で「笑う」という感情を得たのだろう。
ミノッコさんに合掌し、マリオンは思考を切り替えた。
「さあ、食事にしよう」
彼女はお腹が減っている。
***
ミノッコさんの冥福を祈りながら、その場で血抜き解体し加工する。肉は思った通りの高級牛的で、彼の死が無駄でなかったことを示した。
彼を思いながら一人鍋をつつく。その肉が彼だとしても食える図太さ、もしくは無神経さが彼女にはある。
鍋の分を残さずいただき、残りの加工した分は当分の食料として持ち帰る。皮もそれなりの値段で売れそうなので持って帰る。眼球等は売れないし怖いので、早々に埋めて彼のお墓を作った。解体はできるけど持って帰る勇気はありません。
マリオンは水辺に背を向け、グレックスを目指した。最初の攻撃で少し地形が変わってしまった気がするが、名称が池か湖に変わるくらいで大した問題はないだろう。
それよりもマリオンは今回の成果を確かめた。当初の目的である野菜と肉の確保、それに大量発生モンスターの討伐という臨時収入もある。
「当分はごちそうだなぁ。何作ろう」
オシャレするという感覚はない。当たり前のように、マリオンは色気より食い気である。別にアイツは関係ない。
そして家で故ミノッコさんを整理しながらついでに最近片付けていなかったテーブルや棚もいじっていたら、えーてぃーえむの残金がゼロになっていた理由が判明した。
『――成人を機に、貴女に自宅の権利を譲る手続きをしました。つまり、これから家に関する税金は貴女が払うんだから、気をつけてね。口座は紐付け済みです』
『今年度の固定資産税は132,652ゴールドです。下記口座より引き落とされますので、残金にご留意ください』
数ヶ月前に冒険先から送ってきた両親からの手紙。このときは先の「自宅の権利を譲る」に気を取られていて、残りは読んでいなかった。そして先日来ていて未開封の役所からの手紙には、ぴったりマリオンが貯金していたはずの金額が引かれるとの連絡があった。
丁度のお金が残っていて、家が差し押さえとかにならなくてよかったのか、どうなのか。
取りあえず食料があるうちに、今後生活していけるだけの収入を得なければいけない。お腹いっぱい、元気に動き回って眠くなってきたマリオンは、でも少しでも早くお金を得るため慌てて大量モンスター討伐の報告とミノッコの皮を売りに家を出た。ついでに病院にも行ってきた。やっぱり骨折していた。
若干表記の修正とかしました。
2023/05/27…同人誌用に改修しました。