邂逅 3部 Phase2
話し合いも一段落つき夜も更けてきたので、何はさておき休んで貰おうと、リューヌとクレールの二人がアレイムを客室に案内した。
清潔に保たれた部屋は家具も調度品も一級品である。
壁には院長室と同型のクリスタルフレームが飾ってあるが、ここの立体像は大変珍しいヒューベル一世とラ・リューヌ王妃の晩年のツーショット像である。
「日常生活に必要なことは、追い追いと教えていきますので、今晩はとりあえずこちらで寝んでください」
ベッドメークをしていたリューヌは、枕の形を整えながら、アレイムに話しかけた。
「……それから、隣の部屋にあたしがいますので、何か分からないことがあったら気軽に声をかけてくださいね」
自室に大穴が開いて使い物にならなくなったため、リューヌも当分の間、客室暮らしを余儀なくされたのである。
珍しそうに部屋の中を観察していたアレイムは、リューヌの方に向き直ると、
「ありがとう、お手数をおかけします。リューヌ殿」
裏表のない誠実そうな微笑を浮かべた。
好奇心に輝いた黒い瞳を向けられ、リューヌは思わず頬を染める。
……が、ふと表情を改めると不安げな口調で切り出した。
「あの……アレイム王子…………」
「なんでしょうか……?」
にこやかな表情のままアレイム。
「本当に、ごめんなさい。……それから…ありがとう――」
リューヌは体の前で、延ばした手を丁寧に合わせるとペコン…とお辞儀をした。
「え……?」
唐突な発言にアレイムが困惑していると、俯いたままのリューヌが、呟くように言った。
「……あたし、自分の魔力をうまく制御できないから、いつも大騒動を起こして周りの人に迷惑をかけてるの。
――だから、仕方のないことなんだけど……、
皆あたしが近寄るだけでも警戒して、中には露骨にいやな顔する人もいるの……」
何でこんなことを言い出したのか……
自分の感情がよく理解できないまま、そっと顔を上げたリューヌは、思い切ったように言った。
「――王子みたいに……あんな風に笑ってくれた人って初めてなの……。
……だから、その……嬉しくって………………」
もじもじと指を動かしながら縋るような目付で話すリューヌ。
そんな彼女を、アレイムは柔らかな笑みを浮かべて見守っている。
その優しい視線に戸惑い口篭ってしまったリューヌは、耳まで真っ赤にして目を背けた。
「……や、やだな―何言ってんだろう、あたし……ごめんなさい―っ」
「あまり気に病まれるな――リューヌ殿……
人間、意図せぬ事態を招いてしまうことなど儘あることです。
その場合に大切なことは失敗に囚われることではなく、事態にどう対処するかということでしょう。
リューヌ殿は率直に謝ってくれた。
ガストン殿は、私を元の世界に戻すために全力を尽くすと約束してくれた。
――私にはそれで十分なのです」
ふかふかの絨毯の上をゆっくりと歩み寄ったアレイムは、握手を求めるように右手を差し伸べながら優しく微笑んだ。
「……アレイム王子…」
リューヌは心臓が破裂しそうに高鳴っているのを感じていた。
気の利いた言葉の一つも返したいのだが、言葉が出ない。
震える手でアレイムの差し出した手を握り返す。
「私のことは、どうぞアレイムと呼んでください」
「……じ、じゃあ、あたしの事もリューヌでいいです……」
さわやかに微笑むアレイムと金魚のように真っ赤になっているリューヌ。
「……へそが痒い…………」
両手を頭の上で組んだクレールが、出入口横の壁に寄り掛ったままぼそっと呟く。
彼は青春真っただ中な二人の様子を見守りながら、何とも言えぬ複雑な表情を浮かべていた。
戦乱の人間にしてはいい子ちゃん過ぎるな……よくあれで生き延びてきたもんだ――
そんな辛らつな評価を思い浮かべていたりする。
……端から見ると…ただ単に、シスコン男の焼きもちの図にしか見えないのだが……
なんとなく微妙な雰囲気に満たされた部屋で、壁に掛けられたクリスタルフレームが、淡い光を放ち明滅している。
クリスタルに奉じられた伝説の夫婦が、不思議な色彩の光に包まれ優しく微笑んでいた……