第18話「ティナリスとの再戦!絶対零度の試練を打ち砕け!」
三ヶ月後の絶対零度の戦場
鋼鉄闘域ギルドの訓練場は、凍てつく冷気と静寂に支配されていた。石壁には霜が降り、吐息が白く舞う。観客席にはギルドの重鎮たちが息を潜め、タクト、クローナ、ニクス、ローニャは、運命の再戦に臨んでいた。
対するは、伝説のゴーレム使い「ご意見番」ティナリスと、彼女の【クリスタルリリス】。
透き通った水晶の機体は、凍てついた湖面のように静謐で、氷結の魔術でその全てを支配する。
その輝きは、触れる者を瞬時に凍らせる無慈悲な刃だった。
三ヶ月前、ティナリスはタクトたちに三つの試練を課した。
「魔力燃費を最適化する新刻印の開発」
「状態異常への対策の習得」
「チーム全体の連携で【クリスタルリリス】を突破」。
あの時、クリスタルリリスは一歩も動かず、【大霧氷域】【氷結障壁】【魔力凍結】【氷気】で彼らを完膚なきまでに叩きのめした。
その屈辱が、タクトたちをDランク任務の過酷な試練に駆り立て、マルノとの模擬戦で新たなスキルを磨かせた。
今、ティナリスの絶対零度の試練を前に、彼らはその成長を証明する時を迎えていた。ティナリスが、左手の指輪を光らせ、氷のような瞳でこちらを見つめる。
「準備はいいか、タクト。私の【クリスタルリリス】を破れるかな?」
タクトは右手に嵌めた指輪を握り、【アブソルトレイル】に意識を繋ぐ。
「ティナリス、俺たちのロマンで、その氷をぶち破るぜ!」
ゴングが鳴り、訓練場は一瞬にして絶対零度の戦場と化した。
クリスタルリリスはその場から一歩も動かず、【大霧氷域】を発動。闘技場全体が白い霧に包まれ、冷気が這い上がり、タクトたちのゴーレムを瞬時に覆う。
以前、この霧は【アブソルトレイル】の【爆風】を凍らせ、速度を奪った。だが、今は違う。
「【アブソルトレイル】!【爆風】を【収束】でだ!」
タクトが指輪を光らせ、叫ぶ。【アブソルトレイル】が魔力を集中。スキル【収束】により、【爆風】のエネルギーが細く鋭いブーストに絞り込まれる。
広範囲に拡散していた魔力消費を抑え、凍結した噴射口を瞬時に溶かし、機動力を維持。
「これなら、【アブソルトレイル】は止まらない!」
ティナリスが眉を上げる。
「言われた通り、魔力燃費を最適化したか。だが、それだけで私の領域を超えられるかな?」
【収束】は、マルノの【呪詛】との模擬戦で磨かれた技だ。スキル阻害で魔力制御が乱れた経験から、タクトは最小限の魔力で最大の効果を発揮する新刻印を開発。
ティナリスの第一の試練——魔力燃費の最適化——を、タクトは鮮やかにクリアしていた。
【クリスタルリリス】がその場で【氷気】を発動。持続的な冷気ダメージがニクスの【アサルトフェリス】を蝕み、前回と同じく魔力回復薬のボトルが凍りつき始める。以前、この冷気でニクスの【超高速】は停止したが、今は違う。
「ニクス、アレを使うんだ!」
タクトの指示が飛ぶ。ニクスは指輪を操作し、【アサルトフェリス】に指示を与える。
「【模倣】、発動。」
【模倣】は対象のゴーレムが使用している魔術を、弱体化してコピーする魔術だ。【アサルトフェリス】が【クリスタルリリス】の【氷気】をコピーする。
通常、魔術は同系統と同属性の魔術と相殺現象を起こす。特に、推進力の弱い広範囲型の状態異常付与魔術は、相殺の影響を受けやすい。スキル【模倣】により、弱体化した冷気でも、【クリスタルリリス】の冷気ダメージを相殺する事は可能だ。
「ティナリスの技、ちょっと借りる。」
ティナリスは驚愕しつつ、賞賛を送る。
「【模倣】とはね。それは、なかなか扱い方が難しい魔術だ。素晴らしいわね。猫人族の敏感な感覚と、君のセンスが光っている。…見事だわ。」
【模倣】は、術者の観察眼が物を言うスキルだ。猫人族の敏感な感覚器官とニクスの類まれなるセンスによって、ほぼ完璧にものにしている。
ティナリスの第二の試練——状態異常への対策——を、ニクスは見事にクリアしていた。
いよいよ、タクトチームの猛攻に耐えられなくなったティナリスは、【クリスタルリリス】に【氷結障壁】で守りに入るよう指示を放った。透明な氷の壁が【クリスタルリリス】を包み、タクト達の攻撃を防ぐ。
「ニクス!高速機動開始だ!【クリスタルリリス】に捕捉されるな!」
タクトの【アブソルトレイル】の速度を厄介に感じたティナリスが、【魔力凍結】でタクトの速度を殺そうとする。
だが、クローナが新たなスキル【紅月纏】を発動。【紅月纏】は耐久力と状態異常を常に回復し続ける代わりに、発動と同時に耐久力の最大値が減り続けるリスクを負う使い所が難しい魔術だ。
「タクトくん、私に任せて!」
クローナの元気な声が響き、【ゲイルハルト】が【魔力凍結】をその身で受け、タクトを守る。そのまま半分凍りながら、【剛力】を発動。巨大な拳が【氷結障壁】を殴りつけ、その衝撃で障壁が大きく軋んだ。
(!!⋯ふぅ、焦らせてくれるね⋯。)
