第44話「赤ずきんの目覚めと、少女たちの誓い」
炎と光の交錯:ルッコの犠牲
ゴレリンピック最終試合は、二手に分かれたタクトチームによって混沌を極めていた。
レオニス王子の【マギウスカイザー】が最低限の修復を終え、放たれた【爆裂光弾】と【超光閃】が、ミラリスとの激戦を終えたばかりのルッコとクローナに向かって、一直線に迫る。
ルッコは射線から避けようとしたが、糸の拘束から抜け出そうともがくクローナを視界の隅に捉えた。
(クソッ!考える時間なんてない!)
ルッコは咄嗟に【クリムゾンヘイト】の両翼を全面に展開し、ボロボロの右腕と共に防御姿勢を取った。
攻撃が命中する瞬間、ルッコは猛烈な衝撃と熱量に意識が遠のくのを感じた。
爆煙が上がる。
煙が晴れると、両翼と大破した右腕を盾にした【クリムゾンヘイト】が、全身がボロボロの状態で立っていた。装甲は熔解し、内部の魔力回路が剥き出しになっている。
クローナが半狂乱で叫ぶ。
「ルッコちゃん!どうして!?」
ルッコは痛々しい息遣いで答える。
「知らないわよ…、クローナ…。勝手に身体が動いただけだわ。」
満身創痍のルッコの状態を確認すると、後方でずっと待機していたトリスが動いた。
トリスの【クリスセプター】が、魔術の刻印コストの大半を注ぎ込まれた【転移】を発動し、後方で一瞬、姿を消す。
瞬時にルッコの右側面に現れると、【光剣】を発動した騎士剣で【クリムゾンヘイト】に斬り掛かった。
先ほどのダメージで避けきることができないルッコ。元々、致命的に傷ついていた右腕と右翼が斬り砕かれ、【クリムゾンヘイト】はバランスを失い、崩れ落ちる。
トドメを刺そうとトリスが剣を振り上げた、その時だった。
クローナが会場を爆破したかのような咆哮をあげながら、獣化を始める。それに同調した【ゲイルハルト】も咆哮をあげ、背中から赤黒い、まるで血のようなオーラが噴出する。
(【血染ノ外套】…。)
闇の中から何かが聞こえたような気がする。そう思ったか否か。
【クリムゾンヘイト】の背後を、紅い閃光が通り過ぎた。
何が起こったか分からないトリスは、トドメを続けるように【クリスセプター】に司令を送るが、彼女のゴーレムは反応しない。
それどころか【クリスセプター】は、レオニス王子の【マギウスカイザー】の横をのそのそと通り過ぎると、後方で糸の陣地を作製しようとしていた【イゴールクネア】に急接近する。
理解が追いつかないミラリス。【クリスセプター】が腕を振るうと、元々、ルッコによって大ダメージを負っていた【イゴールクネア】は、何かに弾き飛ばされたかのようにステージから落とされ、戦闘不能となった。
何かが起こっている。何が起こっているかは分からなかったが、何か悪い事が起こっているのは確かだ。
レオニス王子は錯乱しそうになりながらも、味方の【クリスセプター】に【爆裂光弾】を撃ち込む。
左腕で受ける【クリスセプター】。そのままダメージを省みることなく、勢いをつけて【マギウスカイザー】に突撃。やっと、修復してなんとかなっていた腰部の傷に狙いを定めると、【マギウスカイザー】に取り付き損傷部を右腕で掌握して砕き出す。
たまらず【超光閃】で、【クリスセプター】を焼き払うレオニス王子。
打ち払われた【クリスセプター】の傷跡から、まるで、衣装を脱ぐかのように血塗れの【ゲイルハルト】が這い現れる。
いや、血ではない。血液のように濃厚な魔力残滓だ。クローナが*【血染ノ外套】の強制発動と【擬態】の暴走によって、トリスの【クリスセプター】に擬態し、敵陣に潜り込み、ミラリスとレオニスのゴーレムに攻撃を仕掛けたのだ。
もう一度、【マギウスカイザー】に飛びつく【ゲイルハルト】。
必死に剥がそうともがくレオニス王子。
本物のトリスに救援を求めようとするも、トリス自身も、自分のゴーレムがどこにいるのか見失ってしまっている。
【ゲイルハルト】の右腕が【マギウスカイザー】の顔面をギリギリと締め上げる。
するとそこで、【マギウスカイザー】を絞め上げていた万力のような力が、急に途絶えた。
呆然とするレオニス王子。耐久力を使い果たした【ゲイルハルト】と魔力が完全に枯渇したクローナが、同時に地面に倒れ伏した。
静まるステージ。
ふと笑い出すレオニス王子。【マギウスカイザー】で【ゲイルハルト】の動かないボディを蹴り飛ばし、罵詈雑言を浴びせる。
「よくも驚かせてくれたな!俺は貴様らの絆ゴッコなどに付き合っている暇はないのだ!この駄犬め!」
その瞬間。
【ゲイルハルト】の腹の中から、漆黒に紅い刻印を奔らせた巨腕が伸び、【マギウスカイザー】のコアへ手を伸ばした。
驚き、振り払おうとするレオニス王子だが、もう間に合わない。
その巨腕にコアを有らん限りの力で握り砕かれた。
【マギウスカイザー】は機能停止。レオニス王子は敗北した。
全身を這い出してきた【クリムゾンヘイト】を確認し、ルッコは呟く。
「まったく、こんな手段が有るなら先に説明しとけっての…!」
ルッコはクローナが何をしたのか、何をしているのかは完全には理解できていなかった。しかし、何を目指しているのかが、ゴーレムを通して、魂の奥底で浮かんでくるのだ。ルッコはそれに従って動いただけ。
ルッコは隣で気を失っているように眠るクローナを見つめ、口の端をあげた。二人の少女は互いの命を賭けた、最高のロマンを実現させたのだ。
控え席で応援しているローニャの心臓は、激しい戦闘の展開に合わせて、激しく、不規則に鼓動していた。
(私はもう、祈る事しかできない…!)
技術面での協力しかできないもどかしさ。最後まで、調整しきれなかった新しい魔術刻印。ボロボロにされるルッコの惨状に、ローニャは小さな悲鳴を漏らす。
その後のクローナの暴走のような行動に驚くが、クローナが動けなくなってしまったことと引き換えに、新たな魔術刻印、【血染ノ外套】の擬態効果が上手く戦況を動かしてくれたことに安堵する。
ローニャは目を上げ、サフィラと戦うタクトたちに視線を向ける。
タクトが自分の刻印したゴーレムで戦場を走り回っているのを見ると、彼女の心は熱くなる。
こんな事は、今年の春までは全くなかった。タクトたちに出会ってから、自分の世界は何倍にも膨れ上がってしまった。
(別に、責任を取れとは言わないけど…。)
自分をここまで、ロマンの世界に巻き込んだのだから、自分の声援に応えてほしいという強い思いで、ローニャは思いっきり、タクトを応援した。
タクトが一瞬、こちらを見たような気がした。
ドキッととするローニャ。
「…責任、取ってもらっても良いかもしれません…。」
少し、頬を染めながら、ローニャは小さく呟いた。タクトの一つ一つの選択に、彼女は自身の全てを託す。




