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第19話「孤高の餓狼!地下闘技場、紅月の下の咆哮」


地下闘技場 紅月の夜


 ゴレリンピックの選考基準は多岐にわたる。タクトが学園トーナメント優勝とギルドの特別任務で代表候補となった一方、ルッコは、あえて最も過酷な道を選んでいた。


 ゴルディアス王国の地下深く、無法地帯として知られるけど一応公認の闘技場「紅月闘技場」。そこで開かれる、ゴレリンピック選考最後の大会の名は【紅月餓狼杯】。


 ここは、「暴力が全て」の原則が支配する、文字通りの無法地帯だ。観客席には、肌の露出の多いゴロツキの女たちや、成金貴族の女たちが、血と暴力と美しき魔力刻印の光に飢えた眼差しで群がっている。


 ルッコは、別にタクトとゴレリンピックに出たかったわけではない。「タクトのロマン」が通用するなら、「私の力」はどこまで通用するのか、ただ己の孤高の実力を試したかったのだ。(いや、本当はタクトが立つ「世界の舞台」に並び立ち、彼の「ロマン」を一番近くで見てみたかっただけなのだが、その想いは誰にも告げない)


 満員に膨れ上がった観客席から、下卑た歓声と魔力消費を促す無数の火花魔術が向けられる中、ルッコはリングに立っていた。


 度重なる連戦で、彼女の陶磁器のように白い肌は汗と煤で汚れ、肩口を覗く紅い魔術刻印は、それでもなお、飢えた狼のように強く光を放っている。その美しくも恐ろしげな輝きは、ルッコの不屈の闘志と完全に同調していた。


 相棒の悪魔型ゴーレム【クリムゾンヘイト】も、まさに満身創痍だ。片翼は大きくひしゃげ、頭部の巨大な角も片方が折れている。修復する時間も魔力も、とっくに尽きていた。だが、ルッコの折れない紅い魔力が、【クリムゾンヘイト】の魔力回路を巡り、「まだ戦える」と戦意を滾らせていた。


 対するは、決勝の相手、ギルドランクAクラスの女傑ドリエラ。筋骨隆々の熊人族の女で、その隻眼は戦場の修羅場を物語っている。彼女が率いるクラン『ハニーサイドアップ』の名は、裏社会では有名だ。


「オーライ、お嬢ちゃん!まだ学生なんだってなぁ?よくここまで勝ち上がってきたもんだぜ!」


 ドリエラは、粗野だが純粋な賞賛を贈ったつもりだった。しかし、露出の多いゴロツキ女たちの視線に晒され続けたルッコには、その言葉が強者の冷たい余裕にしか感じられなかった。


 ルッコは、唇の端を吊り上げて、挑戦的な笑みを浮かべた。


「フン。学生だと舐めないことね、ドリエラ。あなたたちの『暴力が全て』なんて、私の『力こそ正義』の前では、すぐに丸裸にされる運命よ!」


 ドリエラの相棒、熊人型ゴーレム【ベアアトラス】は、クローナの【ゲイルハルト】と似たコンセプトをもっているが、それを遥かに凌駕する洗練された剛力特化型だ。


 その刻印は【超剛力】【超剛力】の二重強化、【剛鉄体】による防御と重量増加、そして【重力操作】【自動回復】【狂化】【鎮静】と、隙がない。


ゴングが、轟音と共に鳴り響く。

 

 ルッコが先に動いた。【アブソルトレイル】のスピードに翻弄された過去の教訓から、回避不可能な距離まで一気に距離を詰め、【契約】を発動。


 闇の鎖が【ベアアトラス】の刻印をランダムに封印する。封印されたのは⋯【自動回復】!


ドリエラは口の端をニヤリと歪めた。


「おっと、【自動回復】を封印されちまったか!こりゃ長期戦は厳しいな!まあ、長期戦なんて殆どしたことねーけどなぁ!」


 彼女の戦闘スタイルは、被弾覚悟の超短期決戦。【自動回復】は重要だが、一対一の魂のぶつかり合いにおいては、確かに決定打にはなりにくい。


 ルッコはドリエラの軽口に苛つきながら、全魔力を【クリムゾンヘイト】に叩き込む。


「【クリムゾンヘイト】!スーサイドコンボよ!」


【超剛力】に続き、【犠牲】を発動。【クリムゾンヘイト】の耐久力が削られるのと引き換えに、攻撃力が尋常ではないレベルで増強される。


超接近戦が始まる。


【ベアアトラス】は【狂化】で全能力を限界まで高め、【剛鉄体】で機体重量と防御力を最大化。さらにドリエラは【重力操作】で自らの機体を軽くして、【クリムゾンヘイト】の超高威力の鎌を軽快に捌く。そして、インパクトの瞬間だけ重量を絶望的に重くして、カウンターを叩き込む!


ドゴォン!


