2−1
私は自分の部屋で、すでに30分以上凪先輩への返信に格闘していた。
いつもなら何でもない返信が、凪先輩を想うと何も浮かばない。何を送っても失敗な気がする。
ベッドでゴロゴロしながら、ようやく私がした返信は『よろしくお願いします!』というなんの変哲もない文章だった。送ったことを後悔する間もなく、凪先輩の既読がつき、返信が送られてきた。
『13時くらいにいる、もしその時間無理ならまたいつかで』
明日13時の予定を急いで確認する。ちょうど授業のオリエンテーションが12:30まで。小さくガッツポーズをして、私もすぐに『行けます』と返信を送る。凪先輩はまた直ぐに既読がつき、その後私は返信を幾度となく待ったが返信はこなかった。
気づけば深夜2時、私はすでに凪先輩に生活を狂わされてる。
------------------------------------------------
次の日の朝、私は重たい頭をなんとか起こして身支度をしていた。深夜まで寝れなかったせいか、目の下のクマがひどかった。ただ凪先輩に会う予定があるので、いつもより念入りに身支度を整える。
「よし」と私は呟き、出かけようとすると母に「ひまり、今日どこかにお出かけ?凄くおしゃれしてるけど…」と聞かれたが、「いや、別に!大学だけ!」と答えて玄関のドアを開けて、一息ついた。
今日はお昼から凪先輩と会えると思うと高鳴る胸を抑えられない。私が一歩を踏み出すと同時に、「おはよ」と元気な声が聞こえた。
「おはよ…」
りっちゃんだった。蓮くんといい、りっちゃんといい、なんでこんなに私の前に現れるんだろうか。…とは言っても、りっちゃんの家は私の向かい側で、蓮くんは私の家の2軒隣なので会わないほうがおかしいか。
「ひーちゃん、なんかテンション低くない?」
「りっちゃんはいつも元気だねー」
と私が棒読みで返すと、りっちゃんが「朝からどうしたんだよ」と言いながら私の後を追いかけてくる。
私は立ち止まってりっちゃんのほうを向く。
「りっちゃん、さすがに大学は別々で行こうよ。もう大学生なんだし、いつまでもセットだと思われるの恥ずかしいよ」
私が少し突き放すように言うと、りっちゃんは「げっ」と大げさに顔を歪めて足を止めた。
「ひどくない??別にセットでもいいじゃん。幼なじみだし。……もしかして、本当に好きな奴でもできた?」
りっちゃんの目が、笑いを含みながらも鋭く私を射抜く。
図星を突かれて心臓が跳ねたけれど、私は必死に平静を装って「そんなんじゃないってば」と視線を逸らした。
私が不貞腐れていると、りっちゃんは「仕方ないな」といい笑顔になった。
「……ま、いいけどさ。ひーちゃんがそう言うなら、今日はここでお別れする」
りっちゃんは意外にもあっさりと引き下がり、ひらひらと手を振った。
いつもなら尋問してくるはずなのに、してこないりっちゃんに違和感を感じながらも、手を振りかえした。
「その代わり、廊下であったりしたら声かけるからな」
「……うん、わかった。じゃあね!」
返事もそこそこに、私は逃げるように駅の改札へと急いだ。
背後に残ったりっちゃんが、どんな顔で私の後ろ姿を見送っているかも気づかずに。
——ごめん、りっちゃん。
——ごめんね、蓮くん。
二人に嘘をついている罪悪感はある。
でも、それ以上に、誰にも邪魔されない場所で「凪先輩」という人に触れられる時間が、今の私には何よりも抗いがたい誘惑だった。
一限のオリエンテーションの間も、教授の声は右から左へと抜けていく。
時計の針が進むたびに、私の心は大学の奥深くにある、あの静かな図書室へと飛んでいっていた。




