邂逅 2部 Phase1
すっかり長くなった陽もようやく暮れて、街路沿いに並んだ魔法灯がその使命を十全に果たすようになった頃――
魔法学院の正面に聳え立つ白い城館風の建物へ向けて、草臥れ果てた中年男がとぼとぼと重たい足取りで歩んでいた。
各関係省庁に頭を下げまくって、事後処理になんとか一段落をつけた院長である。
もともと学院の敷地は、より広大なフォルチュンヌ家の敷地の一部にある。
学院校舎も魔法文化の発展のために――と、
その昔ラ・リューヌ王妃が私塾として建造した別館を、隠居後に寄贈したものが起源となっていた。
院長一家の住まう瀟洒な居館も、王妃がこよなく愛した離宮を改装して現在に至ったものである。
「あ~~~~疲れた…………」
玄関口に入り、出迎えた妻―メールに鞄を渡しながら、吐き出すように院長が云った。
「やあ、父さん―お帰りなさい」
黒塗りの木刀を片手にラフなスウェット姿で通り掛ったクレールが声をかけた。
日課の素振りをこなすべく庭に向かっているのだろう。
「リューヌは……? 部屋か―」
「ええ……帰ってすぐ部屋に閉じこもって、何かやっているようですわ」
ネクタイを緩めながら問いかけるガストンに、にこやかな表情でメールが答えた。
「なぁに……早速魔力充填でもやっているんでしょう。
いくらリューヌの魔力が桁外れでも、九個はちときついでしょうから――」
肩を木刀でトントンと叩きながら愉快そうにクレールが口を挟む。
とたんにメールが心配そうに顔を曇らせた。
「今度は何をしでかしましたの……?」
「んん……いや、その……なぁ…………」
ガストンが『余計なことを云ってこの~~』と言いたげな顔付きをして、クレールを横目で睨む。
強面顔に似合わず妻に弱く娘に甘いガストンは、メールにはできるだけ内密に事を処理するつもりだったのだ。
「……まあ、ちょっとしたアクシデントですよ。ほんの些細なね――」
ガストンから視線を逸らし、わざとらしい笑みを浮かべて、クレールが誤魔化した。
父親の意図するところを理解して韜晦したのである。
メールに弱いという点ではガストンと全く変わりがない。
もの問いたげなメールを押し切ろうと、ガストンがさらにフォローする。
「いずれにしろだ…………これで休みの間くらいはおとなしく――」
ドオォォォォォォォォォン ―――
凄まじい音とともに館全体が振動した。
ガストンの楽天的な観測をぶち壊すかのような絶妙のタイミングである。
家具が倒れ、窓枠が激しく鳴り、ガラスに亀裂が入る。
細かい埃が舞い落ちる中、三様の表情で固まっている三人――
強張った笑顔を張付けたままのガストン、
やれやれまたかといった感じのクレール、
頬に手を当て困った顔をしたメールは、
はたっと我に返り、二階のリューヌの部屋を目がけて走りだした。
「今度は何事だ――っ!?カップ焼きそばか……?」
「地震が起きたということは、地竜でも呼び出したんじゃないでしょうか」
「ベッドから落ちたにしては大きな音ですわねぇ……」
不安を紛らわそうとする心理が働いているのだろう。
三人はあまり噛み合わない会話を交わしながらリューヌの部屋の前にたどり着くと、勢いよくドアを開けた。