最終話「戦えない戦術担当」
春が、辺境の街にも届いていた。
侵攻から数か月。
城壁は補強され、見張りの配置も変わった。
詰所の壁には、新しい連絡図が貼られている。
中央に立つ名前は、俺ではない。
カインでもない。
若い防衛隊員――ルークの名が、戦況把握の担当として記されている。
セリアは、住民動線の責任者だ。
以前より、声がよく通るようになった。
迷いは、消えていない。
だが、隠さなくなった。
それでいい。
小規模な魔獣反応。
警鐘が鳴る。
俺は、詰所の端で記録板を持ったまま立つ。
中央には出ない。
「北側、二体! 速度速い!」
報告が飛ぶ。
ルークが、地図を睨む。
喉が鳴る音が、ここまで聞こえそうだ。
「……北は維持!」
「東、住民を一時退避!」
声が、わずかに震えている。
それでも、命令は出た。
セリアが即座に動く。
「退避経路、第二ルートに切り替え!」
連携は、以前より滑らかだ。
完璧ではない。
魔獣が一体、想定より早く突破する。
「どうする!?」
ルークの視線が、一瞬だけ揺れた。
俺を見ない。
見ないで、考える。
「……北、三歩下がれ! 囲んで切る!」
決断。
数秒の激突。
魔力の閃光。
やがて、静寂が戻る。
被害、軽傷一名。
住民は、無事。
ルークが、ゆっくりと息を吐く。
「……終わったか」
セリアが、肩を叩く。
「ええ。上出来よ」
俺は、記録板に書き込む。
判断速度。
撤退タイミング。
迷いの秒数。
誰も、俺に確認を求めない。
それでいい。
夕暮れ。
詰所の外で、ルークが近づいてきた。
「……あの時、正解でしたか」
数か月前の自分と、同じ問い。
「分からない」
答えも、同じだ。
「でも」
少しだけ、付け足す。
「考えるのをやめなかっただろ」
「……はい」
「なら、十分だ」
彼は、深く頷いた。
夜。
城壁の上に立つ。
風が、冷たい。
セリアが隣に並ぶ。
「あなた、ほんとに前に出なくなったわね」
「必要がないからな」
「寂しくない?」
「少しだけ」
正直に言う。
「でも、安心はしている」
彼女は、遠くの街灯りを見る。
「私、まだ迷うわよ」
「知ってる」
「そのたびに、あなたを見そうになる」
「見るな」
少し笑う。
「自分で決めろ」
「分かってる」
沈黙。
やがて、彼女が小さく言う。
「……ありがとう」
「何が」
「背負わなかったこと」
その言葉に、胸の奥が静かにほどける。
英雄にはならなかった。
誰かの上に立ち続ける道も、選ばなかった。
ただ。
判断を、一人に集中させない構造を残した。
正しさは、今も揺らいでいる。
例外も、きっとまた来る。
それでも。
この街には、迷いながら選ぶ人間がいる。
戦えない俺がやったのは、
勝つことじゃない。
考えることをやめない人間を、
一人、残すことだった。
夜空を見上げる。
戦場は、消えない。
だが――
少しだけ、壊れにくくなった。
それで、十分だ。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。
この物語は、
「強くなる話」ではなく、
「誰が判断するのか」という話を書きたくて始めました。
派手な無双も、大きな戦争もありません。
それでも、最後まで追ってくださった方がいることが、何より嬉しいです。
戦えない主人公が選んだのは、
背負い続けることではなく、
背負わなくて済む構造を残すことでした。
少しでも何かが残っていれば幸いです。
また次の物語でお会いできれば嬉しいです。
ありがとうございました。




