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「……わかった。深海さんと近づきすぎないって約束するから。だから、もう行こ?」
私が観念したように視線を伏せると、蓮くんは満足そうに表情を和らげ、「さっきは急に抱きしめてごめん」と私の頭を撫でた。
「……ひまり、わかってくれてありがとう」
いつもの優しい「王子様」の笑顔に戻った蓮くん。彼は私の手首をそっと握ると、当然のようにそのまま校門の方へと歩き出した。私は静かな抵抗で、手を振りほどいた。
「ひまり?」蓮くんは驚いた表情で私を見た。
「さすがに大学で、付き合ってもない男女が手を繋ぐのおかしいよ」
私たちを知らない人が見たら、多分付き合ってると思うだろう。深海さんに見られたくないのと、蓮くんは多分大学でもモテているだろうから争いは避けたい。
蓮くんはさっきのこともあってか、「そうだよね、ごめん」と一言言うだけだった。
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帰り道、夕暮れに染まる街を歩きながら、蓮くんはずっと楽しそうに話していた。
今度の週末に一緒に行きたいカフェのこと、新しく買った車の助手席に乗せる約束のこと。私の気持ちを考えてもいないのか、蓮くんは自分がしたいことばっかり話している。
「あ、そうだ。駅前のケーキ屋で新作が出るって言ってたよな。買って帰ろうか。律も呼ぶか、久々に3人で食べよう」
「……うん、そうだね」
適当に相槌を打ちながらも、私の意識はカバンの中のスマホに集中していた。
さっきの凪先輩からのメッセージを早く見たい、返信したいという気持ちでいっぱいだった。
『明日、空き時間に図書室にいる』
蓮くんは、私が今この瞬間に凪先輩のことを考えているなんて、微塵も疑っていない。
私の手を引いて、車道側を歩いてくれるその優しささえも、今の私には少し重い。
「ひまり? どうかした?」
「え、ううん。なんでもないよ。りっちゃんに連絡するね」
私は蓮くんに見えないように、スマホを取り出し、凪先輩からの連絡が見られないように注意を払いながらりっちゃんに連絡する。りっちゃんからはすぐに『了解!』のスタンプが送られてきた。
「りっちゃん、大丈夫だって」
「じゃ、3人で決まりだね」
蓮んが言う通り、私は危ういのかもしれない。
「約束」をしたその足で、もう先輩に会うことしか考えていないのだから。今も凪先輩のことしか頭にない。私は凪先輩と会える嬉しさを、ケーキを選ぶふりして蓮くんに隠した。




