第二話 夜空と私
『私』の家は、普通だ。父はサラリーマン。母は専業主婦。下に3歳、歳の離れた弟がいて、家は庭つき一戸建。
庭といっても猫の額ほどだが、シロと名付けられた雑種の犬の小屋が隅っこに置かれている。
父も、母も常識ある人たちで、過不足なく、適度に愛してくれている。弟も反抗期もなく、親の期待に応えている。 不満はない。不満などない。『私』が将来を決めかねて、大学を希望しても特に何も言わず、大学へ入れてくれた。不満などあるはずがない。家族全員が、優しい。誰から見ても幸せな家庭だ。本当に『絵に描いたような…』家庭で育った。
―なのにどうして、私はこんなのになってしまったのだろう― ガタンッゴトンッ、ガタンッゴトンッ… リズムを刻むように、走る電車。窓の外は濃い闇が広がり、時折ビーズのような光が一つ二つと、見えるばかりだった。
なんとか終電に間に合い、私は電車に揺られている。
無意識に息を吐きながら、窓のサッシにぺたりと腕を置く。しかしそのひやりとした感触に一瞬、腕を浮かしてしまう。なので今度はサッシに肘を突き、頭を支えながら窓の外へ顔を向けることにした。
夜に見る電車からの景色は好きだ。景色といってもほとんど黒で塗り潰されてはいるが、そのなかにポツンと佇む外灯や、位置が変わらない星や月を眺めるのが昔から、好きだった。
今日は生憎、月は出ていない。私は、降りる駅に着くまでずっと夜空を眺めていた。