ティナリスは内心冷や汗を流すが、そこにローニャの【グラニテカノン】が現れる。
ローニャは冷静に指輪を操作。手に持つ通常の銃杖を取り回しは悪いが高い魔術補助の載る【破杖砲】に換装し、【氷結障壁】向けて特大の【石砲】解き放つ。
「換装完了。障壁、突破ですね!」
ローニャの珍しく大きな声が響き、砲撃が氷の壁を粉砕する。
戦闘中の装備の換装は、魔力消費が膨大だ。しかし、【グラニテカノン】の魔力回路は学生レベルでは考えられないほど、洗練された刻印が成されていたため、その消費を補うことができたのだ。
これはローニャの実家が魔術刻印師であるため、子供の頃から魔力回路を弄くり回し、魔力の流れを研究していたからこその事だろう。
ティナリスの第三の試練——チームの連携で【クリスタルリリス】を突破——。
この連携が決定的だった。
「全員、準備しろ!一斉攻撃で決める!」
【アブソルトレイル】が全魔力を集中。【収束】された【熱線】が、灼熱の光の槍となり、【クリスタルリリス】の胴体を貫く。
決着か。
いや、絶対零度を支配する【クリスタルリリス】が最後の魔術を繰り出す。
「【クリスタルリリス】!【爆裂氷球】を【アブソルトレイル】に!」
【クリスタルリリス】から放たれた凄まじい威力の【爆裂氷球】がタクトのゴーレムに向けて放たれる。その余波で、ステージ全体が凍りつき、氷の結晶が爆発的に飛び散る。
だが、タクトたちは動じない。
「クローナ、正面に立って【紅月纏】で耐えてくれ!」
「ニクス、【模倣】で威力を弱めるんだ!」
ニクスが【模倣】した魔術で威力を減衰させ、クローナがその凄まじい耐久力で【爆裂氷球】を受け止める。
タクトが叫ぶ。
「今だ、ローニャ!」
長いクールタイムの終わった【グラニテカノン】の破杖砲から、無防備となった【クリスタルリリス】に向けて特大の【石砲】が放たれた。
氷とクリスタルの破片が舞い散り、ギルド全体に轟音が響く。
「…見事だ。」
ティナリスが静かに呟くと同時に、その手にある指輪は輝きを止めた。会場は静寂に包まれた。タクトたちは汗と霜にまみれ、互いに顔を見合わせ、勝利の笑みを浮かべた。
ティナリスが歩み寄る。
「魔力燃費を最適化し、状態異常を克服し、【氷結障壁】を突破した。お前たちは、私の試練を完璧に超えた」
彼女の手が、タクトの肩に置かれる。
「タクト、クローナ、ニクス、ローニャ。ゴルディアス王国代表候補として、お墨付きを与える。特別任務、クリアだ。」
ギルドホールの荘厳な大広間。ギルドマスターが、タクトたちの前に立っていた。厳格な顔に、満足げな笑みが浮かぶ。
「よくやった。お前たちは特別任務の成功によりCランクに昇格。ゴルディアス王国代表候補として認められた。これより、ゴレリンピックの強化合宿に参加する権利を与える。」
タクトは指輪を握りしめ、胸に熱いものを感じた。
「やった…!俺のロマンが、ついに世界に届くぜ!」
クローナが拳を突き上げながら叫ぶ。
「タクトくんと一緒なら、どんな敵だってぶっ倒すよ!」
ニクスがクールに呟く。
「今回はアイテム、無駄にしなかった⋯。」
ローニャが眼鏡を上げ、少しフラつきながら微笑む。
「計算通りでした!でも、換装の魔力消費はちょっとだけ計算外です。」
ギルドマスターの次の言葉が彼らを引き締めた。
「強化合宿では、宮廷騎士団のゴーレム使いとの模擬戦が待っている。彼らは王国最強の戦士達だ。気を抜くなよ。」
タクトはニヤリと笑い、仲間たちを見渡した。
「宮廷騎士?最高の舞台だ!俺たちのロマン、どこまで通用するか試してやる!」
その夜、タクトは闘技場の屋上で星空を見上げ、指輪を弄んだ。ゴレリンピックの舞台は、世界の強者たちが集う戦場だ。だが、彼の心は燃えていた。仲間と共に乗り越えた試練、新たなスキル、ティナリスの試練をクリアした自信。それらが、タクトの「ロマン」を世界へと押し上げる原動力だった。
Sideルッコ
同じ頃、ルッコはミラージュ・デプスでの戦果をギルドに報告していた。【クリムゾンヘイト】は、ムード・ドリーマーとの戦いで受けた傷を修復し、紅い輝きを取り戻していた。彼女の指輪も、魔力の脈動で輝いている。
「タクトのやつ、ティナリスを倒してCランク?ふん!」
ルッコは鼻を鳴らし、紅髪を振る。
「ゴレリンピックなんかどうでもいいけど、私が置いてかれるなんてありえないわ!」
彼女がゴレリンピックに興味がないのは本当だ。だが、タクトの「ロマン」に置いていかれたくない一心で、単独で修行に明け暮れていた。心の奥では、幻術の中で見たタクトの甘い言葉がチラつく。
「俺のロマンに、一生涯付き合ってくれ」——あの言葉が、ルッコの心を揺さぶり続けていた。
「タクトのロマンなんて、ぶっ壊してやる!」
ルッコは刻印を強く瞬かせる。
「私が先に⋯、もっと凄いロマンを見つけ出してやるんだから!」
彼女の瞳には、タクトを超えるための孤高の決意が宿っていた。次のダンジョン、次の試練で、彼女はさらなる力を求め続けるだろう。




