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苦手な方はご注意ください。

復讐の神は右腕と左足を奪うだろう

作者: 八城

 南米のある国の信仰に「復讐の神」というものがある。


「復讐の神は右腕と左足を奪うだろう」


 故事やことわざのように、現地民の間では知られたフレーズだ。

 かつては広く信仰されていた復讐の神であったが、キリスト教の布教によって現地宗教は弱体化した。現在では、「復讐の神」という神名と、「右腕と左足を奪うだろう」という予言じみた言葉だけが残っている。

 今や誰も、その言葉の意味や由来を知らない。

 ただ、言葉だけが残っている。


「復讐の神は右腕と左足を奪うだろう」



 家畜の世話を終えた少年・エミリオは、両親の待つ家へと帰る。そのときには、もう悲劇は終わっていた。

 帰宅してまず母の名前を呼ぶも、全く返事はなかった。少しだけ奇妙に思いながら、エミリオは居間へと足を向ける。

 そこでエミリオが見たのは、胸から血を出して倒れている父と母の姿だった。


 エミリオの顔が青ざめた。

 叫ぶ声さえ出ない。

 何が起こったのか分からず、血を流す父と母に駆け寄ることさえできない。

 両親の異常を目の前に、ただ少年は固まっていた。

 もっとも、このときエミリオが駆け寄って両親に触れたところで、両親の命が助かったわけではない。二人の躯は、この時点ですでに冷たくなっていたからだ。


 静止したままのエミリオの前に、台所の奥からナイフを持った男が現れる。

 そのナイフは血に濡れていた。

 男は、もう片方の手に麻袋を持っていた。

 男が持つ麻袋は、普段から父が銀貨を貯めていたものだとエミリオは気づく。

 理解する。

 この男は強盗だと。

 強盗殺人者だと理解する。


「そこを通せ。死にたくないだろう」

 低い声で、男がエミリオを脅しつけた。 

 男はエミリオへとゆっくり歩み寄り、エミリオはその分だけ後退する。

 エミリオは感じた。

 このままでは、男は玄関から逃げるだろう。僕がこのまま後ろに下がれば、男は逃げていくだろう。

 父さんと母さんを殺した男が逃げていく。


 エミリオはまた一歩、後退する。

 ナイフを持った大人の男に、少年が敵うはずもない。

 強盗がナイフを示しながら、近づいてくる。少年には、一歩ずつ後退する以外にできることはなかった。

 エミリオが、また一歩下がる。

 強盗が、一歩近づいてくる。

 エミリオは……また一歩下がりかけた足を止めた。

 エミリオは再び固まった。

「死にたいのか」

 強盗がエミリオを静かに脅し、ナイフを示す手を揺らしてみせた。

 エミリオは、耐えられずにまた一歩下がる。

 強盗は口元を歪めて微笑んだ。

「いい子だ」

 その言葉が、エミリオを絶望させた。

「あ、あ、あ」

 エミリオの喉から、かん高い声が漏れた。

 情けなく喘いだエミリオを、強盗は吹き出すように笑った。

「おいガキ、小便を漏らすのは俺が帰った後にしろよ」

 強盗は、エミリオを嘲笑した。


 エミリオは無力だった。

 屈辱だった。父と母を殺されて悲しかった。もう何もかも終わってくれと思った。目の前の強盗が憎かったし、それ以上に、何もできない自分が憎かった。

 それでも無力だった。

 何もできないエミリオの、恐怖に震える唇から声が絞り出された。

「神さま……」

 絶望の淵で、エミリオは神にすがる言葉を口にするだけだった。

 強盗がまた笑った。


 その直後、強盗の右手からナイフが滑り落ちた。

 強盗は膝を折り、右腕を押さえてうずくまる。

「うっ……なんだ?畜生……!痛っ!」

 強盗は、右腕の付け根に強い痛みを感じていた。

 突然に生じた痛みに、強盗は体を丸め、顔を歪めた。

「あ、あ、あ……」


 ゴキン、という音がした。強盗の腕が肩関節から外れた音だ。

 そして強盗の右腕は、さっきまでの倍ほどに伸ばされる。

 まるで見えない何者かから、強く引っ張られているかのように、右腕が引き伸ばされていた。

 突然の事態に、エミリオは呆然とする。だが少年が呆けていても、事態は止まらない。

 強盗の右腕が千切れる。

 弾けるように、根本から千切れた腕が地面を転がった。

 鮮血が流れた。

「腕……っ!俺の腕っ!腕が……あっ……腕がっ!」

 喘ぐ強盗が苦しむ声を聞きながら、エミリオは下を向いていた。

 床を流れる強盗の血が、両親の血と混ざり合うのをじっと見ていた。


 強盗の左足が痛みだした。

 ゴキン、と音がする。

 股関節から、左足が外れた音だ。

 そして伸びる。

 伸びる。

 強盗の左足が引き伸ばされる。

「う……あああああああっ!違う!待ってくれっ!もういいだろう!?俺は片腕だ!もう充分に罰は受けただろう!こんな片腕の男に!足までも……あああっ!痛い!ああああああっ!許して!許してくれっ!お願いだ!お願いだああああ!」


 悲鳴と、そしてギリギリと人間の足が引き伸ばされる不気味な音がしていた。

 その音を聞きながら、エミリオは、目の前で何が起こっているのかを理解し始めていた。


「復讐の神は右腕と左足を奪うだろう」


 これは復讐の神の御業だ。

 復讐の神が、僕を救ってくれている。

 お父さんとお母さんの死に報いるために、復讐の神が今ここに現れている……!


 強盗の左足が、胴から離れた。

 支えをなくした強盗の体が崩れ落ちる。

 もはや悲鳴さえ聞こえない。強盗は倒れたまま、呼吸を荒げていた。

 多量の血液に汚された床から、エミリオは、強盗が落としたナイフを拾った。

 またとない機会だと思った。やるしかないと。

 相手は二肢を失ってほとんど無力だ。

 この男を殺して、お父さんとお母さんのカタキを討つんだ……。

 エミリオは唾液を飲み込んだ。そして、倒れた強盗に近寄っていく。

「止めろ……止めてくれ……」

 強盗の命乞いが虚しく響く。

「神よ、感謝します」

 エミリオはそうつぶやくと、ナイフを強盗の背に突き刺した。


 強盗の顔から、生気が失われていく。

「畜生……。ふざけやがって……小僧……。許さねぇ。絶対に許さねぇぞ……」

 エミリオは強盗を見下ろしていた。

 死にかけの強盗は、エミリオにとって地べたを這う蟻にも劣っていた。

「俺を……この俺を殺しやがって……許さねぇ……」

 呪いの言葉も、エミリオの心に響くことはない。

「死ね。死んで後悔しろ」

 そう声をかけると、強盗は悔しそうに目を見開いた。

 強盗は無力だった。

「神さま……」

 強盗は、最期にそう口にしてこと切れた。


 その直後、エミリオの右腕に激痛が走った。

 ゴキン、と音がして肩が脱臼し、限界を超えて引き伸ばされた右腕はやがて千切れてしまう。

 エミリオの右腕が地面を転がった。

 激痛の中、エミリオは何が起きているのか理解できなかった。いや、本当は理解できているのだが、それが信じられなかった。

 馬鹿な。そんなはずがない。


 エミリオの左足が痛み始めた。

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