邂逅 1部 Phase2
事の起こりは昼下がり――
「この世に満ちたる我が友、精霊よ―我が願いを聞き届けたまえ――」
数本の蝋燭のみが灯された薄暗い部屋の中に、玲瓏とした声が響く。
六紡星を模っ(かたど)た魔方陣の中央に立ち、怪しげな祭壇に向かう少女。
目を閉じ、肩の高さにまで手を上げて一心に精神を集中している。
黒いマントを羽織り、これまた黒のローブを革の腰帯でまとめた姿は一見すると魔術師のようである。
だが、極端に短めなローブの裾から覗いているタータンチェックの超ミニスカートや、そこから伸びる健康的な生足から判断すると、単なるコスプレ趣味によるものではないかという気もしてきたりする……
集中することしばし……。
蝋燭の炎に照らされた髪が淡い虹色を放ち、風も無いのにふわりと靡いた。
「我が馬手に来たれ、ウンディーネ……」
手首を返し天に向けて差し広げた右の掌に、淡い青色の光が球状に灯る。
「我が弓手に踊れ、サラマンデル!」
今度は左の掌の上に激しい炎が揺れた。
少女の両手がゆっくりと頭上で寄せられて、相反する二つの精霊はその両掌のうちで、やがて一つとなり溶け合っていく……
刹那――目を見開いた少女が、祭壇の上に視線を移し、
「集いて励め、彼の箱で――!!」
その上に置かれた円筒形の物体―に向けて両手を振り下ろした。
キョエェェェェェェェェェェェェェェェェーーーーッッッ!!!!!!
放課後になって人通りが少なくなり、のんびりとした喧噪に包まれていた校舎に、突如として響き渡った奇っ怪な咆哮は、派手な破壊音を道連れに、学校中に拡がっていった。
「ぅわっちゃちゃチャ――っ!?」
運悪く校舎に残っていた生徒達が、火の粉と溶けた窓ガラスの破片を浴び、頭を抱えて転がり回っている。
全身を紅蓮の焔に包まれた巨大な蛇を思わせる仮想生物が、その長大な体をくねらせながら次々と教室の窓をぶち破って行く。
「火竜だ――っ!!」
服の端に燃え移った火をたたき消しながら、生徒達の一人が叫んだ。
その声に反応したかのように首をめぐらせた火竜は、炎をまとった巨大な翼をはためかせると、火の粉から逃げ惑う生徒達の群れに突っ込んでいく。
「コン・ジェラシオン―!!」
凛とした声が、悲鳴と爆音につつまれた校舎の中に響き渡る。
――シャッッキィィィィ………ンンンンン――
鉄をも溶かす凶悪な焔の内に、今まさに生徒達を捕らえんとしていた火竜は、一瞬の間にその全身を炎ごと氷の中に封じ込められていた。
…………数人の生徒達をも巻き添えにして――
絶望的な状況から解放され呆然と佇む生徒達――
その目前で、氷に閉ざされ具象化するための魔力の供給を断たれた火竜は、徐々にその大きさを減じて、やがて溶けゆくように消え去っていった。
「ふっ……。どうやら終息したようね……」
生徒たちの背後から安堵の混じった声がかかる。
ある確信のもと振り返った彼らの視線の先に佇むのは、大方の予想通り、魔法服姿の少女――リューヌ。
少女は失われた何かを悼むような遠い目をして――氷に閉じ込められた犠牲者達を極力見ないように目線を逸らしつつ――ポツリと漏らした。
「みんな無事な様でよかったわ」
「…………やっぱり――
……あ、あんたの仕業だったのね? リューヌ……」
服のあちこちに焼け焦げを作り、全身の大半を霜で覆われた女生徒が、歯をガチガチと鳴らしながら険悪な表情で唸った。
少し吊り気味のまなじりを極限まで吊り上げて睨み据えてくる。
ツインテール状に束ねられた金髪が逆立ったまま白く凍りついた姿は、まるで鬼女のようだ。
「あ、あら……ジャンヌ……」
一年生ながら生徒会副会長を務めているジャンヌマリー=ダルキシアン。
今では全国的に数少なくなった魔術科を専攻しているリューヌのクラスメイトでもある。
「予想してたよりも校舎の被害が少ないなぁ〜って思ってたんだけど……
ジャンヌのおかげだったのね。助かったわぁ」
ジャンヌの視線に込められた凄惨な殺気にビビり、引きつり気味の笑顔を浮かべるリューヌ。
「でも、凄いじゃないの。
咄嗟に魔力障壁を広域設定で展開して、炎と氷の両方を防ぐなんて―
さすがは副会長様様ね――♡」
彼女が手にしたOPO―携帯型電脳珠 (Un ordinateur portat Orb)から起ちあがった3D仮想画面に眼を留めて、いかにもわざとらしく大仰に褒めそやした。。
現代においては、あらかじめ起動術式をOPOにインストールしておけば、長々と呪文を唱えなくても、ボタン操作一つと呪文で単純な魔法なら発動することができる。
しかしごく基本的な個人防壁魔法を展開するくらいならともかく、広範囲に――しかも火と水という相反する性質を持つエネルギーを同時に相殺するには、OPOを使用してさえもそれなりに複雑な操作が必要となる。
火竜の暴走に気付いたジャンヌは、超高温のプラズマ流による被害を少しでも軽減しようと、火竜をすっぽりと覆い込むように対火焔魔力障壁を展開したのだ。
そしてリューヌの凍結魔法に気付くと即座に対冷気魔力障壁に切り替えたのだった。
もっとも火竜の放つ超高熱の火焔やリューヌの膨大な魔力を押さえきれるはずは無く、決して少なくはない被害が生じることにはなったのだが――
なんとか話を逸らそうと、さり気におだてにかかっているリューヌ……
だが、その手に乗る気は微塵もないとばかりに牙をむくジャンヌ。
「毎度毎度毎度毎度、あんたって人は……あたし達に何か恨みでもある訳――?
――もし…億万が一にも恨みがないって言うんだったら――
あんた実は、ノードカリ教の送り込んだ無差別テロリストなんじゃないの」
「え、えーっとね………ア、アハッ、アハハハ………」
周囲を取り囲んだ生徒達の視線が痛い。
慌ただしく始まった消火活動の音を遠くに聞きながら、リューヌはいつ果てるともなく乾いた笑い声をあげ続けた。
………こめかみに幾筋もの汗を流しながら………