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「ひまりっ」
いつも整っているはずの髪が少し乱れ、その瞳にはこれまで見たこともないような暗い情念が渦巻いている。蓮くんは小さい頃から、私が異性と話すとこんな感じになる。
「…ひまり、なんで逃げたの?」
蓮くんは電話のときとは違い、いつも優しい声色で私に問う。私は一息ついてから、ゆっくりと重たい口を開けた。
「…なんとなく??」
私が少し首を傾けて微笑んでみせると、蓮くんの表情が一瞬だけ、無表情になったのを私は見逃さなかった。
けれどすぐに、その綺麗な眉が悲しげに歪む。
「……ひまり。そういう風に笑って誤魔化すのは、俺に隠し事がある時だよね」
蓮くんは一歩、私との距離を詰めた。
蓮くんから漂う、いつもと同じシトラス系の爽やかな香水。爽やかな香りとは反対に、今の蓮くんの瞳は黒く渦巻いてドロドロしている。
「さっきまで、深海と二人で何を話してたの。……連絡先、交換したでしょ」
鋭い指摘に、私の心臓が跳ねる。
問い詰める声はどこまでも優しい。けれど、その声の低さが、彼が本気で怒っていることを教えていた。
…ただ蓮くんは私の彼氏でもなんでもないんだけど。
「ただの勉強の話だよ。深海さん主席って聞いたから、私が色々聞いてたの。蓮くん、気にしすぎ」
「気にしすぎじゃない。……ひまり、今まで俺や律以外の男と絡んで良いことあった?危険な目にあってきたよね」
蓮くんの手が伸びてきて、私の頬を包み込む。
大切に、壊れ物を扱うような手つき。なのに、そこから逃げ出すことは許さないというような、逃げ場のなさを感じる。
確かに私は男性には運がない。今までストーカーに遭ったりもした。
「……それは、そうだけど。でも、深海さんはそんな人じゃないよ」
私が小さく抗議すると、蓮くんは私の手首を掴んだ。痛くはないけれど、逃がさないという意思表示。
「どうしてそう言い切れるの? 昨日会ったばかりの男の何を知ってるの?」
蓮くんの瞳が、冬の湖のように冷たく澄んでいく。
「ひまりはいつも無防備だ。自分がどれだけ男から見られてるか、自覚がなさすぎる。……深海だって、例外じゃないかもしれない。今は無関心を装っていても、じわじわ近づいてきて、最終的にはひまりを苦しめるかもしれない」
「そんなの……考えすぎだよ」
「考えすぎじゃない。俺は、ひまりを失う可能性が少しでもあるなら、どんな芽でも摘んでおきたいんだ」
蓮くんは、私の手首から手を離した。
「……ねえ、ひまり。俺に、これ以上心配させないで」
囁くような声。それは、幼なじみとしての優しい願い?男として、蓮くんこそ私をずっと守ってくれてる裏で、縛ってるんじゃないの?私は蓮くんに言いたいことをぐっと我慢して、勇気をだして口を開いた。
「でも…私、初めて『この人だ!』って思える人に出会ったの」
蓮くんは険しい顔をして、いつも王子様キャラの蓮くんが「くそっ」と小さく呟いて、私を抱き寄せる。
私は、蓮くんの胸元を押し返した。私は蓮くんの好意には気づいているけど、いざ行動に起こされると驚きが隠せなかった。蓮くんは顔を背けながら、小さく「ごめん」と呟いた。
その時、ポケットの中でスマホが震えた。
——一通の通知。
私は震える指で画面を点ける。
そこには、さっき追加されたばかりの名前からのメッセージが届いていた。
『深海 凪:明日、空き時間に図書室にいる。教えられることがあれば。』
私がメッセージ読んでいると、蓮くんが私の方をまた向いた。
「ひまり、俺は深海のこと認めないよ。あの何考えてるかよくわかんない奴のこと。」
蓮くんの呪縛のような言葉の真っ只中で、私の心は、その一文だけで一気に凪先輩の待つ深い海の底へと沈んでいった。
読んでくださっている方ありがとうございます!最初のページで登場人物の名前が間違っていたので修正しました。名前で混乱させてしまっていたら申し訳ないです…




