4話:共犯者の契約と、選別の夜
カイルとの密約から数日。私は彼を王宮近くの、表向きはしがない古本屋を装った商館へと招き、一通のリストを手渡した。
「カイル様、これをご覧ください。王家が直接契約している『特選御用達』の業者名簿ですわ」
カイルはそれを受け取り、一瞥して低く笑った。その瞳には、私の意図を即座に読み取る鋭い光が宿っている。
「なるほど。食料、馬の飼料、そして灯り用の油……。どれも生活に欠かせない消耗品ばかりだ。これを私の息がかかった商会で、市場から一斉に買い叩けというのだな?」
「ええ。王家は現在、代金の支払いを『王家発行の手形』……つまりツケで行っています。ですが、カイル様がその債権を市場で買い集め、一斉に『現金での即時支払い』を要求したらどうなるかしら?」
「……王家の金庫は底をつき、納品は止まる。物理的な包囲網よりよほど残酷な、経済的な干殺しか。だがアイリス嬢、それだけでは王家を支持する貴族たちが反発し、あなたの実家が矢面に立つのではないか?」
カイルの懸念に対し、私は用意していたもう一通の書状を提示した。
「ですから、今夜から『選別』を始めますわ。……この国の未来に、無能な王族は不要。ですが、実務能力のある貴族まで道連れにするのは、この国の資産の無駄遣いですもの」
その夜、私は公爵邸に数人の有力貴族――財務や法務を司る、地味ながらも有能な実務家たちを秘密裏に招いた。
彼らは皆、エドワード殿下の放蕩と王家の財務悪化に、人知れず胃を痛めている者たちだ。
「皆様。単刀直入に申し上げます。一ヶ月後の卒業パーティーを境に、王家の発行する手形はただの紙屑となりますわ。……ついては、皆様の領地と家名を救うための『乗り換え』を提案しに来ましたの」
静まり返る広間。一人の伯爵が震える声で問うた。
「ア、アイリス様……それは、王家を見捨てろとおっしゃるのですか?」
「いいえ。沈みゆく泥舟から、価値ある荷物を運び出すお手伝いをするだけです。……ここに、隣国の大商会(カイルの商会)との新たな流通契約書があります。これにサインすれば、王家が破綻した後も、皆様の領民に飢えが及ぶことはありませんわ」
貴族たちは、私が提示したあまりにも緻密な「救済プラン」と、逃れようのない「王家崩壊の予測データ」を前に、沈黙した。
彼らは無能ではない。ゆえに、私の言葉が「冷徹な事実」であることを理解してしまったのだ。
「……承知いたしました。アイリス様、我々も馬鹿ではありません。……この国の『次の形』に、賭けさせていただきます」
一人、また一人と、有能な者たちが王家という名の契約から離脱していく。
カイルは影からその様子を見届け、満足そうに頷いた。
「……恐ろしい女性だ。君は剣を振るわずとも、紙とペンだけで一国の屋台骨を挿げ替えてしまった」
「あら。私はただ、市場の適正な再編を行っているだけですわ、カイル様」




