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翌朝、目覚めても私の頭の中は凪先輩でいっぱいだった。
講義室に並ぶ同級生たちも、窓の外の満開の桜も、すべてが、あの瞳の鮮烈な残像に塗りつぶされて、白っぽく色褪せて見える。
私が窓の外を見てため息をついていると、馴染みのある明るい声がした。
「ひーちゃん、昨日の入学式では会わなかったな。」
「りっちゃん、おはよう。蓮くんには会ったよ。私たちは学部違うからね。」
りっちゃんこと星名律は蓮くんと同じく幼なじみで、同級生。まさか大学まで一緒になるとは思わなかったけど…。りっちゃんの周りにはすでに沢山の人が集まっていた。
りっちゃんは取り囲んでいた友人たちを「わり、後でな!」と半ば強引に追い払うと、私の隣の席にどさりと鞄を置いた。すでにりっちゃんを狙っていそうな女子たちの視線が痛い。
「蓮くんに会ったって? あーあ、先越された。俺も昨日、ひーちゃんのスーツ姿見たかったのに……似合ってたんだろ? 想像つくけど」
りっちゃんはそう言って、私の顔を覗き込んできた。
彼の瞳は、凪先輩の碧とは対照的な、キラキラと輝く星のような色をしている。
真っ直ぐで、熱くて、小さい頃から私を好きだという気持ちを、一ミリも隠そうとしない。本気かは分からないけど。
私は今はりっちゃんより何より、凪先輩で頭がいっぱいなの。
「……ねえ、りっちゃん。りっちゃんも蓮くんみたいに、いろんな先輩のこと知ってる?」
私が勇気を出してそう尋ねると、りっちゃんは「んー?」と首を傾げた。
「まあ、顔は広いほうだけど。さすがに昨日入学して今日だからなー。なに、気になる人できた?」
茶化すような口調だけど、律の目が一瞬で鋭くなったのを私は見逃さなかった。
幼なじみだから分かる。彼は今、冗談を装いながら、私の心の中を必死に探ろうとしている。
「……深海、凪さん。っていう先輩なんだけど。蓮くんの知り合いらしいけど、蓮くんはあまり教えてくれなくって…」
めずらしくりっちゃんが困り顔になった。でも私は凪先輩のことを少しでも知れることにわくわくしていた。「凪先輩のこと知ってるんだ??」と次は私がりっちゃんの顔を覗き込んだ。
りっちゃんは少し頬を赤くして顔を背けた。
「知ってる……深海さんは別に悪い噂があるわけじゃないけど、あんなに『何を考えてるか分からない人』も珍しいと思うぞ」
りっちゃんは私のほうを向き直してため息混じりに、言葉を選びながら続ける
「成績もずっと学年トップだし、教授たちからの信頼も厚い。性格がキツいわけでもないんだよ。ただ、なんて言うか……深海さんには誰も踏み込めない感じ。話しかけても、丁寧だけどどこか遠いっていうかさ。あとあの見た目だから女子からは人気らしい」
りっちゃんの言葉を聞きながら、私は昨日の凪先輩の瞳を思い出していた。確かに、瞳の奥は深そうで何を考えてるか分からない….。
「りっちゃんはどこで凪先輩のこと知ったの?」
「俺が昨日参加した新入生歓迎会の理工学部主席代表挨拶にいたんだよ、そこで少し見かけただけ。」
少し見かけただけでこの情報網に私は心底感心しながら、新入生歓迎会に参加せずに蓮くんとケーキを食べたことを少し後悔していた。