 満身創痍の【クリムゾンヘイト】が、初めてまともにダメージを受けた。


「グッ……!」


 しかし、ドリエラもこの激しい乱打戦で無傷ではない。【自動回復】を封印された影響で、耐久力が予想以上に削られている。ドリエラは、一旦低く構えるよう【ベアアトラス】に指示を出し、【鎮静】を発動して【狂化】を解除。体勢を立て直そうとする。


その引きの姿勢を、ルッコは見逃さない。


「逃げるなんて許さないわよ!【黒血呪縛】!」


 闇の鎖が飛び出し、【クリムゾンヘイト】と【ベアアトラス】を、再び超接近戦の距離に繋ぎ止める。鎖は【ベアアトラス】の機動を阻害し、ドリエラの魔術発動も乱れさせる。


 ルッコは獰猛な笑みを浮かべた。その笑みは、まるで魂に飢えた悪魔のようだった。


「そんなに接近戦がしたいなら、最後まで付き合ってやらあ!!」


 ドリエラも怒りを露わにした。この女学生に「引いた事実」を嘲笑されたことが、彼女のプライドを傷つけた。


【ベアアトラス】は、二つ刻印された【超剛力】を同時発動。そして、再度【狂化】を発動して、破壊の権化となってルッコに殴りかかってくる!


「これでお終いだ、お嬢ちゃん!」


ルッコは追い詰められる。彼女の【クリムゾンヘイト】は既に限界だ。


 その時、ルッコの紅い刻印が、最後の魔力を絞り出すように輝き、ルッコの喉元から声が発せられた。


「【クリムゾンヘイト】!【獄威絶叫】!!」


【クリムゾンヘイト】が、会場全体に響き渡るような、紅月を貫く咆哮を上げた。それは悪魔族の原初の威圧を帯びた魔術刻印。


ピキキ!


一瞬、【ベアアトラス】の動きが完全に硬直した。


ドリエラは冷や汗を流す。


「な、なんだこの威圧は……!精神干渉か!?」


通常の状態であれば【鎮静】の効果で【ベアアトラス】は精神干渉系魔術を受け付けない。しかし今は、【狂化】を発動し、全ての魔力を攻撃に振り切っていたのだ。


ルッコは、その一瞬の隙を逃さなかった。


「もらったわ!【破滅】!」


【クリムゾンヘイト】が、極限まで消耗した自らの耐久力をトリガーに【破滅】を発動。【ベアアトラス】の耐久力をゴリゴリと削り取る。そして、満身創痍の機体に最後の魔力を込めて、硬直した【ベアアトラス】の巨体に組み付いた。


「落ちなさい!!」


【クリムゾンヘイト】は、【剛鉄体】で重く、巨大になった【ベアアトラス】の身体を、自身の重量も乗せて背負い投げの形でリングに叩きつけた!


ズドォオオオォン!!


 リングがひび割れ、【ベアアトラス】の全身にひびが奔る。


観客席の女たちの下品な歓声が、沈黙に変わった。


「参ったぜ…、お嬢ちゃん。」


 ドリエラは、敗北を認め、その隻眼でルッコを称賛した。ルッコは、肩で息をしながら、勝利の魔力に震える【クリムゾンヘイト】に寄り添った。



 大会優勝の功績はすぐにギルド本部へ報告され、ルッコはCクラス昇格を果たした。そして、ゴレリンピック選考の国内最終大会を制したことにより、ゴレリンピック出場も決定したのだ。


 その後。ギルドの応急処置室。ルッコは、満身創痍の【クリムゾンヘイト】の折られてしまった片角を、少しだけ回復した魔力を使って、優しく修復術式を使って治していた。連戦の疲れでルッコの身体も悲鳴を上げていたが、まず先に相棒への労りを欠かさないのが、ルッコの誰にも見せない優しさだった。


【クリムゾンヘイト】の黒と赤の装甲を撫でながら、ルッコは、タクトの顔を思い出していた。


(これで、タクトと同じ舞台に立てる……)


 ルッコは、ゴレリンピックに興味がないと言い張り、自分の実力を証明するために戦った。だが、Cランク昇格を果たし、世界の舞台への切符を手に入れた今、心の底から安堵と歓びが込み上げてきた。


 タクトに追いつき、彼の隣に並び、そして打ち負かす。その道筋が、ようやく見えた。


 ルッコは、静かに勝利の余韻に浸りながら、微かに芽生えた恋心と高ぶる闘志を鎮めていく。


「待ってなさい、タクト……。私はもう、あなたの『超高速戦術』の背中を、遠くから見つめるだけの女じゃないわ。あなたの『ロマン』を真正面から潰し、そして……」


 ルッコは、そっと指輪を握りしめた。タクトの熱線でスカートを焼かれた屈辱も、催眠ゴーレムに見せられた変態な夢も、全てが彼女を「タクトの隣」へと押し上げる魔力となっていた。


「……私が、あなたに『真のロマン』とは何かを教えてあげるんだから!」


 ルッコの瞳には、ライバルとしての闘志と、タクトを独占したいという少女の執念が、紅い光となって煌めいていた。

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